死と再生はエステ気分
閉じたまぶたを開く前に、「あ、これ…死んだかな?」と思った。
迫りくるトラック。目の前で飴細工のようにくしゃりとひしゃげるガードレール。
一瞬の衝撃、それから…静寂。
一番新しい記憶がそんなんだったら。まあ死んだ?って思うよね。
そして閉ざしていた瞼を開くと。
あたりは漆黒の闇。
…意識あるけど、やっぱこれ起きてほしくない現実が現実になっちゃった系の…夢オチ希望系の…つまり身もふたもなく言えば詰み。短い人生でしたが、なんか終わっちゃいました。とか明るく言えたらいいんだけどな。でもな、どう考えてもあの時点で、わたし普通に歩道を歩いてただけなのに、突然トラックが突っ込んできて…。事故?
あの先の記憶がないけれど、ちょっと想像してみると大変グロい光景が見えてきそうな気がして追及をやめた。
体の自由がきかない暗闇。
その黒が、なによりも雄弁に「はーいここまでーおしまいーおつかれさんっしたー」と物語っているような気がする。
その闇に、あかい光が差した。
わたしの周りの暗闇が、次第に温度を上げながら赤く染まっていく。パチ…パチっと、聞き覚えのある音が聞こえる。
いつしかわたしの周囲は灼熱の赤に包まれていた。
わたしはキリスト教徒ではないけれど、煉獄ってのはこんな感じなのかもしれない。
死後の世界実体験中なう~。
とかいう元気はないよ。
熱はわたしという一個の意識を持つ塊にも伝わってくる。…けど、なんだろう。赤々と燃えさかる中にいて、わたしが感じたのは「…なんか、ぬるい?」的な。いやいや、火って普通もっと熱いんじゃね?って思ってたんだけど。
だけど、視界を埋め尽くす赤はやがて少しずつ白色を帯びてゆく。色が変化するにつれて少しずつ熱さが増してゆく。
そして、白光に包まれて気持ちよく目を閉じていたので気が付かなかった。
ガツっ…。
なんかからだをわしづかみにされて、脳天にハンマーを叩きこまれたような、そんな衝撃を感じた。
こわごわと目を開けると、ぼんやりと炎に照らされた半裸の男が二人、わたしに黒い棒のようなものを振り下ろしている。
は?どんな地獄?
しかし不思議なことに、その衝撃は痛みを伴うものではなかった。逆にむしろ心地よい。っていうわたしは別にマゾとかではなく、目に映る光景こそボコられている感じだが、実質腕の良い指圧を受けてるみたいな。叩かれるたびに純粋になっていくような。
わたしは再び白光に包まれる。いい感じだ、リラックスした筋肉がサウナでゆったりとほぐされていくような…。そんな心地よい熱。
幾度それらを繰り返しただろか。
唐突にわたしは水の中に突っ込まれた。
「きゃっ」
女の子らしい悲鳴を上げられた自分をほめてあげたい。それくらいびっくりした。いきなり体の表面で小爆発が起こって、それと同時に最後までわたしの中に凝っていた澱が雲散霧消する。
いま、心持はとても明瞭で、澄んでいる。
そう、生まれ変わったような感じ…。
あれ?
リインカーネーション的な思想はさておき、死を意識してからの一連の流れはなんだかとってもおなじみの感覚と似ている。
ラノベでいうところの…転生。
まさかね…と思ったんだけどね。水から引き上げられると、目に感嘆の色を湛えた男性が涙を浮かべんばかりにわたしを見つめている。
「う…美しい」
たとえ好みじゃないガチムチにでも、そんなこと言われればそれなりに気分はいい。
ふふっ…と目を伏せてまんざらではないが恥じらっている風情でさりげなく全身チェック入ります。
?
白くて…光ってて、細くて長くて、なんだろうこれ…アレに似てる。
わたしの体を無遠慮につかんでいるのは黒いやっとこ。そしてわたしの体は…。あ、うん。なんか日本刀の?刀身?
ええー、生まれ変わるんだったらふつう人間じゃない?そりゃさ、モンスターに転生したりするパターンは確かになくはなかったけど。
ええー、ないでしょこれー。
気が付いたら刀剣に転生してました。