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第二章③

 タイコとカナミの家から歩いて五分ほどのところに小さな神社がある。その裏手に赤い華の公園はあった。神社と公園の敷地は厳密に分かれているわけではなく、社の横を抜け生い茂る緑を抜けると公園に出ることが出来た。敷地は割に広く、遊具も滑り台に鉄棒にシーソーにブランコと一通り取り揃えられていた。きちんとした砂場もあった。どこの街にもあってもおかしくない普通の公園だった。

 唯一、普通ではないところをあげるとすれば、この公園には大きな穴があるということだ。敷地内の神社側の隅っこにあって、直径は五メートルほど、深さは二メートルほどにもなる大きな穴だ。かつては神社が管理していた池だったようで、池の縁にはきちんと重さのあるしっかりとした石が積まれていた。子供たちが中に入らないように周囲は低い柵で囲まれていたが、結局のところ無邪気な子供たちのほとんどは低い柵を乗り越え穴の中に入ってしまっていた。幼い頃のタイコもその無邪気な子供たちの中の一人だった。

 その穴は小さなタイコにとっては不思議な空間だった。底は粘土質で、冷たく湿っていて、一年中渇くことがなく、空気もここ以外の場所とは違っているように思えた。見える景色は空だけだった。

 ここが宇宙の中心なのだと、幼いタイコは思っていた。この穴から宇宙は放射状に広がっているって。そしてこの穴からは、どこへだって飛び越えていけるって。ある条件が揃えば、そう、例えば、太陽が真上を通るときとか。

「そんな無邪気なことを考えていたんだな」

 タイコは次々に頭に浮かぶ赤い華の公園の思い出に浸りながら、センチメンタルになっている。この街は夜の七時。

 バス停でいつもの時間のバスを待ちながら、タイコとカナミはそんな話をしていた。

「赤い華の公園のことなんてすっかり忘れてたなぁ、穴のことも、家からすぐ傍なのにね、」カナミはエナジードリンクをぐびっと飲みながら笑う。「懐かしいなぁ」

「うん、懐かしい」

「ねぇ、タイちゃんは覚えてる? 幼稚園児平良タイコ失踪事件」

「失踪事件?」タイコはびっくりして目を丸くする。「私が、失踪したの?」

「そう、確か夏だったと思う、熱帯夜だった、タイちゃんがいなくなったって、タイちゃんのお母さんからうちのお母さんに連絡があってね、交番の警察官と、近所の人たちでタイちゃんのこと探し回ったんだよ、でっかい懐中電灯もってね、なかなか見つからなくってね、大人たちは誘拐されちゃったんじゃないかって騒いでて、でも私とヨウ姉ちゃんはかくれんぼしてるみたいで楽しんでた、ヨウ姉ちゃんも今のタイちゃんと同じようなこと言ってたな、きっと大丈夫って」

「それで、」タイコは頭の中の記憶を探しながら聞く。「それで、私はどこで見つかったの?」

「どこで見つかったんだと思う?」

「まさか、穴の中?」

「その通り、」カナミは愉快そうに笑っている。「私たちが見つけたんだよ、タイちゃんは穴の真ん中で空を見てた、月を見てた、私たちが懐中電灯を向けると凄い勢いで泣き出して、んふふっ、大変だったなぁ」

 タイコはカナミが愉快そう話すことについて記憶を見つけられないでいた。

 浮かんでくるのは、赤い月だけ。

 ……赤い月?

「……覚えてない、」タイコは首を横に振った。「全然」

「まだ小さかったものね、」カナミはクスリと笑い、タイコの頭を触る。「覚えてないよね」

「……どうして忘れちゃったんだろう?」

「きっと凄く怖かったんだよ、私はタイちゃんの泣き顔を忘れてないから分かる、それは致死的な大きな傷跡を残し得るものだった、だから傷跡は隠された」

「隠された?」

「何者かによってね」

「何者かに、」タイコは考え込んだ。そしてふと、思い出すことがあった。「あ、クレーター」

「え、くれぇたぁ?」

「クレーターだよ、隕石が衝突した後に出来るやつ」

「ああ、」とそこでカナミも思い出したみたいだ。「そうだった、クレーターだ」

「私たちはあの穴のことを、クレーターって呼んでいたんだよね」

「今度行ってみようか?」カナミは立ち上がり伸びをする。「赤い華の公園にさ、クレーターにさ、忘れ物を取りに行くみたいに」

「うん、行ってみよう、」タイコは頷き、微笑む。「忘れ物を取りに行くみたいにね」

「もしかしたらヨウ姉ちゃんは、クレーターの中にいるかもしれない、あのときのタイちゃんみたいに、」カナミはいたずらっぽく笑い冗談を言った。「なんてね」

 そのタイミングで銀色のバスがゆらゆらとやってくる。

 そしてそれを追いかけるように軽音楽部の三人も学校の方から姿を見せた。


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