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北の魔王、恋をする  作者: 阿南宙
第1章 ー 魔王、出会う ー
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アグリ編 1話 「私が生贄に選ばれたアグリです」




 この世界の名前は『カルムオリゾン』。

 賢者ヌルによってそう名付けられたこの世界には、多くの種族が共存していました。

 中でも数が多く文明を発展させたのは、二本足で歩くもの、『ウォカ』と呼ばれる者達でした。

 丸い耳で器用なヒュマ。尖り耳で魔法に長けたエルフ。背が低く髭を生やした力持ちのドワーフ。獣の耳と尻尾を持つベヒュマ。彼らをまとめてウォカと呼び、彼らが世界の中心におりました。

 対して、彼らの文明を脅かす、危険な存在がおりました。

 『魔族』と呼ばれる歪な者達です。

 ウォカとは異なる不気味な姿を持つ魔族は、ウォカを常に脅かし続けてきました。

 中でも四体の強力な魔族、『魔王』は、それぞれ魔族の国家を形成し、ウォカの土地の周りに陣取りました。


 ウォカにも魔族と対抗する力はあり、いつしか均衡を保たれたカルムオリゾンは、中央に位置するウォカの領土と、四方を囲む魔族の領土からなる、五カ国により収められる事になりました。




 これは、とあるヒュマの娘の物語。

 但し、それは北に位置する魔族の国、魔王の中でも最強と名高い北の魔王『シャイタン』により支配される土地から始まります……。







 娘の名はアグリ。年齢は15歳。

 北の魔王の領土にある名も無き村に生まれ、村を襲った魔獣から逃げ延びた生き残りの孤児でした。

 行くあてもなかった彼女は、偶然『ヨヨの村』に住まう老夫婦に拾われ、この年まで生きてくる事ができました。

 若い者の少ない村の中でも働き者で、老夫婦と仲良く暮らしてきたアグリの村の生活は、今日で最後です。


 北の魔王の領土の中にも、ウォカの村は点在しています。

 しかし、共通して、彼らは北の魔王に供物を納める事を要求されておりました。

 北の魔王に供物を納める事で、危険な魔獣からの庇護を与える、という名目でしたが、実際は恐ろしい魔王に脅されて、仕方なしに従っているといった方が正しいでしょう。ヨヨの村では定期的に農作物を納めておりました。

 しかし、今年は不作が続き、自分達が生きていく最低限の収穫しか残されていませんでした。

 村の存続に迫られ、村民達は供物が納められない時の、最後の手段を取ることにしました。


 北の魔王が要求するのは、何も農作物等のモノに限りません。

 彼らは供物として、若い娘を捧げる事も要求しておりました。

 若い娘を一人捧げれば、その時期と更に次の時期の供物は他に要らないとまで言っているのです。

 最悪の手段として村民達は永らくそれを忌避し続けてきましたが、いよいよ後がなくなった彼らは、後腐れのない余所者であるアグリを差し出す事を決めたのです。


 老夫婦はそれを拒みましたが、逆らえば村そのものがなくなってしまいます。

 しかし、アグリ自らの供物の志願の言葉を受けて、もうアグリはどちらにしても助からないと理解していたお爺さんは涙ながらに村民達の要求を受け入れました。

 最後まで拒み続けたお婆さんは、供物を引き取りに来る魔王の使いが来るその日に、お爺さんに引き止められ、家の中に留められていました。


 村民達は皆、家の中に閉じこもっています。

 アグリは唯一人、村の入り口に立ち、魔王の使いを待っていました。

 村の入り口から村を見渡し、今までお世話になった村に想いを馳せるアグリ。

 そんな彼女がこの村と別れなければならない時がいよいよやってきます。


「いよいよ供物に人柱を選ぶのか。」


 濁った声がアグリの背後から聞こえます。

 魔族特有の不気味な威圧感が背中を撫でて、思わずアグリはぶるりと震え上がりました。

 村を救えるのならば、と、お爺さんとお婆さんを救えるのなら、と、喜んで志願したのに、今更恐怖がわき上がります。

 それでもアグリはごくりと唾を飲み込んで、勇気を持って振り返りました。


「はい。不作が続き、村はとても供物が捧げられない状況です。私を、今期来期の供物として貰い受けて戴きたいです。このような見窄らしい村娘で大変申し訳ございません。」


 魔王の使いは、犬の顔をしたデーモンでした。アグリよりも頭一つ背の高い、毛深いデーモンは金色の瞳が欄と光らせ、剥き出しの牙を開いて話し始めます。


「別に構わんが……。いいのか? それで。」


 いいわけがない。そう言えたらどれだけ良いか。

 しかし、アグリはそんな言葉を噛み殺して、深々と犬のデーモンに頭を下げました。


「はい。むしろ、私のようなものを二期分の供物として扱って戴ける事を光栄に思います。」


 しばらくの沈黙。

 アグリは犬のデーモンが黙っていた事が気になり、恐る恐る顔を上げます。

 何か無礼を働いてしまったか。機嫌を損ねてしまったのか。そう思って見上げた犬のデーモンの目は、どこか悲しげに垂れ下がっていました。


「……世辞はいい。行くぞ。」


 犬のデーモンがアグリを抱え上げます。力強い毛深い腕は、アグリを楽々と持ち上げました。

 名残惜しさに歩みを止める暇もありません。

 犬のデーモンはそのままアグリを抱えて歩き出しました。




 お爺さん、お婆さん、今までありがとうございました。

 あなた達に拾って貰えて、毎日を一緒に過ごせて、アグリはとても幸せでした。

 あなた達の為に、拾って貰えたこの命が使えるのであれば、それ以上の幸せはありません。


 アグリは心の中で、二人の恩人に対する感謝を述べて、笑顔を浮かべました。


 しかし、ぽろりと零れ落ちた涙は、どうしても抑える事ができませんでした。





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