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IMAGE Crushers! 3  作者: 水浅葱ゆきねこ
第一章
6/22

05

 見慣れた町並みが、慣れない速度で過ぎ去っていく。

「それはそうと、お前、警視庁勤務ってことは、東京に住んでるのか?」

 ふいに咲耶が疑問を口にした。

「ああ、いや、普段は大阪や。大阪府警に在籍しとる。この、『不可知犯罪捜査官』っちゅう肩書きが必要な仕事に就く時だけ、警視庁所属になんねん」

「ややこしいな……。そんないい加減な組織だったか?」

 咲耶が眉を寄せて文句を言った。

「ええ加減とか言うな。これは特殊技能が必要やから、しゃあない。捜査官は、ワシ以外にも全国におるしな」

「そもそもお前、警察に勤めてるとか俺に言ったことないよな。確か大学卒業したのが二年前だから、俺がまだぎりぎり実家にいた頃じゃねぇか」

「本家がご機嫌伺いでなに()うたかまでワシが知るか。お前に知らされてへんかったんなら、どうせそんなことは大した話題やなかったからやろ」

「卑屈になってんじゃねぇよ」

 朝からずっと感じていた小さな違和感が積み重なって、紫月は僅かに考えこんだ。一つだけ仮説が浮かびあがる。

「……ひょっとして、二人は凄く仲がいいのか?」

「んな訳あるか!」

 紫月が思いついたまま素直に零した言葉に、咲耶が怒声を上げる。西園寺は思い切り爆笑した。

「お前も笑ってんな!」

 狭い後部座席から、無理矢理に運転席の背を蹴りつける。が、西園寺はそれに動じずに視線を紫月に向けた。

「やー。坊ンもなかなか凄いな。咲耶にそんなこと言える奴、そうそうおらへんで」

「そうなんですか?」

 きょとんとして訊き返す。確かに咲耶は気難しい相手ではあるが、しかし難しい相手ではない。

「俺のことなんかどうでもいいだろ」

 憮然として、咲耶は体重を座席にかけた。

 確かにそれはそうだ。紫月は質問を変えた。

「その……、『不可知犯罪捜査官』、というのは、どういうことをされるんですか? 普通の刑事さんとは違うんですよね」

 答えられないと言うかと思っていたが、しかしあっさりと西園寺は口を開く。

「ん? せやな。簡単に()うと、現行の法律では裁けない犯罪を(あつこ)うとる。呪いとか魔術とか、そういった類で市民に害を与えるっちゅう事件や。先刻(さっき)もちょっと()うたけど、この辞令を受けとる間、ワシの行動に一切の制限はない。捜査も、断罪も、処刑も、全てがワシの一存で行われる」

 僅かに顔を強ばらせる。

 犯罪に対する抑止力は、まず捕まって罰せられるという点が大きい。犯罪は割に合わない、という意識が働くことによるものだ。

 しかし、物理的に実証することができない呪術や魔術を使う者は、容易くそれを犯罪に利用することが多い。現行の法律では、それらを禁じるものはない。彼らにとって抑止力は存在せず、犯罪は充分割に合う行為だ。

 だからこそ、咲耶は敢えて仕事の上で違法行為には関わらないという立場を取っている。

 彼のその姿勢は、全体から見れば希少であった。

 その咲耶が感心したような声を漏らす。

「聞いたことねぇな。公認なのか?」

「あのな。一応ワシは国家公務員やぞ。認められてへんわけないやろうが」

 僅かに苦々しげに、西園寺が返した。

 彼らが会話を交わしている間に、表情を平静に戻す。

「……その『不可知犯罪捜査官』である貴方が、僕に何をお訊きになりたいんですか?」

 警戒を怠らずに尋ねたが、男は軽く返事を返してきた。

「それは、まあ、本部に着いてからにしようや。一応手順も踏まんといかんしな」



 それ以降、ほぼ無言を維持して、車はひたすらに走った。山道へと入っていったのは、二時間ほど経ってからである。

 高い塀と守衛のいる門を通過する。

 それが三回を数えるに至って、呆れたように咲耶が呟いた。

「厳重だな」

「まだまだや」

 更に、見渡す限り何もない土地を進む。やがて見えてきたのは、四角い箱のような、小さな平屋の建家だった。入口に横づけするように車を停める。扉の横に立っていた警官が、敬礼して西園寺を迎える。

「おぅ。ご苦労さん。車頼むわ」

 扉を開けた西園寺が、声をかける。そして二人の少年を促して、車を降りた。

「ここ……ですか?」

 周囲をぐるりと見渡し、戸惑ったように紫月が呟く。

「ああ。遠慮せんと入り」

 西園寺は警察手帳を取り出すと、手馴れたように扉の横にあるプレートにかざす。小さく機械音がして、扉が開いた。

 コンクリートで作られた建物内部は、さほど広くはない。入口と、その正面にある扉以外には窓もなく、二坪ほどの空間にあるのは、ただ空気だけである。

 奥の扉を開く。その向こう側には更なる空間と壁と扉があった。

「エレベーター?」

「本部は地下にある。もう少しやさかい、辛抱してくれ」

 待ちかまえていたかのように、ボタンを押すと同時に扉が開く。三人は無言でその後の数分間を過ごした。

 再び静かに扉が開く。そこから降り立って、ようやく西園寺は僅かに入っていた肩の力を抜いた。

「ここが、捜査零課の本部や。ここまで来たら、まあ大丈夫やろ」

 多分、という呟きは発せられることはなかった。


 長い廊下を進む。地上と違い、地下の方はかなりの広さがあるらしかった。

 だが、人の気配がない。物音ひとつしないのは、やや不安を煽る。

 最終的に少年たちが通されたのは、まずまず普通の部屋だった。壁や床はコンクリートむき出しではない。クッションフロアや壁紙が貼ってある程度の仕上げではあるが、色合いは柔らかく、少しばかりほっとする。大きめの机はスチール製で、機能的な椅子が四脚置かれている。部屋の片隅にあるチェストには花まで活けてあった。

 だが。

 西園寺が、机の隅に積んであった数冊のファイルに手を置く。

「ほな、始めよか」

 紫月は小さく頷く。

 状況は、まだ酷く緊張を強いていた。


「杉野さんが亡くなった日やけど。夕方、現場に行ってるって?」

「はい」

 真面目な顔で答えた。咲耶は、隣の椅子に座っている。

 事情聴取というものは、何回も同じことを訊かれるものだ。一度でも証言に食い違いがあれば、そこを執拗に探られる。

 しかし、紫月は二ヶ月前に答えた内容をほぼ覚えている。正直に話したところも、慎重に隠したところも、全て。今、一言一句間違いなく繰り返すことだってできるだろう。

 だから、今回の事情聴取も軽く見ていた意識がなかった訳ではない。

「そこに行ったんは、一人でか?」

 今までに取られた調書は読んでいる筈だ。揺さぶりだろう。

「俺が一緒だったよ」

 憮然とした顔を崩さず、黒髪の少年が告げる。

「何の目的で?」

 淡々と、西園寺が尋ねる。だが、咲耶は嘲るように笑む。

「黙秘する。お前の行動に制限はないってことだけど、俺たちに黙秘権はあるんだろうな? まあ、なくったって、お前が俺から無理矢理証言を引き出すことなんてできねぇけどな」

 この二ヶ月の間、紫月ほどではないが、咲耶も何度か聴取を受けている。その時には当たり障りなく答えていたのだが、この男にはその態度を貫かないようだ。

 あからさまに挑発する言葉に、西園寺は呆れたような視線を向ける。

「ちっとは口を慎めや……。普通やったら今のも全部調書に取られとるぞ」

 無言で肩を竦め、咲耶は椅子の背もたれに体重をかけた。

 視線を紫月に戻し、西園寺が続けて口を開く。

「その日、聖エイストロム教団で、杉野さん以外の誰かに会わんかったか?」

「二人。教団の教主の有馬さんと、入信していた織原くんです」

 二人に、紫月たちが来訪したことを黙っておけ、というのは無理だった。咲耶が一緒だったことが明らかになっているのは、そのせいだ。ごまかせないところはあっさり認めておいた方がいい、と当時は判断していたのだが。

 西園寺が、ファイルの内部から一枚の紙を取り出した。机の上に広げられたそれは、当時の教団の建物を記した配置図だ。

「会った場所は?」

「事務所棟の傍で、有馬さんと。織原くんは、その裏手の、この辺りです」

 迷うことなく、地図の上を示す。

 一つ頷いて、西園寺はまっすぐ紫月を見つめた。

「ちょうどその場所で、血痕が見つかっとる」

 顔は引きつらせずにやり過ごせた、筈だ。

「心当たりは?」

 織原とは、あの日以来会ったことはない。彼が何を話したのか、紫月は知らなかった。

 勿論、口裏など合わせられはしない。

 一瞬迷って、彼はある程度の事実を話すことにした。

「多分僕のものです。彼とちょっと揉み合いになってしまって。ひっかき傷のようなものだったので、忘れていました」

「そうか」

 それ以上踏みこむことはなく、男はファイルの中身をしばらく捲った。

 確かに、今までの事情聴取とは色々と違う。

 内心、紫月は気を引き締めた。




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