すみません「神刀」の辞表ってどこに提出したらいいですか?
え?神事?
親方が必死に目で「おとなしくしておいてくださいお願いします」って器用に敬意を表現しながら伝えてくるので無下にもできず。
おしゃべりなし、身動きなし、その他、普通の刀剣ならできないことはやらないように注意してたんだけどさ。
ああ、最初から最後まで寝てましたわ。
とりあえず努力はした。でも一番高級そうな束帯を着たよぼよぼのおじいちゃんが、祝詞を唱える段になってゆったりとした音階で上下する意味不明の文言は子守唄に最適だと気が付いてね、気が付いた時点で手遅れでしたわ。
おじいちゃん神官主導の神事は午前中いっぱいかけてようやく終わりそうな雰囲気。
もうわたし帰って寝たかった。
いや、十分寝たりたけどさw
じいちゃんがなんか言って、控えてた何人かの神官さんが出てきたのでどうやら神事は続くよどこまでもって感じらしい。
しかし、チラ見したところ、老神官と違ってわりと若そうなイケメン二人が出てきて、ちょっと気になって二人の挙動を眺めてみた。
老神官の束帯は薄青を基調として組みひもが金でできてた。若い方のうち、クールビューティ仏頂面の神官は古代紫と白。おとなりのほんわか草食系イケメンは若草色ともえぎ色の束帯姿だ。
カラーリングの対比もきれいだしこれは眼福♪…と思ってたら、緑イケメンが老神官にお辞儀をしながらわたしの前に…。やさしい手つきでわたしのしたに敷いてある練り絹とともに刀身をすっと持ち上げて、祭壇から降ろした。
恭しくわたしを目の位置に掲げて、紫イケメンと対面する。
紫神官は、手に榊を持ち、その榊にはきれいな巫女さんたちが御神水の入った柄杓で幾度も榊を湿らせている。
そんな水の滴る榊を持つ紫神官は、祓言葉とともにわたしの体の上でぬれた榊をゆすって清めた水でわたしを濡らす。
ちべてっ!
何だったんだろうね。わたしが寝てたのに気づいて目覚まししてくれたのかねえ。
まあその後も今度は手動が紫神官に変わっただけで、さっきのと似たような神事がまた繰り返される。
最後に平伏しまくった親方が、平伏したまま前進…匍匐前進とも違う平伏前進という斬新な技法で上座に移動し、白木の箱に入った何かを紫神官に献上した。紫神官が何事か言って親方を下がらせ、どうやらそれをもって紫神官主導の神事は終了ぽい。
では解放か!?
もちろんそうは問屋が卸さないわけです。
今度は大量の神官と大量の巫女さんが出てきて、雅楽と神楽を始めやがりました。
よっぽど練習したのか、それともこれがデフォなのか知らんけど、みなさんとってもお上手。
楽器はどれもひとつの楽器が突出しないように全員が一定の音量を保つ。カンニングブレスなしでも全員の肺活量が一定であるかのように八分の一休符できっちりブレスを取ってくる。
巫女さんたちはまずそのお顔がとっても美人さん。そして身長含む体型すべて同型で形成されたかのように見事なまでに一致してる。舞う前からとにかく挙動がゆるやかでありつつ、ひとつひとつの所作の一致が見事。翻る衣の上がる位置までみんな一緒なんだよ?もちろん舞いは見事の一言に尽きました。
すべてが完璧で、見事で…。けれどもだからこそ気が付いてしまうことがあった。
ひとつの龍笛の音が、周りとほんの少しだけ一致してない。音楽の専門家であってもはたして気づくか気づかないか…その程度のズレなんだけどね。
ほら、どうやらわたしって神らしいじゃん?
気づいちゃったんだよねえ。
見た感じ、吹き手の技量は全く問題ないようだったので、今度は龍笛の方を観察する。すると、乾燥の際の反りのほんのわずかな狂いが原因だとわかった。別にスキャン技術も笛の仕組みについての知識もない癖にわたしよく分かったな…これが神の視点かw あ、うん。思ってたよりしょぼいっちゃしょぼいけどな。
ついにわたしは、いてもたってもいられずふよふよと件の龍笛の奏者のもとに近づいて行った。いまのわたしは見かけ重視の仮の研ぎをかけられているだけのなまくらではあるけれど、さすがに抜身の刀身が人と人との間を縫って移動するのもどうかと思ったので、とりあえずみんなの頭の上を通るルートを選択した。そして龍笛にゆっくりと近づいて、刀の腹で笛にそっと触れた。「こん」と澄んだ音がして、笛の狂いが正常に戻った。
わたしは安心して元の祭壇に戻り、今度はどんなきれいなハーモニーを聞かせてくれるのかなと、柄にもなくウキウキしたよー。
人の波を蹴立てて怖い顔した親方が祭壇の裏手に回ってわたしの刀身に拳骨くらわすまでの短いドキワクでした。
「なんだよ、これ結構な神事なんじゃないの?親方がぶち壊しちゃダメじゃん」
「その通りだよ!このバカ刀がアホなことしでかす前はすべてがきちんと滞りなく進んでいたんだ。ぶち壊す云々ならむしろ御神刀が儀式中自由気ままにふらふら飛んだ時点でおしまいだよもう。あんだけおとなしくしとけっつったのによ!」
「そうは言ってもね、あの雅楽結構長く続きそうだったし、折角の素晴らしい音楽が一本の龍笛のわずかな狂いで台無しになるの嫌だったんだもん」
「それくらい耐えろ」
ぎゃんぎゃん言い争うわたしたちを、周りの人たちが少しずつドン引いていくのになかなか気が付けなくて、そして気づいたときにはやっぱりもう遅かったんだねー。