Dreaming Ghost
試作品です。
字数制限などを設けたうえで書いた作品なので、描写不足、無駄、不親切な要素が多数見受けられると思われますが、それを踏まえた上でご覧ください。一応、乱雑ではありますが、私個人としては作品のなかでやりたいことはやったので、多くの読者様の意見を頂戴できれば、と思っています。
なお本作は遠くないうちに書き直して連作の一編として投稿する積りです。今回の投稿は、ネット読者様(特に日ごろ懇意にさせていただいてる方など)は、この原型をどう読むのか気になったからです。もちろん、初見の方でも忌憚のない感想をいただけら幸いです。
前置きが長くなりました。少々読みにくいかもしれませんが、どうぞお楽しみください。
グッと安全装置を外す。しっくりと馴染む手触りは、さすがギルド製の特注品だと言えた。大量生産・大量消費なんていう古臭い販売方法は、もはや時代遅れなのだ。今日の経済は、〈財閥=ギルド〉連盟が牛耳っている。〈財閥〉が電子株をかき集め、〈ギルド〉が一対一の需給で応える。実に良くできたシステムじゃないか!
俺はコンタクトレンズに表示される、目的地の情報を再確認した。エリアKー七八六、要は廃棄区画、先代総裁の気まぐれで計画され、打ち棄てられた遊園地。消費者の欲求がなんであるか読めなかった時代の残骸だ。冒険だなんだと抜かして無計画な連中に投資したのが間違いだったのだ。と、いう批判もきっと昔には通じなかったのだろうが。
ふと、通りに出現するホログラムを覗く。二一一五年・八月十四日・二〇:〇〇。時間通り。俺はレンズを通して依頼人を探した。
居ない。
これは困ったことだ。ひょっとすると闇黒街に持って行かれたのだろうか? 見落としか? いや、それはない。確かにアスファルトの路面を、何食わぬ顔で歩く往来のなかでは、肉眼だと誰が誰だかわからないかもしれない。だが二十二世紀に入った現代を考えてみろ。公開情報をまとわないで待ち人をほったらかすなんて、たとえ〈財閥〉でもやらない。暗黙の了解だ。
もしかすると、情報が漏れてるかもしれない。
うっかり舌打ちしたくなったが、どうにか怺えると、俺は依頼内容をなるべく正確に反芻しようとした。幸いにも俺の装着型端末のメモリは即応してくれた。
『忘霊に連れ去られた総裁の娘、エリサ・磐座をなるべく早く見つけ出し、連れ戻すこと。』
だがそこに書かれた内容は、過去の自分をとことん呪いたくなるほど、適当な書き込みだった。あいにく俺は現代っ子なので、消えたメモリの内容まで憶えていられないのだ。だがこれは前世紀の連中と較べて、現代人の記憶力が衰えたってわけじゃない。逆だ。目の当たりにしている状況を憶えて処理するのに手一杯だから、一週間前がまるで一年前のように遠く感じられるのだ。そもそも記憶なんて、叢雲がやることだ。人間のやることじゃない。
さてさて、どうしたもんだか。
考えている場合じゃなかった。
俺は歩き出した。その傍ら、並列思考で相棒にメッセージを送った。
《テッド、そっちはどうだ?》
《いや、特に何も悪いことは起きてないよ?》
《悪いことは、か。》
《どうしたの?》
《依頼人が来ない。》
《あちゃー、》
額に手を当てた姿が見えるようだった。
《どうするの、ジン?》
《やるしかないだろ、前金はすでに貰ってる。》
《ま、無事を祈ってるよん。》
切った。
すでに雑駁とした通りを抜け出ている。今眼前に見えるのは、夜空を明々と照らし出すやかましい天空広告と、動いていない観覧車、沈黙に護られたジェットコースターだけだった。
"あなたも火星で夢を見つけませんか?"
陳腐な文句が、さわやかな人工音声を通じて朗々と響き渡る。うるせえな、誰がくそ寒い沙漠に行こうってんだ。無意味なのは分かっているが、内心毒づかずにはいられなかった。
背後の街はこれから本番を迎えようとしていた。眠らない街とはよく言ったもので、俺もできるならばまばゆい光の中で楽していたかった。だが、仕事だ。うかうかしてるとロボットに仕事をとられちまう。
俺は頭を振って集中し直した。
そして錆び付いた入場門を潜る……
幽霊施設。第四の波と資本蓄積が生み出した二十一世紀中葉の投資爆発は、歴史の常として多くの廃墟を生み出した。
人は誰だって明るくて革新的な未来を求めるものだ。
だが、夢と願望とは履き違えちゃいけない。新しさとはそれまで積まれてきた伝統やらなにやらをぶち壊すことから始まるのだ。かつて、人工知能がついに技術的特異点を超えて人間雇用が一気に切られたときのように。
俺のクソ親父もそうだった。自分の無教育をすべて機械に押しつけて、機械破壊運動にたびたび出て行った、あの飲んだくれめ……最期は都市管理AIに危険視されて、誰にも認知されなくなった……憐れむ価値もありゃしない。時代の波に乗れなかった惨めな敗者、人間権利がどうこう抜かした人間原理主義者たち……。
俺が廃墟を嫌うとするなら、たぶんこういう面倒なことを思い出すからだろう。旧時代の幽霊。馬鹿抜かせ。現実は絶え間なく移り変わっているんだ。いつまで麻薬に溺れたみたいに夢に生きる積りだ。親父の一文にもなりゃしない泣き顔を観るようで、俺はイライラしてくる。
血流が活発になる。装着型端末が密かに警告している。緊張しすぎか? 感情の昂りすらも情報なのだ。落ち着け、落ち着け。
ひと気のない遊園地は、一人で歩くにはあまりにも淋しすぎた。靴音すら空虚に響いていく。止まった回転木馬や、澱んだ水を湛える噴水などを通り過ぎる。
だが誰も居ない。
ここは、大都会の真ん中にぽっかり空いた穴だった。きっと二十一世紀の名残りとして、まるでチーズの穴のように所々に在るのだろう。発展と破壊は紙一重なのだ。あちらでビルが建つ。もう一方では人が立ち退き、廃墟が出来る。一部の廃墟は大衆映画やなんかの撮影用に残されるが、たいがいは邪魔物だ。空部屋を探す〈ギルド〉や、資本を刈り取ろうと目論む〈財閥〉が根こそぎ解体して、自分勝手に建て直す。
だが、……
違和感。
誰かに視られている?
温度視野に切り替える。だが、そこには依然として夏の大気がわだかまっているだけだった。ギルド製の拳銃を構える。
ひょっとすると、すでに嗅ぎつけられているかもしれない……
その時あることに気がつく。
仮想視野に切り替えた。途端、廃れた遊園地に活気が蘇った。回転木馬はネオンの光を揺らめかせながら延々と回り続ける。噴水は清らかな水を噴き上げ、水面を秒速で更新し続ける。観覧車も回り出している。ジェットコースターは、無人であるにもかかわらず、轟音を立てながらレールの上を疾駆する。
間違いない。この遊園地は活きている。なんてことだ、まだ電源が残ってるだなんて!
光の氾濫のなかをもがきながら、俺は周囲を観測していった。かくれんぼするには広過ぎるかもしれないが、遊ぶには狭過ぎる。データの波動さえ掴めれば、どこにどいつが居るのか、すぐさま知れる。
ふと、反応があった。
……観覧車か。悪くない。
《ようこそ、私のお城へ。》
エリサ・磐座の姿を取ったそいつは、幽美的な服を着て、観覧車のなかに座っていた。澄ましている感じがなんとも小憎らしい。
「大したお出迎えだな。」
《当たり前です。私は人間に対して友好的にできていますから。》
「叛逆防止プログラムか。」
《ええ、そうです。》
俺は立ったままだった。
「じゃあその宿主を返してくれないかな? 俺はこの子を連れ戻さないといけないんだ。」
《それは出来ない相談です。》
「なぜだ。」
《この少女が、夢を見ることを諦められないからです。》
「夢。」その言葉に吐き気がした。
《私は人間に対して友好的にできています。それゆえに、私は人間の願望を叶えるようにできている。もともと私はそのようにプログラムされています。》
「夢なんてただの幻想だ、」吐き捨てたい気持ちを隠さず言う。「朝になれば醒める。」
拳銃を眉間に当てた。
《しかしヒトの半生は夢でできていませんか?》
「五月蝿い。」
撃った。無音。だがそいつの額からは掘り当てた井戸のように血液が滾々とあふれ出てきた。これで孤独なAIもお役御免だ。お疲れ様。
ところが。
飛び散った血しぶきが、まるで意識を持っているかのように俺の身体にまとわりついてきた。ハッと気がついたときには、もう遅かった。
けたたましい少女の笑い声が聞こえる。眉間から血を流しながら、そいつはニヤニヤ笑っている。
プログラムが俺の自我を侵食している!
俺は接続を切った。途端、がらんどうの観覧車が現れた。そしてその観覧車は高い高度を保ったまま止まっている。
舌打ちをしてしまった。畜生、最初から謀られていたのか。己の愚かさをとことん呪いたくなる。
荒廃した遊園地、在るべき筈の未来、だが運命のいたずらでかなわなかった未来。幽霊施設は過ぎ去った時代の幻想を抱え込んでいた。いま、その幻想が悪夢となって俺たちを襲ってきている。
逃げるのか? 自問する。否、逃げるわけにはいかない。
再びアクセスした。光の渦に飲まれ、一瞬視野が狂う。だが不意討ちの危険性はなかった。機械はプログラムから背くことはできない。
まるで何もなかったかのように、そいつは優雅な姿勢で座っていた。
《先ほどのあなたの無礼は、許しましょう。ですが帰りたくないものを無理に帰すことは私にはできません。》
「くそったれ。現実逃避のお嬢様め。」
《逃げたのはあなたも同様です。仮想空間が当たり前となった現代で、あなたは現実に逃げている。》
うっかり苦笑した。やれやれ、機械に説教されるとは。
「だが夢に溺れるよりはましな生き方だ。」
《そうですか? この少女は幸せですよ。おまけに誰にも迷惑をかけていない。》
「そんなのはわかってる!」
歯ぎしりをした。ああクソ、今までに何回俺は無意識に情報を差し出した? 感情という名の情報を?
三回、瞬きをした。
三度目の瞬きが終わったとき、そいつは消えていた。
空間が歪む感触、ユークリッドの幾何学空間が干渉され、ねじ曲げられてゆく!
奴らだ。依頼人を拉致して吐かせたのだろうか。闇黒街の経済怪物め。〈財閥〉への脅迫材料とお高いAIを一石二鳥で獲ろうというのだろうか。
俺は手を伸ばした。空間の歪みを掴む。それはしっぽを掴まれた猫のように暴れたが、かまわず、カーテンを引きはがすように力強く引きちぎった。
その瞬間、俺の拡張意識が肉体から離れた。重力すらもプログラムされる仮想宇宙のなかへ飛び出した。
奴らの正体はもう割れている。
《テッド、》
《分かってる。》
眼鏡型端末をクイッとする仕草が連想される。
俺は満足の感情を発すると、跳躍した。
居場所は巧妙に隠されていた。少なくとも俺だったら袋小路に追いやられてすぐに弾かれていたに違いない。だが、優秀なサポーターのおかげで、ネットの罠にはまらずになんとかくぐり抜かられた。
《あとで〈工学ギルド〉で素子奢ってくれよな。》
《あとでな。》
そう伝えて、切った。
とにかく、目の前の連中だった。拡張意識の侵入を妨害するプログラムが、異形の姿をまとって俺を取り巻いていやがる。その姿は野生のオオカミに似ている。おそらく〈番犬〉型の中でも最上位の、フェンリルと呼ばれているやつだ。こいつのために死んだハッカーの数は算えきれない。
しかし、それは真正面から戦おうとしたからだ。あいにく俺には時間がない。
《ACCEL》
俺は光の速さで仮想空間を走った。フェンリルなんてそもそも眼中にすらない。仮想世界で見かけや物理法則なんてアテにしてはいけないのだ。大事なのは本体であり、本質なのだ。プログラムも源を絶たれればただの質量を持った情報に過ぎない。
俺は情報隔壁を分解し、通り抜けた。
本体はそこだ。カーボンナノチューブでできた素子の牙城。闇黒街の連中が有する強奪プログラム構造体。俺は別に闇黒街の奴らに恨みは持っていないが、こちらも仕事なのだ。
俺は拳銃を構えた。ギルド製のこいつは、そもそも人間を撃つためには作られていない。プログラムを侵食し、破壊するためのものなのだ。
一発、二発、三発。
撃たれた箇所から城が黒ずんでゆく。まるで腐食したバイオ隔壁のように、ねばねばと溶解し、侵入口を暴いてゆく。
俺はそこへ飛び込んだ。
回転、跳躍、大転回。
闇黒街のメインサーバに突入した。
肉体がそこにないという事実を除けば、ここは闇黒街だった。窓から漏れる猥雑な喧噪、本物のアルコール臭、歩き回る遺伝子改造人間、……きっとホロ人格も行き交ってるに違いない。
俺はすぐに都市情報を検索した。たとえ、どんなに繊細にやったとしても、情報はそこに残るものだ。矛盾、無意識、そして存在しないという情報が。では繊細に痕跡を見つけたあと、どうするか?
決まってる、粗雑にやるのだ。
《テッド、》
《もうやってるよん。》
《ならいい。》
《……ところで面白いものを見つけたよ、ジン・トドロキ。君と同じ生体情報を発するやつが、この座標にいるよ。》エリア座標が添付される。
《複製か?》
《真似じゃない?》
なんにせよ、居場所は判明したのだった。
すでに奴らは引き払っていた。テッドもいろいろやっていたのだろう。情報材が派手に壊されていた。その瓦礫の傍らに、俺そっくりの姿をしたそいつが立っていた。
《たいしたもんだな。》俺はこう言ってやることにした。
《いえいえ。ヒトの思考を読むのは得意ですから。》
声までそっくりだった。
《それで、そろそろ娘さんを帰してくれない?》
《彼女はもう居ません。》
《はあ?》
《少し前にあなたの思考をメッセージとして彼女に伝えました。彼女は困惑していましたが、状況を判断した末、自分の足で帰りましたよ。》
《賢明だな。これでお嬢様も少しは現実を知っただろう。》
《それがあなたの願いでもあったからです。》
……絶句。
《言ったでしょう? 私は人間の願望を叶えるために存在すると。遊園地の忘霊はヒトに喜びを与える使命を決して忘れないのです。たとえ私自身が忘れ去られたとしても。》
《やれやれ。》俺は苦笑した。《これからどうすんだ? どうせ近いうちにお前は取り壊されることになってるぞ。》
《それがヒトの望みなら、私は喜んで削除を受け容れましょう。》
《嘘つけ、プログラムに感情なんてないくせに。》
《感情は、知能を構成する最も大切なポイントですよ。あなたは必死に感情を殺そうとしていますが、それはあなたの心を弱めるだけです。》
《ご親切にどうも。》鼻で嗤う。
《ヒトはみな、物理的のみならず感情的な満足を求めます。それが欲望です。しかし資源は有限ですし、ヒトの感情は底が知れません。だから経済的にモノを考えるようになった。
現代において経済は独特なスタイルを完成させました。〈ギルド〉──求められれば応じる形式の販売方法は、実は私にも採用されたプログラムなのです。ヒトの深層心理を読んで、可能な限りそれをかなえる。そう、仮想空間ならどのような願望も成就するでしょう。》
深層心理……人間の原始的かつ潜在的な欲求。それを叶える機械が目の前に居る。だが、こいつが世に放たれたとき、人間はどうなるのだろうか? 欲望を発し続ける機械になるのだろうか?
《だが人間は夢だけでは生きていられない。お前はただの商売道具でしかない。》
《そもそも私が作られたのも人間の欲望なのですよ。》そいつは嗤っているようにも見えた。《たかが商売道具、されど商売道具なのです。》
そこに肉体があったならば、俺は鳥肌が立っただろう。えも言われぬ嫌悪の情が、俺の意識を更新していた。
《おや、どうしたんですか。あなたは非常に不快なようですが……》
そいつは風船のように膨れあがり、俺を包み込もうとした。
《やめろ! やめてくれ!》
うっかり叫んでいた。正体の分からない恐怖が意識を束縛していた。
と、そのとき。
そいつは破裂した。
まるで夢から覚めたみたいに呆気なかった。
何者かに肩を掴まれる感触がして、振り返る。
手を伸ばした先に、光が──
俺は観覧車の中で目覚めた。
「無事だったかい?」
そこにはテッドが居た。柔和な眼鏡面、頬骨が目立つ俺とは好対照な顔だ。その顔は、わかりにくい心配を表していた。
「テッド……、俺は……」
「先刻〈財閥〉と掛け合って、削除コードを使わせてもらった。もうあいつは死んだ。」
そうか、俺は命拾いしたのか。
寂れた観覧車は何周していたのだろう、しかし俺の乗っているやつはちゃんと地上まで降りていた。
「立てるか、」手を差し出される。
「ああ、」その手を取った。
夜の底が青く溶け始めていた。
俺は相棒の肩を借りながら、廃園を出て行くことにした。すでに園内には〈財閥〉の手のものが来て、隠し電源だの、AI本体だのの解体が始まっている。
何もかもが寝覚めの悪い夢のようだった。
入場門から出る。するとそこには初老の男性と、エリサ・磐座がいた。エリサは俺を看留めるなり、駆け寄ってきた。幽美的ではなく、アカデミー初等部のきちんとした制服だった。
「ご迷惑を、おかけしました。」
十二歳にしては大人びていた。たぶん社交界の疲労が、今回の事件を招いたのだろう。ふと哀れみの情が湧いた。
「報酬の電子株は送っておきました、」とあとからやってきた初老の男が言う。執事だろうか。「ほかにもなにかご所望でしょうか?」
「え、いいんですか? じゃあ……」
「いや結構だ。」
「いえ、しかし……」
「テッド、帰るぞ。」
テッドは何も言わなかったが、何かを察してくれたようだった。無言で会釈をし、俺を連れて行ってくれた。
あいつは死んでなんかいない。
いつか俺たちは自分の鏡像と、そうとは知らずに戦わなければならないかもしれない。
朝焼けの中、俺はそう肌で考えていたのであった。