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北の魔王、恋をする  作者: 阿南宙
第2章 ー 北の魔王の秘め事 ー
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ヴァン編 1話 「紳士的な悪魔」




 魔王城の外に出るという事もあり、私も流石にめかし込む。

 これでも魔王城の外交の顔、身だしなみには特別気を遣っているつもりです。

 皺のないスーツに身を包み、被るは一点物の黒いハット(鳩だけに!)。

 

「ヴァン様。今日は外のお仕事はないはずでは?」

「ええ、確かに。今日はオフでしてね。久々のプライベートを満喫しようというところです。」

「これは失礼いたしました。お気をつけて。」


 直属の配下である雀のデーモン、チュチュは部屋を出る私に小さな頭をぺこりと下げてから、私にすっと黒い色眼鏡を差し出す。私は彼女からそれを受け取り、「ありがとう。」と一言礼を告げる。

 色眼鏡をかけ目元を隠す。大して変装としても効果は期待できないのですが、気持ちだけでも公私を切り分けようという習慣のようなものです。


 まぁ、プライベートとは言いつつも、実際は今日はサービス業務のようなものなのですが。


 魔王シャイタン。

 最強の名に違わぬ偉大なる我が主にして、長き付き合いの友です。

 そんな友が恋をしました。

 それはもう私自身の事のように喜ばしく思いましたとも。


 しかし、付き合いが長いからこそよく分かります。

 彼に色恋沙汰は難しい。

 巨大な力と図体に似合わず、彼は謙虚でシャイな男です。異性との、ましてやヒュマの娘となど、まともに恋愛に発展するような気の利いた言葉を操る事などできようもありません。


 そこで私の出番です。

 ほんの少しでも、シャイタンの助けになるよう、私はまずは彼が恋した娘、アグリの情報を探る事にしました。当然、配下に情報収集を命じる事ができようもありません。シャイタンの恋はトップシークレット。私だけで、秘密裏に情報は集めなければなりません。

 本日の私は溜まりに溜まった有給休暇を消化しつつ、情報収集を行うのです。




 ヨヨの村を空から見下ろせば、相も変わらず痩せた土地で、歳を取ったヒュマ達が忙しく動き回っています。アクアによる対策が取られるかとは思えますが、それも少ししてからでしょう。

 村の周辺を見渡すと、目的のものが視界に入り、私はハッとしました(鳩だけに!)。

 すぐに目的のものの傍に舞い降りると、彼は突然の私の来訪に驚いて素っ頓狂な声を上げました。


「ヴァ、ヴァン様!?」

「お仕事中失礼、クアトロ君。少し話を聞かせて頂けるかな?」


 ヨヨの村の管理を請け負う犬のデーモン、クアトロ。

 アクア女史の配下で、ヨヨの村の管理を請け負う幹部格の魔族です。

 ヨヨの村の話を聞くのであれば、ヨヨの村の担当である彼から聞くのがてっとり早いでしょう。

 私の誘いに対し、村の巡回を終えて戻る途中であったクアトロ君は困惑しつつも、断る事なく応じるのでした。




 クアトロ君の拠点の小屋にて、私は早速話を切り出します。

 但し、アグリがシャイタンに好かれている事は勿論の事、今の彼女の処遇を伝える事はできません。

 贄として差し出された者が平穏無事に暮らしていける事など知られては、魔王シャイタンの威厳を保つ事が敵いません。ほいほいと贄を差し出される事は我々も望むところではないのです。


「ここ最近で、君の管理下の村から贄が出たと聞きましてね。」

「……誠に申し訳ございません。私の管理不行届です。」

「いやいや、責めている訳ではないのですよ。贄については仕方の無い事です。ただ、形式上、贄の出た村の内情は今後の同様のケースを防ぐ為に探っておく必要があるのでね。君は初めて贄を出したみたいですし、知らなかったようですが。」


 勿論デタラメですとも。

 いちいち贄を出した村の内情を探っていてはたった四名の四魔将の身が保ちません。

 通常は管理者からアクアが情報を収集するという流れになるのですが、幸いそういった事情に疎いであろう、贄を初めて出したというクアトロ君であればそれも知らないでしょう。

 責任感が強い彼のこと、自ら進んで他所の管理者に話す事もない。

 そして、責がなくとも管理不行き届きである事には変わりがない故に、他の管理者も自ら他所の管理者に贄に関する話を垂れ流さないでしょう。

 極々自然に、私はクアトロ君から話を聞ける訳です。


「本来であればアクアが来る事になっていたのですが、如何せん彼女も忙しいようでしてね。偶々、予定に空きのあった私が話を聞きに来たという訳です。」

「ご足労お掛けし申し訳ございません……。」

「いえ、何という事はありません。ご足労もなにも、足は使っていませんよ。何せ鳩なものでね。」


 クアトロ君が緊張している様子なのでジョークで場を和ませつつ、私は話を聞いていきます。


「贄の娘、アグリと言いましたか。あの娘の情報をまずは頂けますか。」

「はい。アグリは村の老夫婦、トゥルとキュルの家に暮らしていた娘です。よく働く娘でした。」

「ふむ。老夫婦と。ヒュマでも若い方かと思いましたが、ご両親は?」

「元は他所から来た娘でした。両親は既に他界しています。それ以上の事は分かっていませんが、流れてきた所を拾われて、それからは実の娘のように育てられておりました。」


 流れの余所者。確かに贄としては最適な人材ですね。これはまぁ普通の情報です。


「彼女を贄に捧げてからの村の様子はどうです?」

「……キュルはショックから寝込んでおり、トゥルも仕事が手につかない様子です。村民達も危機を乗り切り当初は安堵していた節もありましたが、老夫婦の落ち込みようと、アグリが居ない寂しさからどこか沈みがちですね。」

「ふむ。居なくても困らないと思っていた娘だったが、いざいなくなると寂しいと。」

「村でも数少ない若い娘でしたからね。働き者で他者の仕事も手伝っていたので村民達とも馴染み深い娘でした。」


 根が真面目なのでしょうか。クアトロ君は他人を悪く見る事ができない性格故に鵜呑み(鳩だけど)にするのも危ないですが、悪い娘ではないようです。

 そして、村民はアグリが居なくなって沈んでいる。老夫婦に至っては生活に支障をきたす程に落ち込んでいる。これは中々に興味深い情報ではないでしょうか。


 本来であればアグリという娘本人に纏わる情報を集めたかったのですが、居なくなった贄についてこれ以上探るのは流石にクアトロ君も怪しむでしょう。


「ありがとうクアトロ君。邪魔して申し訳なかったね。」

「いえ、そんな。」

「君もあまり沈まないように。」


 無言でクアトロ君は頭を下げる。

 真面目故に誰よりも贄を出した事を悔やんでいるであろう魔族らしからぬ魔族。

 魔族の中では変わり者なのでしょうが、私はそんな彼を実に素晴らしいと心より思います。







 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 実際のところ、わざわざクアトロ君の元まで私が足を運ぶ必要など皆無でした。

 これは単純に、クアトロ君から情報を聞き出す事が目的ではなく、クアトロ君に顔を合わせる事自体が目的であった為の行動です。

 無駄足を踏む程に、私は献身的ではありません。


 私の耳元を撫でる白い風。これは情報を運ぶ私の魔法『風の噂』。

 私にとって、情報とは勝手に集まってくるものです。

 週に一回、全国的に走らせていた風の噂は回収されます。情報処理は定期的なものですが、特別な事情がある場合はそれに限りません。

 シャイタンの初恋に合わせ、私は急ぎ、追加で全国に向け風の噂を走らせておりました。


「ふむ。大方予想通りですね。」


 シャイタンの初恋を叶えるべく走らせた風の噂の成果は上々。

 私のプランは無事に動かす事ができそうです。




 更に戻ってきた赤い風の噂は、合わせて私の直属の部下も連れてくる。


「ヴァン様。準備は整っております。」

「ご苦労。こちらでも情報の制御は行っている。問題ない。」


 仕掛けも気付かれる事なく整った。イグニスとアースには勿論の事、アクアにも悟られてはいない。

 シャイタンについては言わずもがな。

 気付かれては困る。

 アクアに相談を受けた。手を貸す事も約束はした。

 しかし、私個人の計画に口を挟ませるつもりは毛頭ない。


 私は表向きは紳士的な魔族で通っている。しかし、私はクアトロのように誠実ではない。

 目的の為ならば手段も犠牲も選ばない。

 シャイタンの恋は叶えよう。しかし、私の真の目的はそこではない。

 私の真の目的を知れば、きっと全ての者達は止めに入るだろう。特にアクアは間違いなく、私の目的を許さない。


 なぜならば、私の望みはアクアとは真逆のところにあるのだから。


 特別に取り寄せた瓶。普段は絶対に取らないアポイント。

 魔王の庭に仕掛けた仕掛けに、普段は決して流さぬ風の噂。

 この日をどれだけ待った事か。準備は全て整った。


 世界の終わりはもうすぐだ。




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