水本夏希
水本夏希。
それが彼女の名前。
動揺して話せない僕を尻目に水本は続ける。
「まぁ、考えておいて下さい。猶予は……そうですね。今日の放課後まででお願いします。あまり時間も残されていませんから」
水本はそう言い残すと自分の席に戻っていった。
「アイツと何話してたの?」
クラスメイトの山中が一部始終を見ていたようだ。
僕は山中に相談しようと思ったが、こんなことを話して頭がおかしい奴だと勘違いされたら嫌だからやめた。
「別に。なんでもない話だよ」
「ふぅん」
自殺の順番は持ち回り制。
馬鹿馬鹿しい。
自殺にそんな制度があってたまるか。
死者への冒涜じゃないか。
僕は机に頬杖をついて窓の外を眺めた。
その視界の中に、水本の姿があった。
嫋やかな黒髪がそよ風で小さく揺れている。
きれいだなと思った。
整った横顔。
伏し目がちな瞳。
孤独が彼女に美しさを与えている。
そのとき一つの名案が頭をよぎった。
水本が死ななければ、僕は自殺から逃れられるんじゃないか?
死んだら何もかも終わりだ。
学校を卒業しようが、恋人を作ろうが、お金持ちになろうが、死んだら終わりだ。
何も残らない。
放課後。
夕闇で影とオレンジ色で染まる教室に水本は立っていた。
「では、行きましょうか」
水本は僕の手を引いた。
小さな手は血が通っていて温かかった。