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IMAGE Crushers! 3  作者: 水浅葱ゆきねこ
第三章
14/22

02

「なるほど。咲耶は元気にやっているようですね」

 穏やかに感想を述べて、守島家の次男は安堵の表情を浮かべた。

 一時間ほど前、西園寺と別れた直後に紫月は街中(まちなか)で声をかけられていた。

 守島咲耶の兄の部下だと名乗る彼らは、極丁重に、その兄がお話を伺いたいと言っているのだが、と申し入れてきたのだ。

 相手は一見礼儀正しく、おそらく危険はないと判断し、紫月はそれに従った。

 まあ何かあっても切り抜けられるだろうと、嵩を括っていたのは確かなのだが。

 車に乗せられてこの邸宅に着き、長い廊下を進んで小さな離れに通される。

 そこでしばらく待った後で姿を見せたのが、一人の男だった。

 一通り挨拶を交わして、彼、守島清孝は咲耶の様子などを尋ねてきた。

 紫月への態度は、少々堅苦しいところはあるものの予想していたよりもずっと穏やかで、僅かながら身構えているところもあった紫月は肩透かしを喰らった感もある。

 また奇妙な感覚を覚えて、小さな素振りで周囲を見回した。

「何か?」

「いえ……」

 ごまかすように呟くが、その感覚は先ほどのものよりもずっと強い。

 何かが鋭く弾け、連続的に消えていくような感覚。

 この男が、少なくとも彼の末弟と同程度の能力があるとすれば、これに気づいていない訳はないのだが。

 平静を保っている姿に、不安を抱く必要はないのかとも思う。

「そうですね。あまり長い間お時間を頂くのも心苦しいですし、そろそろいい頃合いでしょう。最後に一つ、お訊きしたいのですが」

「はい」

 清孝の言葉を待ち受ける。

 だが、今度こそ明らかに奇妙な音が聞こえてきていて、ついそちらへと視線を向けた。

 まるで、誰かが廊下を全力疾走しているような。

「適度に手加減して足止めするようにと指示しておいたんだが……」

 清孝から、小さく、呆れたような呟きが漏れる。

 小首を傾げ、状況を把握しようとした瞬間。


 すぱぁああああああん!


 いっそ小気味いいほどの勢いで、襖が引き開けられた。

 きょとんとして、ぽっかりと開いた空間に現れた人物を見上げる。

 肩で荒く息をつき、全体的にやや薄汚れた様子で咲耶が立っている。隣の襖の(たて)(がまち)に手をかけて、身体を引き摺り出すように西園寺が続いた。男の上着は咲耶よりも状態が酷く、数カ所穴が空いている。

「……咲耶。西園寺さんも」

 紫月の呼びかけを一切無視して、咲耶が息を吸う。

「一体何のつもりなんだよ、くそ兄貴」

 苛立ちの籠もった視線が、兄へと向けられる。

「久しぶりだな、咲耶。元気だったか?」

「何のつもりだって訊いてんだよ!」

 苛々と遮る弟に、清孝は小さく肩を竦めた。

「一体何を怒っているんだ?」

「色々あんだろ! 何でわざわざ一番奥の離れに客通してんだとか! どれだけ走ったと思ってる!」

「一番に問い詰めるんがそこなんか……」

 西園寺が力なく呟く。

「それはお前が邪魔をしにくるだろうと思ったからだよ」

 穏やかに告げて、清孝は卓に置かれた湯呑みを手に取る。

「大体、お前がもっと頻繁に帰ってきてくれるなら、お友達からお話を聞かなくても家族は安心できるんだ。判っているんだろう?」

「うるせぇよ、盆に帰ったばっかじゃねぇか」

「……君は本当に家出しているのか?」

 ちょっとばかり呆れて、横から紫月が口を挟む。苛々と咲耶はそれに視線を向けた。

「人んちの事情も知らないで、偉そうな口を叩くなよ。義理を欠いて、うちの先祖からの祟りが発現したらどんな惨状になると思ってんだ。ちょっと顔を出して回避できるなら安いもんだろ」

「……そういう問題なのかなぁ」

 首を捻る紫月を強引に無視する。

「それで、こいつに何をしてくれてたんだ?」

「言っただろう。薄情な弟の様子をお話しして貰っていたのさ」

 じろり、と咲耶が紫月を睨みつける。戸惑いながら、それに頷いた。

「心配しなくても、恥ずかしい話は聞き出していない。しっかり食べているかとか、ちゃんと眠っているのかとか、体調を崩していないかとか」

「充分恥ずかしい話だろ!」

「お前がきちんと連絡を取っていれば、必要ないことだった」

 一口茶を飲むと、静かに茶托へと戻す。

「お前の我が儘を一年以上許してきてやったんだから、いい加減に弁えたらどうなんだ。うちの跡継ぎとして、我々にはお前が必要だ。父が、何度もお前にそう言っていたのをまさか忘れてはいないだろう? お前だって、今のままではその力を存分に発揮できない。帰ってくれば、それは我々全員の利益になる。違うか?」

「違ぇよ」

 清孝の言葉を、一言で断ち切る。静かに、兄は弟を見返した。

 咲耶だけを。

 小さく溜め息を漏らして、西園寺が背筋を伸ばす。

「清孝さん」

 和服の男は、その呼びかけに眉一つ動かさない。

 怯んだように一瞬息を飲んで、しかし西園寺は再び口を開く。

「清孝さん、あんまり余計なことはせんといて貰えますか。このことで、何が解決に向かう訳でもないことぐらい、貴方に判らない訳がないでしょう」

 清孝が何かに気を取られたように、ゆらりと顔を庭へと向けた。そう、西園寺とは真逆の方向へ。

()うときますけど、今、ワシは西園寺の者ってだけやない。警視庁の一員としても、ここへ来てるんですよ」

 清孝は、顔を背けたままだ。正面に座っている紫月だけが、その口元に嘲るような笑みが一瞬浮かぶのを目にした。

 訝しげに、咲耶を見上げる。

 それを受けてのことか、酷く苛立たしい足取りで咲耶が座敷へと踏みこんだ。

「もういいだろ、(きよ)にい。帰るぞ、紫月」

「え……でも」

 視線を、ちらりと咲耶の兄へと向ける。彼は変わらず、生真面目な表情で見返してきた。

「迎えが来たんじゃ仕方がないね。弥栄くん、わざわざ時間を取ってくれてありがとう。咲耶、帰りは手荒な真似はしないでやるから、静かに戻りなさい」

「誰のせいだよ!」

 咲耶の怒声を聞きながら、立ち上がる。幸い、さほど酷く足が痺れてはいなかった。




 車のロックを外し、後部座席に少年たちを座らせる。

 肺の中を空にするほど長く息をはいて、西園寺は車の屋根にもたれかかった。

「うぁあああああ。寿命が縮むわ……」

 低く呻く姿を、紫月が窓越しに気遣わしげに見上げる。

「すまん、ちょっと待っててくれ。五分で戻る」

「四郎」

 そう言い置いて身を起こした男を、咲耶が呼び止めた。

「煙草は止めろって、前から言ってんだろ。逃げに使うんなら、尚更だ」

 咲耶の強い視線に、ふいと顔を背ける。

「……せやな。早いとこ戻ろか」

 運転席へ座り、力強く扉を閉める。ハンドルを握る手が、僅かに震えているのが見て取れた。

 だが危なげなく車が発進する。

「それで、何だって兄貴の部下なんかに声をかけられてほいほいついていったんだよ。知らない大人についていくなって昨日太一郎からも言われたところだろ」

 不機嫌な顔で、咲耶が問い詰めてきた。

「君のことで話したいことがあるって言われたんだ。僕も、丁度色々と考えてることがあったから」

「考えてること?」

 訝しげに問いかけられ、色々と、と呟いて受け流す。数時間前のやりとりを思い出して、西園寺が虚空を見上げた。

 あの経緯が、紫月の警戒レベルを押し下げていた可能性はある。

「まあいい。で、お前が話したことは、先刻(さっき)兄貴が言ったことぐらいか?」

「ああ」

 短く返すのに、小さく溜め息をつく。

「じゃあ、お前が聞かされたことはどうだ?」

 紫月が僅かに言い淀んだ。

 じっと、咲耶が見つめてくる。

「……君が、どれほど陰陽師として優秀だとお父さんが評価しているかとか、ほんの子供の頃からご家族に期待されてきたこととか、それに君が充分以上に応えてきたとか、将来、君の力によってこの国と多くの人たちの幸福を護る力が更に強くなるだろうとか、君が戻ってきたらお父さんたちは喜んで迎え入れ」

「もういい」

 呆れたような吐息と共に、少年は遮った。

 その視線は、紫月から離れない。

「それで、お前はそれを鵜呑みにしたんだな?」

「いや、多少ご家族の贔屓目が入ってるとは思ってるよ。だけど」

「そっちじゃなくてだな」

 苛々と咲耶が否定する。

「俺の家族が、俺が家に戻った方が全てにおいて最良だと思っている、という意見を、だ」


 十数秒間、考えを纏めるように紫月は沈黙した。

「……君が僕と一緒にいること、端的に言えば世話を焼いていてくれるのは、僕を一人で放り出せないという義務感からだろう。それは、本心からありがたいと思っているよ。だけど、その為に君を縛りつけているんだとしたら、僕は」

「俺の思惑を一から十まで決めつけて自己完結するなよ」

 咲耶の苛立ちは一向に治まっていない。

「俺は、自分で決めたこと以外の行動はしていないし、それは義務感なんかじゃない。他人にとやかく命令されるのなんて真っ平だ。例え、相棒だろうとな」

「だけど、君の家族はあんなに君を待っている。君を評価して、心配して、望んでいる。……僕は」

 再び言葉を発する前に、奥歯を噛みしめる。

「僕は、正直、君が酷く羨ましいよ」

 家族という存在を全て失っている少年が、苦くその羨望を口にした。

 咲耶が小さく鼻を鳴らす。

「何だ。嫉妬か」

 放り出すような言い方に、紫月が身体を震わせ、視線を逸らせた。しかし咲耶は強引にその肩を掴み、顔を覗きこむ。

「お前の嫉妬心で、俺の人生を台無しにしようとするんじゃねぇよ。お前がファザコンなのは全然構わないけどな。同情なんかに、何かを解決する力なんてないんだ」

「……っ、じゃあ、君は、どうして家を出てからの仕事に、拝み屋なんて選んだんだ! 本当に家が嫌いで、家族を疎んじて、自分の力が不要だと思っているなら、他の仕事をすればいいだろう! 結局、君は全てを無駄にしている!」

 嫉妬というよりは、むしろ義憤に駆られたように、紫月が非難する。苛立ちを通り越し、憎々しげに咲耶はそれを見つめた。

「言ってくれるじゃねぇか。憎くて憎くて憎くて堪らなかった養父の遺産で悠々自適なお坊ちゃんが! それが、お前にとって筋の通った生き方なのかよ!」

「なん……っ!」

「さーくーや」

 激昂しかけた紫月の言葉を、西園寺が遮った。

「坊ンもや。ちょっと口閉じぃ。これから最低五分間は口も休ませたれ。そんなに使ぅたら疲れてまうやろ」

「お前には関係ないだろ」

「ワシの車ん中なんやけど」

 反論に軽く返される。

 確かに、少年たちは、頭を冷やすことの重要性をよく知っていた。咲耶が掴んでいた紫月の身体を乱暴に離す。シートに身体を預けて、二人はそのまま大人しく口を噤んだ。


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