第一章①
まだ小さなときのこと、平良タイコは太陽をこの手に掴む夢をよく見た。柔らかい緑色に包まれた小高い丘に登り、その天辺で少し跳躍して、この小さな世界にたった一つだけの太陽を、林檎をもぎ取るように簡単に掴み取る。太陽はタイコの手の中で真っ赤に燃え上がり、辺りを漂う埃巻き上げ周囲の色彩を奪うほどに輝き、夜を壊すように炸裂した。
この太陽は偽物なんかじゃない。
タイコは強くそう思う。
信じられないことだが、タイコの手の中に太陽は確実に存在しているし、この世界を包み上げるように照らし出している。その強烈な炸裂は一度だけでもあるようだったし、何度も繰り返しては夜を飲み込み続けているようでもあった。半永久的に、それは太陽を掴み上げているタイコが望む望まないに関わらず、輝き続けた。そしていつしか太陽はタイコの体に入り込み、タイコのことを太陽に仕立て上げていた。タイコは太陽と同化し、凄く熱くなる。喉が凄く渇いている。タイコは確信する。
私は、太陽なのだ。
光であり、誰しもに平等明かりを授ける、半永久的に輝き続ける天体なのだ。
神様なってしまったのだ、と。
そしてそんな夢を見るのは決まって微睡むような白さを持つ夏の日だった。
チャイムの音が響く。
タイコははっと目を覚ます。六時間目の授業の終わりを告げるチャイムの音だった。タイコは物理学の教科書を枕にすっかり眠ってしまっていたようだった。冷房なんて気の利いたものはこんな地方の公立高校の教室にあるわけはなく、タイコは体育の授業の後みたいに汗をびっしょりとかいていた。いびつな姿勢で寝入ってしまったせいで首と腕が変な風に痛い。手の平で涎を拭う。夢と同じで、喉はカラカラに渇いていた。
とても久しぶり、あの夢を見たのは、とタイコは鞄から水筒を取り出し、冷たい紅茶を飲みながら思った。小さな頃のタイコはこの夢を見るたびに凄くどきどきしてしまって、姉の布団に泣きながら逃げ込んだ。あの夢はタイコにとって紛れもない恐怖だった。うまく説明出来ないのだけれど、何らかの強い意志をもった獣のような衝動が体中を走り回っているような感覚に襲われるのだった。太陽の残響、それは死の恐怖に似たものだったのだろう。小さなタイコはその恐怖をうまく順序立てて処理することが出来なかったのだ。今でも太陽を掴んでしまった夢の理由は分からない。心理学の専門書を紐解けば、明確な解答が書いてあるかもしれないが。
とにかく。
十五歳になって冷静に判断出来る一つのことがある。あの夢を見せるのは、この酷暑を引き起こす、この街の夏のせいなんだって。