03
「一体何のつもりなんですか、もう! こんなところに不法侵入とか!」
取調室に西園寺に連れられてきた太一郎に、紫月が開口一番非難を浴びせかける。憮然とした表情で、少年はそれを見上げた。
彼は特に目立つような格好ではない。どこにでもいる子供のような、ボーダーのTシャツに半ズボン、そしてスニーカーだ。しかし、あれだけの立ち回りをしたというのに、むき出しの手足には擦り傷一つ作ってはいない。
そして、普通の子供ではありえないほどの威圧感で、口を開く。
「そもそも、お前がこんな怪しい奴に拉致されるから、僕がわざわざ救出しに来たんだろう。あまり手間をかけさせるな」
「……色々と反論したいところがいっぱいなんだけど、斎藤さんにはどう言ってきたんですか」
「そこかよ」
力なく尋ねる紫月に、小さく咲耶が零す。
「斎藤は何も知らん。僕がいなくなったことさえ気づいていないだろう。さっさと帰るぞ」
「いやあの僕としては一応同意の上でここまでついてきた訳で、用事が終わっていないのに帰るとか無理だと思うんですけど」
横暴に命じる少年に、とりあえず反論する。彼を納得させるだけの力がないことは判っていたが。
予想通り、太一郎は不機嫌そうに片方の眉を上げた。
「知らないオトナにほいほいついていくなと子供の頃に言いきかせられなかったのか?」
「僕はそういう親切な躾を受けられるような家庭環境じゃなかったんですよ」
「……なんでそう二人してボケ倒しやねん。何の試練や」
呆れた風に、西園寺が割りこむ。
「で。何者なんや、こいつ。坊ンの知り合いなんやな?」
「ええと……はい」
戸惑いながら、一応肯定する。
「住所氏名年齢、あと、何の術を取得しとるんか話して貰おか」
結局、あの短時間やりあった間に、少年はまともに術を放つことはなかった。正体を推測するには情報が少なすぎる。
しかし半ば判ってはいたが、西園寺の問いには沈黙が戻ってくる。
「この不法侵入と公務執行妨害に関して、少年法に護られるなんて期待はするだけ無駄やで」
眉間に皺を刻みながら西園寺が宣告する。太一郎は薄い笑みを浮かべた。
「僕にとっては法は守るものでも、護られるものでもないな」
「格好ええこと言うてくれるやんか、小僧が」
第一印象が悪かったのか、西園寺の太一郎に対する敵意はあからさまだった。
そのまま、視線を紫月へ向ける。彼は迷うように、太一郎と呼んだ少年を見下ろしていた。
「……黙ってろよ、紫月」
それを制したのは、咲耶だった。
「情報隠匿か? 刑事の目の前でやってくれるやんか」
男は机に両手をつき、不吉な笑みを浮かべて咲耶に顔を寄せる。
「守秘義務だよ。仕事の指示は、一応上司である俺が出すのが当たり前だろう?」
これみよがしに笑い返しながら、咲耶が睨め上げる。
「警察に協力するんは市民の義務やぞ?」
「こっちは信用が第一で仕事してんだ。むざむざそれをなくすような真似ができるかよ。無理矢理聞き出せるもんならやってみやがれ」
暗く笑いながら言葉を交わす二人を、ちょっと呆れ気味にその他一同が眺めていた。
「西園寺くん。取り調べが始まるなら、私はそろそろ失礼するよ」
漆田が横から声をかける。西園寺が真顔に戻って姿勢を正した。
「ああ。とりあえずご苦労さん。話は後でゆっくりするからそのつもりでおれよ」
含みがある言葉を、漆田は肩を竦めてやり過ごす。先ほど、紫月の頼みで彼が緊急回線に割りこんだことを、西園寺は問題視しているのだろう。
扉が閉まると同時、自動で鍵がかけられる。西園寺は椅子を一脚抱えると、僅かに眉を寄せる太一郎に示した。
「とりあえずお前は後ろにおれ。別にこいつらに危害を加える気はないし、非合法手段を取るつもりもない。せやから黙って大人しく座っとってくれ。……全く、保護者同伴の聴取とか勘弁して欲しいわ……」
後半は小さく口の中でぼやいている。無言で頷くと、少年は椅子へよじ登った。
溜め息を一つついて、男は席へ戻った。再びファイルを手元に引き寄せた時には、その瞳は至極真面目なものに変わっている。
「じゃあ、続きを始めよか。当日、何時から何時まで杉野さんと会っとった?」
「大体、夜の八時ぐらいから、一時間ほどです」
紫月の答えに頷いてファイルを捲る。
「宿泊棟からの出火の一報が、消防に入ったんが午後七時五十二分。礼拝堂からの出火は現場に着いた消防に直接伝えられた。この時点で八時十三分。その前から、教団の人やら近所の人やらが現場の周囲を囲んどった。礼拝堂の中から人が出てきたって証言はない」
一旦言葉を切って、少年たちを見つめる。
「午後十一時四十二分、二駅離れたビジネスホテルに二人でチェックインしとるな。フロントで応対した時に、焦げたような臭いがしたって証言が取れとる」
「口が軽いんですね」
紫月が感想を漏らした。咲耶が肩を竦める。
「一流ホテルならともかく、ビジネスじゃな。ある程度は仕方ないさ」
西園寺の目が険しくなる。
「紫月くんのことはよう知らんけど、咲耶がついとったんなら、火事の中から無傷で脱出するんはできるやろ。せやけど、あの衆人環視の中を誰にも見られずに逃げ出すなんて無理や。違うか?」
「何が言いたいんだよ」
苛立ったように、咲耶が口を挟む。だが、西園寺は滑らかに続けた。
「杉野さんの死因は、窒息死や。肺から煤も検出されとる。煙に巻かれて亡くなったっていうのが、常識的な見解やろう。せやけど、被害者は杉野孝之で、現場にいたとされているのは弥栄紫月と守島咲耶や。推測できる状況は、幾つかある」
太一郎は無言で彼らの声を聞いている。
「一つは、単純に、杉野さんが逃げ遅れた。もう一つは、杉野さんがあえて逃げへんかった。更に、その場にいた誰かが、杉野さんを殺害した。その場にいた他の第三者が、殺害した。そして、その場におらへんかった、第三者が、殺害した」
ゆっくりと指を折りながら、西園寺は数え上げる。
「素晴らしいね。世界の全ての人間が容疑者だ」
嘲るように、咲耶が声を上げた。
だが、それに西園寺は乗らない。
「可能性だけなら、それもあり得るやろう。けど、その大小を考えたら、幾らか選択肢は絞られる」
西園寺は、真剣な瞳で、少年たちを見つめた。
紫月が小さく息を落とす。
「僕たちが礼拝堂から立ち去った時、まだ、杉野は無傷で生存していました。その後、生きている杉野に会ったことはありません。僕に言えるのはそれが全てです」