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私はファンシィ・キディ・ラビット・コレクター(The Rabbit Collector)  作者: 枕木悠
第一章 私はファンシィ・キディ・ラビット・コレクター
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第一章⑤

 赤座屋の赤座カズマ。

 渡された名刺にはそう書いてあった。駅前に赤座屋という一風変わった小さなぬいぐるみ屋があることをタイコは知っていた。彼はその店主だった。そして自分はタイコの姉の交際相手だと彼は言った。タイコは信じられなかった。姉からそんな話を聞いたことは、一度もなかったからだ。姉のヨウコが赤座屋でアルバイトをしていることだってまさに今、初めて聞いたのだった。

 ああ、そうですか、とタイコは素直に何もかもを信じることは出来なかった。けれど、タイコは姉と二人、このマンションで暮らしているにも関わらず、姉の細かなことを知らないのも事実だった。姉もタイコも積極的に口数多くしゃべる方じゃない。リビングでテレビを一緒に見ていたって、それぞれ違うタイミングでクスクス笑うだけだ。仲が悪いというわけではないけれど、お互いにお互いのことにほとんど無関心だった。小さな頃のタイコは姉にべったりだったけれど、高校生になった今は違う。

だから姉に交際相手がいたって不思議じゃない。

赤座は姉との記念写真を見せてくれた。どこかの神社の鳥居の前だった。姉は赤座に寄り添い、タイコが一度だって見たことのない幸せそうな笑顔をしていた。タイコはこの記念写真を見て、彼のことをほとんど信じた。

 赤座カズマは私の知らない姉のことを深く知っている人だって。

「それで、私に何のご用ですか?」タイコは上目で赤座の様子をうかがいながら聞く。

「ええっとね、連絡が取れないんだ、ヨウコと、時間になっても店に来ないから、電話したんだけど出なくて、だから心配になって店を閉めて家まで来たんだけど、チャイムを押しても反応ないし、相変わらず電話に出てくれなくて、だからヨウコが帰ってくるのを待ってたんだよ、そしたら君が先に現れて、声を掛けることになった」

「……はあ、なるほど、」タイコはスマートフォンを取り出し姉に電話をかける。「喧嘩でもしたんですか?」

「喧嘩なんてしてないよ、」赤座は首を振りながら言う。「いいや、分からないな、ヨウコは機嫌が悪くても、何も言わないから」

「出ませんね、」留守番電話サービスになって、タイコは電話を切る。「家で姉が帰ってくるの待ちますか?」

「構わないの?」

「はい、」タイコは頷く。この人は悪人では無さそうだし。「あるいはもしかしたらもう、帰ってるかもしれませんし」

しかし姉は帰っていなかった。姉のお気に入りのエイトホールのドクターマーチンは玄関にはなく、家は静まり帰っていて、冷蔵庫が低く唸っているだけだった。

「ごめんね、」赤座は一瞬酷く落胆したような顔を見せて力なく言った。「悪いけど、待たせてもらうよ」

タイコはとりあえず、彼をリビングに案内しソファに座らせ、冷たいお茶を出した。テレビを付けるとあまり見たことのないクイズ番組がやっていた。タイコは自室に戻り、カリマのリュックを机の上に起き、着替えと汗だくのジャージを持って風呂場に向かった。Tシャツと下着とジャージを洗濯機に放り込み、シャワーだけ浴びて、パジャマに着替え、髪の毛を軽く乾かし、キッチンに向かう。まだ、姉は帰って来ていないようだ。赤座は真剣にクイズ番組を見ていた。

「……カレー食べますか?」タイコは赤座に聞く。昨日の夕食の残りのカレーが冷蔵庫にあった。「姉が昨日作ったカレーですけど」

「頂くよ、」赤座は顔だけこちらに向けて言う。「今気付いたけど、お腹ペコペコだ」

レンジでチンして姉が作ったカレーを二人で黙々と食べた。

「……いつから付き合っているんですか?」タイコは聞く。

「ちょうど一年前くらいかな」

「一年前、……そうなんですね、全然気づかなかったです、姉に彼氏が出来たなんて、……どうして教えてくれなかったんだろう?」

「恥ずかしかったのかな、僕が随分年上だからかな、ちょうど一回り違うんだ、ヨウコと」

「三十一歳?」

「三十二歳」

「……えっと、かなり歳上なんですね、でも割に、お若く見えますよ」

「もうおっさんだよ、後ろめたかったのかもしれない」

「後ろめたい?」

「少なくとも普通ではないよね、ちょっと変わってるでしょ、十二歳の年の差は」

「確かに、」タイコは小さく頷く。「ちょっとだけ」

「……彼氏とかいるの?」カレーをすでに平らげてしまった赤座が聞く。

「……いませんけど」

「タイコちゃんみたいに可愛かったら、」赤座は覗き込むようにタイコの顔をまじまじと見てくる。「三人くらい彼氏がいたって良さそうだけど」

「……んふふっ、」タイコは思わず笑ってしまった。男の人に可愛いだなんて言われたのはほとんど始めてのことだから、なんだか凄く照れるし、笑いが止まらなかった。「んふふっ、そんな、可愛くなんて、ないですよ! 可愛くなんてない! 普通です! 仲のいい男の子だっていないし、緊張しちゃうんです、男の子と会話すると、男の子って何考えているのか、私には全く分からないから、未知の生き物っていう感じで、生きている次元が違っているっていうか」

「なるほど、」赤座はコップに口を付けながら笑っている。「なるほど、次元が違う、か」

「あ、えと、そ、そんなことはどうだっていいんです、」タイコははしゃいでしまった自分が恥ずかしくなって赤くなる。「……あ、赤座さんは、お姉ちゃんのどこが好きなんですか?」

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