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北の魔王、恋をする  作者: 阿南宙
第2章 ー 北の魔王の秘め事 ー
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シャイタン編 2話 「想いを伝えるのは難しい。」




 魔王シャイタン。

 全長13メートル。彼の特殊な能力を加えれば、その巨体は更に拡大する。

 その気になれば世界を楽々と滅ぼせる希代の怪物は、その図体に反比例するかのようなか細い声で囁いた。


「「「「「「……すきです。」」」」」」

「駄目駄目! もっと大きな声で!」

「「「「「「……す、すすすすす。」」」」」」

「……まずはその震え声から直さないと駄目ですね。」


 パンと羽を打つ魔王の配下、四魔将"シャイタンの耳"こと鳩のデーモン、ヴァン。

 同じく四魔将であるイグニスに次いでシャイタンとの付き合いの長い、友のような存在で、配下と言いつつも立場はシャイタンと対等に近い。

 頭が切れる。器用な魔法を操る。他者との会話も得意で、シャイタンの領地(シャイタン自身は支配しているつもりはなかったのだが、いつの間にか支配下扱いされていた)の中でもウォカ、魔族問わず信頼されているという魔族らしからぬ魔族。

 シャイタンの持ち合わせていないものを多く持っている友を、シャイタンは心の底から頼りにしている。


 今はまさにその頼りになる友からの、コミュニケーションの訓練を受けているところである。


「あと、慣れない相手との時に出るカタコトも直しましょう。あれ、威圧感凄いですから。」

「「「し、知らない相手と話すときは言葉に詰まる……。」」」

「本当に、図体の割に小心者ですよねぇ、貴方。」


 魔王シャイタンの大気を震わす声。

 それは単に普段から声の抑揚の付け方が分からずに震え声なだけなのである。

 魔王シャイタンの化け物のような不自然な喋り方。

 それは単に初対面の相手だと緊張してカタコトになるだけである。

 魔王シャイタンはコミュニケーションが苦手なのだ。

 昔から誰も彼にも恐れられ、他者と関わらずに生きてきた弊害である。


「発声練習からやります? あー、あー、あー、と震えさせずに声を出してみて下さい。」

「「ん、んんっ……あー、あー、あー。」」

「ちょっと震えが収まりましたね。はい、続けて。少しずつ調整して。」

「あー、あー、あー。」

「そこで告白、『好きです、アグリさん。』」

「「「「「「すすすすすすすすす」」」」」」

「はい。ごめんなさい。いきなり高いハードルを設けた私のせいですね。」


 シャイタンは掌で顔を覆い隠し蹲る。


「「「すまん、ヴァン……。そこまでは、まだ我、無理……。」」」

「まずは話せるようになりましょう。すぐに震える声を収めないとですね。」

「「「話す……。どうでもいい相手とも話せないのに、あの子とお話できるだろうか……。」」」

「そのネガティブ思考も厳禁です。しかし、そうですね。まずはその『どうでもいい相手』と話せるようにしないとですね。ゆっくりと、段階を踏んで行きましょう。」


 ヴァンはそう言いつつ、手羽を顎の辺りに当てて、ブツブツと何かを呟き始める。

 シャイタンは、世話をかけている事を申し訳なく思いつつ、じっとヴァンの続く言葉を待った。


「やっておるな。」

「「「あ。アクア。」」」


 そんな中、玉座の間に入ってきたのは水龍なる種族のシャイタンの配下、四魔将"シャイタンの頭脳"ことアクア。チャイナドレスなる、足元の露出が高い衣装にシャイタンは未だにハラハラする。

 四魔将ではイグニス、ヴァンに続いての長い付き合いで、二人ほど仲が良いとは言えないが(異性にそこまで親しくできる自信がシャイタンにはない)、色々とためになる知恵を貸してくれる頼りにしている相手である。


「調子はどうじゃ、シャイタン。」

「「「全然駄目。」」」

「そうじゃろうなとは思っておったわ。」


 物怖じせずにハッキリとものを言うアクアは、他者の内心を気にするシャイタンにとっては、異性の中では比較的話しやすい。とはいえ、ハッキリと駄目っぷりを予想されているとそれはそれで傷付くのだが。

 凹むシャイタンを他所に、アクアはヴァンに歩み寄る。


「ヴァン。そちらの調子は。」

「ん? おっと、アクア。いらしてたんですか。まずは他者との会話に慣れようという話をしていたところです。そちらはどうなんですか?」

「……あ、ああ。えっと、あー、支障ない。」

「……概ね把握しました。また後程、作戦会議を。」


 互いに苦笑しつつ、話を打ち切るヴァンとアクア。 

 シャイタンの方にも、二人の悩みに気付く余裕などある筈もない。


「しかし、アクア。どうして此処にいらしたんですか? まさか、ただ様子を見に来ただけではないでしょう?」

「おお、そうじゃった。たまたま玉座の間の前を通り掛かったら、ヴァンの部下がおっての。お主に用事があるみたいで待っておったからそれを伝えにな。当然入れる筈もなく、魔法の伝言をしようにも魔王とお主の会話を邪魔するのは不敬では、という事でタイミングを計りかねていたみたいじゃ。」

「おお、そうでしたか。実は頼み事をしていましてね。待ち兼ねていました。」


 ヴァンがパンと手羽を打つ。

 

「シャイタン。私の部下を此処に通しても良いですか?」

「「「……か、構わんけど……。」」」


 正直、あまり親しくない相手と会話する事に抵抗のあるシャイタンだったが、今さっきそういう相手との会話の訓練をしていこうと話していた手前、断るのは更に目標から遠のくような気がして、少し考え承諾する。

 ヴァンが一回羽ばたくと、彼の起こした風の魔法が重い鉄扉を押し開く。

 扉を開くと、見慣れないヒュマの女性が立っている。どうやらヴァンの多数居る配下の中でも、シャイタンが会った事のない者が来たらしい。

 エプロンドレスのヒュマは、失礼しますと一言挨拶をすると、部屋に入ってきた。

 そして、シャイタンの玉座に向けて膝を折り、恭しく頭を垂れる。


「偉大なる魔王シャイタン様。お初にお目に掛かります。ヴァン配下、アルジルと申します。」

「「「……う、ウム。面ヲ上ゲヨ。」」」


 例のカタコトが出る。ヴァンとアクアの呆れたような溜め息が聞こえる。

 しかし、アルジルなるヴァン配下のヒュマはまるでシャイタンを恐れる様子も、その膨大な魔力に気圧される様子も見せない。

 アルジルは口元だけ変型させて奇妙な笑みを見せると、顔を上げた。


「ヴァン様。例のものをお持ちしました。」

「ご苦労。」


 両手の掌を合わせ、祈るような動きを見せるアルジル。次の瞬間、何もなかった筈の掌の間から、ぬるりと紫色の何かが詰まった硝子瓶が姿を現す。

 手品だろうか、と思いつつ、シャイタンは瓶を取り出したハンカチで拭うアルジルを見下ろす。

 瓶はヴァンに手渡され、何だろうかと興味深そうに見ているシャイタンに見せつけるようにヴァンはそれを高く掲げた。


「シャイタン。十分な量の調達が遅れましたが、とっておきの土産です。」

「「「……ナンダソレハ?」」」

「ジャムです。ウォカの国で一番人気の歌姫が愛用している『ギフト』と呼ばれる一品。何でも喉に非常に良いらしく、その効能は『一舐めするだけで喉に神が宿る』と言われる程だとか。老人の嗄れ声が、翌日には小鳥のさえずりになっていたとかいう噂も。」


 『神が宿る』、であんまり良い気分がしないシャイタン。

 彼がよく知る『神』というやつがあまり褒めるに値する存在ではないからであって……というのはひとまず置いておいて。


「何じゃそれは。美味そうじゃの。妾にも一口分けてくれ。」

「駄目です。シャイタンの図体にとっての『一舐め』分を調達するのもやっとだったのですから。」

「えー。じゃあ、今度妾の分も調達してくれい。」

「はいはい。とにかく、シャイタン。これを舐めたら貴方の震え声も多少は改善するかも知れません。」


 暫く黙っているシャイタン。

 

「……おっと! アルジル、ご苦労。下がって良いですよ。」

「はい。では、これにて。シャイタン様、失礼致しました。」


 アルジルが再び頭を下げてから、音もなく玉座の間から出て行く。

 すると、ようやくシャイタンは口を開いた。


「「「ごめん、ヴァン……。」」」

「私の部下程度でその様子じゃ先が思いやられますよ……。」


 アルジルが居た為、言葉に詰まっていたらしい。

 ヴァンは呆れつつも、風の魔法に乗せて『ギフト』なるジャムの瓶をシャイタンの手元にまで飛ばす。

 シャイタンは瓶を受け取ると、そのタイミングでヴァンの風が瓶の蓋をこじ開ける。非常に器用な魔法に驚きつつ、シャイタンは瓶の中身の臭いを嗅いだ。

 甘ったるい臭いにシャイタンは僅かに顔をしかめる。甘い物が嫌いではないシャイタンからしても、美味しそうだ、とは思えない不自然な香り。

 しかし、ヴァンが折角用意してくれた珍しい品を拒む事などできる筈もない。


 爪先で摘まんだ瓶を口の上で引っ繰り返し、シャイタンは瓶の中身のジャムを口へと垂らす。

 意外と粘りけのないジャムはとろりと瓶から零れ落ち、巨大な牙の並ぶ口へと吸いこまれていく。

 舌に接するジャムは、香りの通り甘ったるく、つんと舌に奇妙な刺激が走ったようにシャイタンは感じたが、遅れてほのかな心地良い酸味が現れてきた。

 唾液で喉の奥へと流し込むと、喉を撫でる心地良い感覚がはっきりと感じられる。

 最初は甘いばかりだと思ったが、口の中に含むと複雑な味が沸き上がる。喉に良いという話も信じられるのどごし。


「……結構いけるな、これ。」

「おお! 早速効能が出てます!」

「でかした、ヴァン!」


 シャイタンの震え声が収まっている。いつもの掠れ声はどこへやら、別人のような澄んだ声に、発したシャイタン自身も驚く。


「おお……これが、我の声?」

「噂通りの効能ですね! この声なら会話できるような気がしませんか?」


 実際は声の通りが良くなっただけで、コミュニケーション力の問題は解決しないだろう。

 しかし、声が詰まらないという明らかな効能が、シャイタンの中に奇妙な自信を沸き上がらせる。


「我、いける気がする……!」

「素晴らしい! では、その勢いに任せて、トレーニングの段階を一段階引き上げましょう! アクア、魔王の庭から、アグリ嬢以外に適当な娘を一人連れてくる事は?」

「ウォカ相手に会話トレーニングという訳じゃな! できるぞ!」

「えっ。」


 いきなり実践に移ろうとしている状況に、再びシャイタンが不安になる。


「ちょ、ちょっと早くない?」

「何を言うか! いける気がするんじゃろ! いけると思った時にいっておいた方が良いぞ!」

「まぁまぁ、アクア。シャイタンにも心の準備がいるでしょう。急に呼び立てるのも、庭の娘に気の毒です。ここはどうでしょう。会話トレーニングは明日に行うというのは。」


 明日に回して心の準備をさせて貰えるのは有り難いのだが、結果、その妥協で「やらない」という選択肢を潰される。

 ヴァンはクチバシを開いて不敵な笑みを浮かべてシャイタンを見上げる。


「如何です? シャイタン。」

「…………うん。やるよ。」


 思わずイエスと答えてしまう。これでいよいよ逃げ場がなくなった。

 アクアは今すぐにでもというつもりだったのか、やれやれと呆れ気味ではあるが、納得した様子でシャイタンを見上げた。


「ある程度、会話慣れしてる娘を連れてくるぞ。気楽にの。」

「…………うん。」


 じっとりとしたアクアの視線に気まずくなる。そのままシャイタンをじとっと睨んだまま、アクアは「逃げるなよ。」と一言念押しして、玉座の間の鉄扉を後ろ向きに蹴り開き、見えなくなるまでシャイタンを睨んで去って行った。

 此処まで来たらもう引けない。

 ジャムの効能もある。アクアが会話しやすい相手を連れてきてくれる。明日まで心の準備を整える時間を与えられた。相手は初恋の相手のアグリではない。


 何を心配する必要があろうか。




 シャイタンは無理矢理自分にそう言い聞かせつつ、ジャムで潤う喉にごくりと唾を通した。





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