朝落草 共通① チョウラグサ
――時は非大正。神様が作ったもう一つの地球の文明。
いまより一昔前、人はとても神を信じていた。
信心深い者に溢れた頃は霊が見えたり治癒が使えたり、不思議な力を持った人がいた。
しかし時代が進むにつれて、信仰心は薄れていく。
そうして今や力を使える者は数名生まれるか否かである。
■■
カラコロ、幼子が歩くと草履の音が鳴る。
『ごらんになって、あれが朝那岐家の……』
『旧武家といっても、ボロ屋敷だものね』
クスクス、近所のご婦人は母子を笑った。
『それより聞きまして、あの屋敷のご主人の話』
『いえ、まだですわ』
『通り魔に刺されて早朝に芸者の愛人と見つかったんですって』
婦人等の話を耳に入れないように母は子の手を引いてそそくさ屋敷へ入る。
『母は食事の支度をします。しばらくお庭で遊んでいなさい』
『はい』
幼子は数日前に父親を亡くした。
理由は聞かされなくとも、周りの大人達を見ればなんとなくわかっていた。
『うぅ……』
一晩散々泣いて、泣き止んで思いだしては一人泣く。
『どうした嬢ちゃん』
通りがかりの学生が声をかける。
『とうさまがしんでしまったの……おばさんたちがアイジン作ったっていってた……』
アイジンの意味はわからないが、きっと良くない意味だと幼子は理解していた。
『そっか、みんな酷いこと言うんだな』
『うん……お兄ちゃんはだれ?』
『華花葉草学院の多丹ハノイ。能力の無い嬢ちゃんが通う事はないと思うが……』
異能力を持つ人間は時代とともに減っている。しかし稀有なために身分を問わず生活が保証されているのだ。
『いいなあ……』
『学生になりたいのか?』
この幼女はいつか普通の女学院にでも通うだろうとハノイは考えた。
『生活たいへんだから、がっこうにはいけないかもしれない』
『……』
父親を亡くし、その上身分ある家の夫人が外へ働きに出るなど家の恥であるからだ。
『なあ……嬢ちゃんはお父さんが好きだったか?』
『うん!』
学生は静かに幼子の頭を撫でて去った。
風が吹いて靡く焦茶の髪が視界にうつり、はっとした。
「……私は居眠りしていたのかしら、それとも白昼夢?」
父の命日で墓参りを終えて帰宅し、暫くして庭に出た。
すると昔の自分と優しい紫髪の学生の姿が見えた気がしたのである。
「御加減はいかがです母さま」
「……悪くありません」
長きに渡る辛労で母は一年前から病床に伏せるようになってしまった。
「すいませーん」
郵便配達の人が来たので受け取りにいく。
「お手紙です」
「いつもご苦労様です」
この近所を担当している田中さんだ。
「いやーキサちゃんは今日もかわいいねェ!」
「もう、褒めても何もでませんよ!そういえば結婚が近いそうですね。おめでとうございます」
郵便配達の青年は田舎から出稼ぎにきていて、地元の幼馴染と結婚が決まったらしい。
「いや~照れるぜ……」
私より5は上の彼はいつも軽口を言っていたが、珍しく照れている。
それが本当の恋なのだなあとなんとなく理解した。
彼は浮かれながら次の配達へ向かった。
「母さまへ手紙です」
毎月頻繁に送られる手紙は、宛名がなく誰が書いたものかはわからない。
けれどいつも伏せっている母が手紙を読む時には輝いている。
「……本当の恋?」
これから伴侶を貰う田中さんと亡くした母では立場が違うが、想い人へのそれが似ていた。
「キャアアアア」
近所から悲鳴が聴こえて、何事だろうと気になり駆け出す。
早くも私と同じように野次馬が集まろうとしている。
「これはひどい……」
人が死んでいて、悲鳴は発見者のものだった。
なにやら異能力者が絡んでいるらしく、特務部隊が出動していた。
新聞をとらないので知らなかったが、このごろ都心から離れた住宅地では度々大きな事件が起きているらしい。
「次はお前だ」
野次馬の中から誰が発したのかわからない声が、はっきりと嫌なくらい鮮明に耳へ届いた。
「だれ……?」
野次馬から出ていく黒髪の青年と目があった気がした。
「あ、ごめんなさい」
野次馬から抜ける学生の男女が私にぶつかり、忙しなく去っていった。
「はあ……」
私は昔家に勉強を教えに来てくれた男性に淡い恋をして以来、誰かに恋心はいだいていない気がする。
周りは想い人がいるのがあたりまえの風潮だが、華族でもなければ父も金もない私の家に縁談など来る筈はない。
普通の家ならばまだよかっただろうが、旧武家というのは人を寄せ付けがたい。
「家宝の刀だけはとられぬように……」
「はい」
事件が近場であったことから、母は我が家も標的になるのではないかと警戒している。
私は念のために座敷の刀を見に行くことにする。
ガタガタとなにやら物音がしていた。
「クセモノ!?」
どうせ家鳴りだろうと思っているが、一度言ってみたかった台詞なのでいってみた。
「……!」
私の発言に何者かが眼を丸くした――――
「うそ、本当にいたの!?」
「この屋敷の者か」
「姿を見られたからには……御免!!」
まだ刀はとられていないが、逃げてもどの道奪われるだろう。
奴等は私が死ねば次は母を手にかける。
「えい!!」
障子を蹴って奴等を威嚇し、木枠を外して投げ私に向かってくる通路を軽く足止めした。
「くそっ!!」
「一人で留守番をしていたら泥棒が!!誰かたすけて!」
母を探されないように一先ず屋敷には私だけしかいないてアピールする。
もし刀が奪われても命あっての物種だ。
「なあ、そういやここってハグレ異能者事件の現場付近だよな」
「それがどうしたんだよ」
ワープされたら……俺らすぐ捕まるぜ」
「けっ……こんな事で内申点を下げるわけにはいかねえな」
男は刀を手にとって、庭にある池へ投げようとした。
「え!?だめえええ!!」
刀は池に落ちる寸前で私の元へ返ってきた。
「何やってんだお前達」
紫髪の男性が男たちの肩をハリセンではたいた。
「げっ教官……」
男達はよく見ると学生で、最初に見た二名と隠れていたらしい一名の計三人がいた。
「いつまでたっても訓練住宅に来ないから探してみれば……やはりか」
「いや、でもこの地図だと!」
「なあなあ、訓練の場所、間違えてね?」
「なんでだよ?」
「だってそれ10年も前のだぞ?」
なにやら言い争いを始めた。
「あの説明してもらえません?」
「うるせー今取り込み中……」
「勝手に侵入して家宝を捨てようとした理由、奥の部屋で、説明してもらえますよね?」
私は刀が傷ついていないかを確認しながら問いかけた。
「しかたねえな……」
「……はい」
「ゴメンナサイ」
なぜかみんな借りてきた猫のように怯えている。
「ちなみに、逃げたら減点だからな」
「……さっきのは減点より怖いかもしれないな」
「だからこんないかにもな屋敷に侵入するとき止めとけばよかったんだよ」
■■
「つまり訓練現場を間違えて当家へ?」
彼等は華花葉草学院の生徒で、将来は特務部隊へ入るために教官の監督の元で仮想の任務を行っていたらしい。
そして教官はいま母へ説明と謝罪にいっている。
「……すんませんでした」
「面目ない」
「怖がらせて御免よお嬢さん」
嫌々謝罪した者、感情が読めない者、軽薄な者。彼等は将来、異能力者が引き起こす事件において治安を守る貴重な人材。
「というか刀はどうして私の手に返ったんですか?」
「あれは多分……」
「そろそろ帰るぞ」
教官が現れ、皆が立ち上がる。
「……障子の修繕は後程手配するんで」
感情がなく冷たそうな人は私が壊した障子をきにかけてくれた。
「あ、はい」
「……お前達は先に出てろ」
教官は私に話があるらしい。
「あの、なにか?」
きっとこの件については他言無用とか、いい忘れていたとかだろう。
「屋敷の痛みが酷いようだから、生活は出来ているのか気になってな」
「屋敷はどうにもなりませんが食事や母の医療面では遠縁が援助してくれているので……」
遠縁に若い人がいれば嫁ぎ先になったかもしれないが、親戚は若くて40から50くらいだ。
「そうか」
「あの、貴方の名前をうかがっても?」
「多丹ハノイだが」
これはもしかしなくても、彼は幼い頃に会った学生だ。
「あの、昔お庭で会いませんでしたか?」
「さあな」
彼は否定も肯定もせずに去っていった。
「教官はなんで僕らがここにいるってわかったんすか?」
「わかってはいなかった。ここに来たらお前達がたまたまいただけだ」
「じゃあなんでここに?」
「自分でもわからない」
「そういや教官は昔、任務中に怪我で名前以外の記憶を無くしたとか噂できいたな」
「なんだそれ、流行りのキネマかよ」
■■
「昔は優しかったのに……」
ああきっと、たまたま見かけた小娘のことなどすぐに忘れてしまったのだろう。
「あ」
ドタバタしていて開き忘れていたポストには絵葉書が届いていた。
「そうだわ、これなら外に出なくとも職になるわ!」
試しに砂地に絵でも描いてみようかしら。紙や異国のペンは買えないもの。
絵葉書の他に入っていたキネマのチラシにはハアトが描いてあった。
「ハアト……」
見ながら木の棒で地面に線を描く。
すると、チラシと同じように色がついたハアトが立体となって現れた。
「え!?」
――もしかして、これは異能力?