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北の魔王、恋をする  作者: 阿南宙
第1章 ー 魔王、出会う ー
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シャイタン編 1話 「実は話したい事がある。」




 談笑とは。

 打ち解けて楽しく語り合うこと。


 世にも恐ろしき北の魔王シャイタン。

 彼が果たして話して笑う事などあるのでしょうか?




「「実は話したい事がある。」」


 地の底まで響き渡るような声を震わせ、魔王シャイタンは四魔将に語りかけます。


 円卓につき、さも真面目であるかのように姿勢を正していた四名の幹部は、その声を聞いた瞬間に、各々が楽な姿勢を取るように、ぐだりと姿勢を崩しました。


 椅子の背もたれに思い切り寄りかかって、胸を突き出す鳩のデーモン、ヴァンは「ホホウ。」と感心したように声を漏らします。


「これは珍しい。シャイタンから話を振ってくるとは。豆鉄砲を食らいましたよ。……鳩だけに!」


 思い切り椅子を引いて、足を組んだヒュマの女性の姿をとるドラゴン、アクアが「つまらん。」とばっさりヴァンのジョークを切り捨てて、しかしまぁ、とこくこく頷きます。


「確かにそうさな。今日はミミの街にできた茶屋の団子の話を振ろうと思っていたのじゃが。あれは、すごいぞ。」


 テーブルに突っ伏していた蜥蜴のデーモン、イグニスが「おっ。」とアクアの言葉に反応します。


「何だそれ詳しく。気になるんだが。」


 頭の鎧を外して机に置き、空っぽの中身をさらけ出しながら、白銀のフルアーマー、アースが「いや待て。」とイグニスを窘めます。


「お前の甘い物好きは分かるし、私も是非とも詳しく聞きたいのだが、今はシャイタンの話を聞かないか。珍しくあの口下手が自分から話そうと言うのだから。」


 体長およそ13メートル。鋭い牙が並ぶ口、巨大な巻き角、鋭い爪、という「まさにデーモン。」と言われる凶悪な容貌。全身から溢れ出す、北の領土を丸々養えるだけの膨大な魔力。胸元や所々にある黒いふかふかの毛で、若干、体のボリュームを盛っている、羊のデーモン。

 しかしながら実は結構小心者の北の魔王、シャイタンは震え声で安堵しました。


「「良かった。お前らなんか我の話無視して甘味の話始めるかと思って泣きそうになったわ。ありがと、アース。」」

「どういたしまして。でも、その図体で泣くな。魔王だろ。」

「まぁまぁ。また泣くから責めるのはやめておきましょう。して、シャイタン。話とは?」


 その気になれば世界を滅ぼす事さえも容易い、最強最悪の魔王。

 その実態は、この通りの気弱な小心者だったのです。

 アースの厳しい?一言に若干びくっとしていたシャイタンですが、改めて話したかった事を切り出します。


「「……何というか、あの、実は、だな。」」
















「「「我、好きな娘見つけた……かも。」」」


 四魔将は一人余す事なく凍り付いていました。

 数分後、ようやくシャイタンの言葉を理解したアクアが声を発しました。


「……待て。待て待て待て。好きな娘見つけた。お主今そう言うたのかシャイタン?」

「「「「……二度も言わせるな。」」」」


 両手で顔を覆い隠すシャイタン。声はいつも以上に震えています。

 それが冗談ではない(というよりも、普段から冗談を言うような魔王じゃないのですが)事を理解した四魔将は、シャイタンの伝えたい事を完全に把握し……。


「遂に……遂にですか! おっと、まずは祝福を。おめでとうございます、シャイタン!」


 ヴァンは羽をうち祝福し。


「いよっしゃあああああああ! 今日は宴だ! よう、シャイタン! 何か食いたいものはあるか!? 俺様が今日は腕を奮ってやる!」


 イグニスは炎のたてがみを燃え上がらせ歓喜し。


「ククク……! 長年の妾の努力がようやく実を結びおったか……!」


 アクアは得意気に胸を張り。


「驚いた。……しかし。」


 アースは驚きつつも「うーん。」と短く唸って、当然の疑問を口にしました。


「一体誰を好きになったのだ?」


 言われてみれば、と手放しに喜んでいた他の四魔将も興味津々にシャイタンへと視線を集めます。

 シャイタンは顔を覆い隠した手の指から僅かに目を覗かせています。


「おいおい今更照れるなよ! 早く言えって!」

「魔族は勿論、今まで数々の種族の美女にも靡かなかった貴方のお眼鏡に掛かった娘……さぞや素晴らしい女性なのでしょう!」

「うーん……考えてみれば、お主が惚れ込む相手に心当たりがないのう。近頃は新しい見合相手も連れてきてなかったかと記憶しているんじゃが。」

「何かのきっかけがあって好きになったとかか?」


 やんややんやと騒ぎ立てる四魔将。

 いよいよ観念したのか、シャイタンは想い人を告げました。


「「……あの、この前、贄として連れて来られた、あの、ヨヨの村の、村娘。」」


 ぎょっとするのはアクアとヴァン。イグニスとアースは今ひとつピンとこない様子で「ん?」と疑問の声を漏らします。

 意外な相手に、その相手を把握しているアクアが思わず立ち上がりました。


「待てい! ヨヨの村のって……あの、クアトロが連れてきた娘か!?」

「「「……うん。」」」

「いや……あの、悪いとは言わんが……何というか……。」


 アクアが言葉に詰まっています。

 普段は冷静沈着、不敵な笑みを崩さないアクアが困惑するという事は、彼女をよく知る四魔将からしてもかなりの珍事です。

 その様子を見て、イグニスがその相手を知っているらしいヴァンに問い掛けます。


「……おい、そんなに意外な相手なのか?」

「……うーむ。いえ、ワタクシも娘の顔を知っている程度なので、シャイタンが会った時に何があったかまでは分からないのですが。……種族間の醜美の感覚を度外視しても、取り立てて美しいという訳でもないというか……質素? 地味? 普通? 何というか、悪くもない、取り立てて良くもない、というか。」


 実に言葉にし辛い反応は、やはりイグニスには理解しがたいものでした。

 その頃、丁度アクアが少し落ち着いた様子で、シャイタンに問い詰めます。


「シャイタン。お主、ああいう……素朴な感じの娘が好みなのか?」

「「……うん。何というか、そんな感じだ。一目見て、こう、キュン、と来た。ぶっちゃけ、我にもよく分からん。何か好きかも、みたいな。」」

「……お、おお。なんかふわっとしとるな。」

「「なんか、ごめん。」」

「いや、謝らんでもよいが……。」


 アクアは再び席につき、何やらぶつくさと小難しい事を呟き始めました。

 どうして、アクアがそんなにも複雑な様子なのか。

 その理由に気付いて、真っ先に口にしたのは、アースでした。


「……それ、大丈夫なのか? 見合で仕込んだ訳でもない、しかも贄として連れてきた、絶対にシャイタンの事嫌ってるであろうウォカだぞ?」


 四魔将でも一番察しの悪いイグニスも、「あっ。」とアースの言葉の意味を察しました。

 魔王シャイタンと言えば、全世界に恐れられる大魔王です。

 特に北の領土では、ウォカにはある事情により特別恐れられている存在です。

 しかも、相手は厳しい供物の取り立ての末に、贄として連れてきた娘です。


「そういや好かれる要素なくね?」

「こらイグニス……!」


 ヴァンがシーッ、とイグニスに黙るように促します。

 どうやら、アクアの悩ましげな表情も、それが原因だったようです。

 

「「「「……え?」」」」

「シャイタン。取り敢えず、お主の話は分かった。」


 明らかにアースとイグニスの言葉を受けて動揺しているシャイタンの意識をひきつけるように、アクアはパンと手を打って、シャイタンを見上げました。

 シャイタンもそれにまんまと釣られてアクアを見下ろします。


「しかし、じゃ。お主も今分かったであろう。その娘は妾の仕込みではない。お主を都合良く好きになってはくれんぞ?」

「「……う、うん。」」

「つまり、お主も好かれるように努力をせにゃならん。」

「「ど、どうすればいい?」」


 困り顔のシャイタンに、アクアはにやりといつもの不敵な笑みを浮かべて答えました。


「それをこれから指導してやるんじゃ。」




 永らく均衡を保ってきたカルムオリゾンに、とある異変が訪れます。

 最強の北の魔王から始まり、他の魔王をも巻き込み、更には魔族の外側にまで波及する異変は、曖昧なひとつの恋から始まりました。

 神さえも知らぬ、この恋の行方はどうなるのか。


 魔王の恋物語の始まり始まり。




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