さよなら
「さよならは済ませましたか?」
いつもと変わらない通学路。
そこに異物が一つ。
水本夏希が僕の隣を歩いている。
「さよならをわざわざ言う相手がいなかった」
「そうですか、なかなか淋しい人生ですね」
「そういう水本だっていないだろう」
「失礼な人ですね、……まぁ確かに当たっていますが」
水本ほどではないが、僕は友達が少ない。
自殺するかもしれない。
もう会えないかもしれない。
そんなことを言ったところで本当に心配してくれる友達はいない。
ただ偶然クラスが同じになっただけ。
クラスで浮かないように話を合わせてるだけ。
そんな希薄な付き合いだ。
「本当のさよならの時は、さよならなんて言えないんですけどね」
水本は俯いてそう呟いた。
僕に話しかけている様子ではなかったので、おそらく独り言だろう。
僕は聞こえなかったフリをした。
水本にも誰か大切な人がいるのだろうか。
大切な人がいたのだろうか。
「少なくとも私には、私がこの世界から消えても哀しんでくれる人はいません。もしかしたら消えたことにすら誰にも気付いてもらえないかもしれません」
「そんなことないだろ」
「……え?」
「僕が嫌でも気づく」
水本はきょとんと目を丸くしたあと、僕の言葉を咀嚼した。
「……楽しみにしてますね」
だって、水本の次は僕の番なんだから。
その言葉は、水本の顔を見ると声に出来なかった。
「逃げ出すって、何処か行くあてはあるのか?」
「この運命からは逃れられませんが、気休め程度の場所ならあります」
「気休めか……。喫茶店とか?」
僕のくだらないアイディアを聞き流し、水本は何の躊躇もなくこう言った。
「自殺者たちのシェアハウスです」