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第二章⑧

 あっという間にライブは終わり、ステージの幕が下がり、この街は夜の十時を迎えようとしていた。会場は熱気でサウナのようになっていて、ライブの余韻はしばらく消えそうになかった。

「結構楽しかったねぇ」

 予期した通りに汗だくになったカナミは満足げな顔を見せてタイコがプレゼントしたトレインのタオルで汗を拭っていた。「私にはロックなんて合わないと思ってたけど、ハマっちゃいそう」

「本当に?」同じく汗だくのタイコはカナミに青い瞳を向ける。「カナちゃんはロックなんて聴かないって思ってたから、んふふっ、ちょっと嬉しいかも、連れてきてよかった」

「強引にね、」カナミは笑っていつもそうするみたいにタイコの頭をわしゃわしゃと撫でる。「でも、よかった」

「んふふふっ、」タイコはカナミの手を払わずに笑う。「そうね、じゃあ、まずはビートルズのベスト盤からカナちゃんに貸してあげようかしら」

「ビートルズってロックなの?」

 それからタイコたちはドリンクチケットをコーラに変えて水分を補給した。会場は徐々に空いていったが物販のコーナーには人だかりが出来ていた。それぞれのバンドのメンバーが売り子をしていて、トレインの三人もそこにいた。同年代の女の子や、少し年上の女性と握手をしたり写真を撮ったりしている。

「行ってくれば?」コーラをすっかり飲み干したカナミはそちらの方を見ながらタイコに言った。「待ってるからさ、行ってきなよ、あの幸せそうな女の子たちみたいに握手したり、写真撮ってもらったりしたら?」

 タイコはやけにクールな横顔を見せる親友に黙って頷き、トレインのメンバーたちが立っている方にゆっくりと近づいた。途端に胸が高鳴る。ドキドキを両手で押さえながら、彼らを囲む女の子たちの後ろにひっそりと立った。ひっそりとする必要なんてないのにな。こういうようなことに慣れていないタイコは要領がよく分からない。彼女たちは親しげに彼らに話しかけ彼らへの情熱を、乱暴とさえ呼べるほど激しく、ぶつけていた。タイコは少し背伸びをして彼女たちの頭の隙間からトレインの三人の姿をちらちらと捉える。ライブを終えて火照っている彼らは、なんというべきか、かなりセクシィだった。タイコはうっとりとしてしまう。シャツは汗で濡れていて透けている。ボタンを留めていないので胸が大きくはだけている。タイコは息を飲む。じっとその部分を青い目で見てしまう。そこに手のひらで触れたいと思う。頬をくっつけたいと思う。ああ、なんだか、変な気分だわ、と思う。そのとき、タイコはリーダーの加々美フトシと目が合う。

 加々美が笑ったので、タイコは反射的にそれに応じて微笑み返す。

 ドキドキしちゃう。

「よぉ、タイコちゃん、」加々美は他の女の子たちとの会話を切り上げ、タイコに向かって手を伸ばす。「俺たちのライブ、どうだった?」

「最高でした」タイコは手を伸ばし、加々美と握手する。とても力強い握手だった。男の人の手ってこんなに堅いんだと思った。

「何が最高だった?」加々美はタイコの手を掴んだまま聞く。彼の野性的な大きな目は興奮で潤んでいて、そしてしっかりとタイコの青い瞳に狙いを付けていた。

「何が? えっと、」タイコは口ごもる。言いたいことがありすぎて、加々美にも見つめられて、頭が少しパニックになっている。「えっとぉ」

「全部最高だろ?」

 そう言って加々美はタイコの握った手を強く引っ張った。「写真撮ろうよ、記念写真、タイコちゃんと、俺たちの遭遇の記念に」

 そしてタイコは瞬く間にトレインの三人に囲まれ写真を撮られた。その写真には自分でも見たことのないスマイル加減のタイコが映っていた。お世辞にも可愛い笑顔とは言えないけれど、もっとすました笑顔が自分にはベストの笑顔だって思うけど、とにかく、最高の笑顔だった。


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