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IMAGE Crushers! 3  作者: 水浅葱ゆきねこ
第三章
13/22

01

 目的地まで、歩いて五分。

 その程度の距離を敢えて残して、西園寺は車を停めた。

 大きく一度深呼吸して、覚悟を決める。

「……行こか」

「待て」

 むっつりと咲耶に制されて、開けかけたドアに頭をぶつける。

「何やねん、ボケるにしてもタイミング良すぎやろ」

「誰がそんなタイミング見計らうか。お前じゃあるまいし」

 咲耶が助手席から冷たい視線を向ける。

「お前、うちを出る前に言ってたの、あれ、どういう意味だ」

「何か()うたか?」

 さらりと流そうとするが、相手はそれを許さない。

「言っただろうが! あいつらが、お前のところにやってくると思ってた、って」

 返す言葉が見つからなくて、顔を逸らす。

「……お前、あいつらを一人で迎え討つつもりだったのか? 昨日の太一郎ん時みたいに」

「いやまあ一人やないで。本部もある程度バックアップしてくれる予定やったし」

 ごまかすように告げた言葉に、溜め息をついた。

「莫迦だろう、お前」

「莫迦とか()うなや。傷つくやんか」

 西園寺がわざとらしく気弱に言い、片手を胸に当てて視線を遠くへ向けた。拳をごつ、とそのこめかみに当てると、咲耶が腰を浮かせる。

「行くか」

「おぅ」


 高い塀に沿って、歩く。

 一歩前を進んでいた咲耶が口を開いた。

「そう言えば、お前、ここに来たのは何回だ?」

「一回だけや。お前と()うた、新年のご機嫌伺いの時」

「お決まりのやつか。……じゃあ、知らないな」

 肩越しに振り返る。苦々しい表情で連れに告げた。

「銃は絶対に使うな。ていうか、攻撃するな。ひたすら避けることだけに専念しろ」

「何()うてるんや。ワシかて常識ぐらいはあるで。大体、攻撃とか考えてもなかったわ」

「そういう問題じゃない。もしも犬神を出現させでもしたら、一瞬で消滅させられるぜ。お前のは、俺のと違って替えが効かないんだからな」

 犬神は、つまるところ死霊である。それには明確に個の区別がある。もしも滅してしまえば、その存在は完全に失われてしまう。

 対して咲耶が扱う式神は、その場に存在する精霊を集め、型に嵌め、使役するものだ。術師個人に起因する個性はあるが、もしも一度消滅しても同じものを再度呼び出すことは容易い。

「ん? なに? 心配してくれとるん?」

 にやにやと笑いながら放たれた言葉に、あからさまに嫌そうな顔をする。

「莫迦か。単純に、後味が悪いだけだよ」

 そう言って、前に向き直る。

 漆喰で白く塗られた塀がようやく途切れ、木製の格子状に組まれた門扉が現れた。

 門柱には、白木の表札が掛けられている。


『守島』


 墨跡鮮やかなそれを見上げて、二人は一呼吸置いた。

「行くぞ」

 ぎゅ、と黒革の手袋を締め直し、咲耶が門扉に手を伸ばす。

 指先がそれに触れた瞬間、凄まじい雷光が迸った。

「何やぁ!?」

 緊張はしているものの、緊迫はしていなかった西園寺が驚愕の叫びを上げる。

 何かが焦げるような臭いを発しながら、守島は断固として桟を掴み、勢いよく引き開けた。

 発光自体は咲耶の手が離れた瞬間に収まったが、代わりに門の奥からは押し潰されそうなほどの圧力が感じられる。

「……何なんや」

「あー。やっぱり知らなかったか。うちは、招かれざる者が来た場合、大体こうだ。修行がてら、門弟たちが全力で潰しにかかってくる」

 ま、滅多にないけど、と呟く少年を、まじまじと見下ろす。流石に、こんな事態は想定していなかった。

「いやちょお待ってや。ワシだけやったらまだそれも判るけど、お前がここにおるやんか」

「前もって連絡入れてないんだから、俺だって不法侵入だよ。さ、とっとと押し通るぞ」

 しれっと告げて、薄く煙を上げる右手を軽く振る。

「いやいやいや、守島の本家の門弟って、一体どれぐらいおると」

「うるせぇなぁ。ここまで来てるんだから、腹括れよ」

 眉を寄せて、咲耶は門の内側へ一歩踏みこんだ。

 瞬間、ひょい、と首を左へ曲げる。正面から長い針のようなものが、耳を掠めるように飛来した。

 門扉を抜けることなく消え失せたそれを目の当たりにして、西園寺が喉を鳴らす。

「ああもう、行ったるわ!」

 踵を叩きつけるようにして、前進する。即座に半身を捻り、放たれた二手目をかわした。

「覚えがいいじゃねぇか」

 先行する少年が皮肉げに呟くのを()めつける。

「いちいちやかましいわ。そもそもこれはワシの仕事や!」

「上等だ」

 そして二人は清められた白い砂利の上を並んで進み始めた。十数メートル先で曲がり、松の影へと抜けていく道の先は全く伺い知れない。



 僅かに圧迫感を感じて、紫月は庭へと視線を向けた。

 築山には、色づいた紅葉が華やかさを添えている。

「どうかされましたか?」

 静かな声が掛けられて、慌てて視線を戻した。

「いえ、別に」

 ごまかすような返事に、目の前に座る男は、再度問い返そうとはしなかった。

 咲耶の兄だと言い、清孝と名乗った男は、どう見ても成人していた。おそらくは二十代後半から三十代前半。咲耶が今年十七歳の筈だから、かなり歳が離れている。

 鈍い濃い灰色の地に、藍の模様が入っている着物を身につけ、細めの銀縁の眼鏡をかけている。その服装は日常的なものなのだろう、違和感は全く感じない。表情は顔を合わせてからずっと生真面目で、少しばかり神経質そうだ。

 そのような相手が、自分に対して丁寧な物腰で接してくるのに、紫月は僅かに居心地の悪さを感じていた。



 だん、と咲耶が強く片足を踏みしめた。靴底と地面の間で、何かが弾けるような音を立てる。

 西園寺が僅かに身を屈めた。二人の頭上を掠め、空気が鋭く鳴る。

 どちらともなく、小さく吐息を漏らす。男の頬に汗が流れているのを目にして、咲耶がにやりと笑みを浮かべた。

「どうした? そろそろキツいか?」

「あ? 特殊公務員なめんな! こんなもん、通常訓練よりちょっとばかり厳しいだけや!」

「厳しいのかよ」

 呆れた口調で呟く。

 そして、滑らかに、西園寺の胸の前へと咲耶が腕を伸ばす。革の手袋に包まれた掌に何かが衝突し、奇妙な声を上げて煙と化した。

「……咲耶」

 眉を寄せて西園寺が呼ぶ。

「何だよ」

「お前、何ワシのこと庇っとんねん」

「うるせぇよ。お前を庇ってんじゃねぇ。お前が手を出したらまずいから、その前に攻撃されないようにしてんだよ」

「手は出さへんて。ちょっとは信用せぇ」

 苛々と反論されるが、咲耶は首を振った。

「もう少し回りのことを考えろ。もしもお前がうちに面と向かって刃向かった場合、西園寺の一族はどうなる」

 ぎし、と奥歯が軋む。

 男の大きな手が、強引に咲耶の肩を掴んだ。ぐい、とそれを引き、力任せに前へと出ていく。

 瞬間、鈍い音と共に、西園寺の上半身が揺れた。

「四郎!?」

 咲耶が驚愕の声を上げる。

「……なめんな()うたやろ。覚悟なんか、七年前からとっくにできとるわ」

 何かしらの攻撃が直撃したのだろう、黒の上着とワイシャツの腹部が無惨に破れ、その下から黒い、一見防弾チョッキのような素材が覗いている。

「お前……それ」

「ワシが辞令受けた時からずっと、何の防御もなく動き回っとるとか思っとったんか? この仕事の危険性は、本部が一番よぅ判っとる」

 言い捨てて、再度足を踏み出す。

「そもそも、一市民に庇って貰うなんて、一切ありえへんってことぐらいお前も判っとけ」

 小さく溜め息をついて、咲耶が続く。

「未だにお前のことがよく判んねぇよ」

「退屈せぇへんやろ?」

 にやりと笑って、横合いから突っこんできた式神を腕を一振りして打ち払った。

「それに、いくらお前んちの関係者やからって、お前に関するワシの権利を横取りされる訳にはいかへんからなぁ」

「ちょっと待て! お前に、俺に関する何の権利があるってんだよ!」

 呑気に続けられた言葉に、咲耶は怒声を上げた。



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