上っ方の本音ダダ漏れトーク
某村落と同様に、各地の神社の元締め組織もまたぴんぴんに張りつめた空気と、あわただしく作業する神人と、その件を担当する高位の神官が修羅場状態にあった。清浄を貴ぶ神道の理念からすると「浄化班全力稼働!」な状態である。
まだ若く、端正な細面の神職は眉間にしわ。明らかに現状を歓迎していない様子である。
「よりによっておれが担当の時に出るか普通?神刀とか」
傍らで書類作業をしていた補佐役らしき神職が、またですかその愚痴?といいたげにちらりと目線を向ける。
「アトメ三位、口より手を動かしましょう」
黙々と書式を整える有能そうな補佐は、こちらも外見は柔和な美形。しかし優雅な曲線を描く唇からは辛辣な言葉が紡がれる。
各地の神社の元締めである神社本庁。ここに勤める神職はほぼ全員が宮司職であるがゆえに、いちいちどこそこ神社の宮司と呼び合う鬱陶しさをさっくり切り捨て、おもに名のあとに位階をつけて呼ぶ習わしである。
仏頂面の神職は三位、辛辣な補佐官は五位である。位階というだけに、位だけではなく階というものも存在し、上から浄階、明階、正階と続く。話す相手と階が違えば、位だけではなく階も付け加えることがある。この場合ふたりとも明階にあるので明三位、明五位となるが、同格の階であれば略す。というか基本的に下位が上位を呼ぶときにまれにつける程度の感覚だ。
「ヤシホの説教も聞き飽きた」
かように、アトメのような大雑把な性格だと位階も略してしまう。
「神刀なんぞここ数十年出たことはないってのに。そもそもあんな僻地に名のある刀匠いたか?」
「いいえ、地元ではある程度の腕前として通ってはいると聞いていますが、名刀レベルを打つ刀匠ではないようですね」
「もうガセでいいだろっていうかここまで情報上がってこなかったことにして闇に葬っていいだろ」
「浄く明き道を掲げておいてそれは通りませんね」
「くそう…建前め」
「純粋な白と黒は存在しませんけど、白を志向する概念が基本原理ですから」
「ならおれは真っ黒最高教とかに鞍替えしてもいい」
「白を黒に置き換えたところでやることは変わらないですよ」
「分かった虚心坦懐にありのままの心の内を話そう。往路だけで一月かかる僻地にがっちがちの正装で出向くなんてありえない。しかも滞在とかやってらんない。見分の儀だけで済めばまだしも、本気で奉納の儀まで執り行うとしたらそこで確実に一月拘束。おうちに帰るんだもんとか言い出しそう。言ったうえでやっぱおうち遠いからもう帰るの嫌ってなる絶対」
「断言しますが、そんな状態のあなたに付き添うわたしの方がワンランク上の苦行です」
「お互い利害が一致するならここはひとつ、やーめたってことにしない?」
「あなたが今すぐ「僕の、私の考えた理想のアトメ三位」になれば問題解決です」
「それ新手の中二病?それとも現実逃避?」
「実力行使もやぶさかではありません」
「すみませんでした」
そして無言の作業再開。だが静寂は仕事量の増大とともに膨れ上がるアトメの臨界までしか続かない。そしてヤシホの毒舌が冷却水の役割を果たすというサイクルがひたすら繰り返される。
一振りの御神刀のあずかり知らぬところでもさまざまなドラマが紡がれていた。