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第三章②

「よかった、生きていたんだな、」電話口でセンイチは、その独特なしゃがれた声でふざけるような口調で言った。「そしてどうやらぬいぐるみの赤座屋はまだ潰れていなかったようだ、リツコが心配していたぞ、閉店しちゃったかもしれないって」

「今日は臨時休業なんだ、昨日は悪かったな、遅刻して、それで、」赤座は早口で答える。「ヨウコは見つかったのか?」

「見つかった、」センイチは歯切れよく言った。「しかし見つかったというよりは状況が変わったというべきだ」

「状況が変わった?」赤座はバス停のベンチを立ち、そこから少し離れた。「どういう意味だ? 見つかったというなら、ヨウコはどこにいるんだ?」

「まあ、赤座、落ち着けよ、」と煙草の煙を吐いたような短い間の後、センイチは続ける。「ヨウコ氏は大丈夫だ、この大丈夫っていうのはきっと大丈夫っていう曖昧なものじゃない、確実に大丈夫っていうことだ、この街に彼女は存在していてしっかりと生きている、しかし事情があってお前と顔を合わせることは出来ない、今まではそういう状況だった、今まではな」

「今までは?」

「状況が変わったと言ったろう?」センイチは一度大きく咳払いをして続ける。「先に謝らなくてはいけないな、実を言えば俺もリツコもヨウコ氏の所在は知っていたんだ、正確な所在を」

「知っていた? どういうことだ?」

「怒るなよ」

「怒っていない」口調は自然に荒くなっていた。

「彼女はある目的を果たすためにお前の前から姿を消した、ある目的というのは、まあ、訳あってお前には隠さなくてはならなかったんだ、お前に秘密にするというのはヨウコ氏の望みだ、だから俺とリツコはお前に本当のことを言わなかった、そしてヨウコ氏にはお前がぬいぐるみ屋を畳んで彼女を探しに旅に出ないように上手くやるように頼まれていた、律儀にもお前が俺たちに相談してくることを見越してね、しかし結果的にお前は売上の立つ土曜日に店を閉めてどこかに行ってしまっているようだが、」センイチは鼻で笑い、そして思い出したように聞く。「赤座、お前は今、どこにいる?」

「伊田美術館だ」

「美術館? どこだそこは?」

 赤座は終点の駅の名前を言って簡単に説明した。「そんなことより、ヨウコの目的ってなんだ? ヨウコは今何をしているんだ? どうして俺に隠す必要がある? どうして今になってそれを俺に打ち明ける?」

「状況が変わったんだ、状況が、」センイチは強く、赤座の質問をひとまず抑え込むように言う。「状況が変わったんだよ、赤座、まあ、説明してやりたいのは山々なんだが、何せ今の俺には時間がない、現場なんだ、そろそろ周りの目がキツい、細かいことはリツコに聞いてくれ、リツコに順序立てて説明してもらってくれ、これからの展開も含めて、リツコには事務所でお前のことを待つように言ってある、とにかく赤座、そんなところで感傷的になっていないで早く街に帰るんだ、センチメンタルになっている暇はないんだ、この仕事が片づき次第、俺も街に戻る、とにかくそこから一刻も早く帰るんだ、そしてくれぐれも気を付けてな」

 そしてセンイチは乱暴に電話を切った。

「ちょ、おいっ!」赤座は掛け直したが、センイチが着信に出る気はないようだった。「一体、何がどうなっているっていうんだ」

 赤座はバス停のベンチに戻り腰掛け息を吐く。向かいの緑の隙間からは断崖から落ちる滝が見える。そちらの方は涼しげだが、アスファルトの上は空気が歪むほどに暑かった。気付けば赤座は汗だくだった。この酷い暑さのせいか、センイチからの電話のせいかは分からない。

 真上に昇った天体は、朝と同じ太陽とは思えない。

「状況が変わったんだ、」赤座は声に出し、ペットボトルのミネラルウォーターを飲み干す。「状況が変わったんだ、俺が知る由もないところで、くそったれっ」

 赤座は空のペットボトルをぐしゃりと握り潰した。


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