プロローグ
その国は大陸の中原に位置していた。
何年もかけ、その国は巨大になっていった。
その国の王はずいぶんな野心家だった。
力を持っているのになぜ使わない?
彼の意志を反映するかのように国は少しづつ周りの国を飲み込んでいく。
そして、最後に強大な二国が激突した。
片方は己が野心のため……
片方は皆が平和な生活を守るために……
争いは十年以上続いた。
大陸でも巨大にはいる平原の大帝、そして海岸線沿いに広がる豊かな海洋国家。
どちらも大陸でも屈指の大国なのは間違えないが、それだけ争えば疲弊するのは当たり前だった。
だが、それでも王は諦めない。
その状況を楽しみながら……そして、死なば諸共、その覚悟が王にはあった。
もっとも、長く続く争いにさらされている国民はそうではない。
酷くなる一方の生活は守るべき存在である善良なる民を追い込んでいった。
しかし、運命のいたずらか、はたまた必然か、王は突然死んだ。
様々な憶測が飛び交ったが死因は、病によるものだったという。
拍子抜けとはこのことだ。
だが、それでも戦争は終わらなかった。
落とし前がつけられないのだ、ここまで長くやってきているのだ。
おいそれと終わらせることはできなかった。
そんな中、最終決戦、文字通り死力を尽くす最後の一戦が囁き出された。
そのときだった、死した王に取って代わった若き王が言ったのだ
これ以上の大きな戦いは無意味と……
では?
ではどうやって終わらせる?
王が出した答えは、決闘だった。
その結果、二人の若き将軍がたち上がった。
どちらも戦時中に将軍となった若者だった。
戦争の中を育ち、そして現実を見てきた者達。
その不毛なことは重々痛感していた。
だからこそ、彼等も戦いを終わらせたかった。
だからこそ、二人は互いに刃を向けあった。
二人はそれまでに幾度となく刃を合わせた仲だった。
お互いに決着がついていない存在は一人だけ。
全ての精算をそこでするつもりでいた。
それは今でも語りぐさだ。
彼らの決闘。
古代国家が使っていた都市跡……
その中心にある崩れかかったコロシアムで二人は戦った。
両国の首脳すらも、その場には現れていた。
全てが決する世紀の戦いとなった。
全神経が……
その場にいた全ての者達が二人の男女に全てを注いでいる。
どこか、不思議な緊張感が張り巡らせていたという。
その中でも、二人は笑みを絶やさなかったという。
戦いは三日三晩続いた。
寝ることもなく、動き続けた。
そして、決着はついた。
その半年後、二国は存在していなかった。
代わりに新国家、トルストリア共和国が誕生していた。
様々な思いが錯綜するなか、時代は新たなステージへと上がっていった。
・
季節の変わり目とあって、吹き抜ける風がだんだんと冷たくなっていった。
国の中心にそびえ立つ、白い城の一角。
三つある内、端にある塔の上層、その中で一つだけ窓が開いていた。
双眼鏡であれば、人々は戦々恐々とするだろう。
落ちれば命がないであろう高さにある窓から彼は足を投げ出していた。
風を感じつつ、そして見下ろすかのように一望出来る活気づく街並みを眺めていた。
その先には海が広がり、夕暮れになりつつあるというのに船が白い尾を引きながら漂っていた。
彼の背後には書類に埋もれるマホガニーのデスクがある。
重厚感漂うそれは、その威光を示すことは出来なていなかった。
ただ、それは彼が決して無能だからそうだというわけではない。
やるべき事が多すぎるのだ。
なぜなら、それは元来二人ですべき分量なのだ。
それを彼は何年も何年も一人で抱え込んでやっている。
そう、文句一つも言わずに……
彼の近くに立つ副官は、その姿を見続けてきていた。
そして、年々まだ若いはずなのに、彼が老け込んできているのではないかと不安にも駆られていた。
彼はそうやって、街を……いや国を眺めていることが多かった。
要職に就き、そして慣れないはずの激務に身をさらされるようになって9年……いや、正確には8年だろう。
それまではつらつとし、明るかった彼の印象は変わった。
風格がやっと身についてきたと、言う人々もいるが、彼女は違った。
責任感から変わったのは分かるが、それだけのために、雰囲気ががらりと変わるわけがない。
時より、そうやって執務の合間に休憩と称して外を眺めるのが日課ともなっていた。
そんなときだった。
ノックがして、彼女は一瞬躊躇した。
「どうぞ」
彼が先に返事をした。
重厚感ある扉が開き、灰髪に深い彫りが刻まれた壮年の男性が入ってきた。
「んん? また眺めているのか? デリファス将軍」
ため息交じりの声を背中に受け彼、デリファスはゆっくりと体を回転させて向き直った。
「何の用でしょうか。ラサルド将軍」
落ち着いた雰囲気に短く切りそろえられた黒髪。
端正な顔つきは、どこか人を惹き付ける魅力があった。
そして何よりも、強固な肉体を持っていた。
肩幅は広く、そして大きい。
服の上からも厚みのある立派な胸板が分かる。
「相変わらずの様子でなによりだが……」
ラサルドはずかずかと中へ足を踏み入れ、手前にあるソファに腰を落とした。
それを見て、デリファスもまた窓枠からゆっくりと離れた。
「貴方様が直々にこちらにお見えとは、珍しいですね」
「……ふん」
ラサルドは少々不機嫌そうに鼻を鳴らした。
ただでさえ、彼が来ると言うことは本当に希有なことなのだ。
だからこそ、何かがあるに決まっている。
「最近、不穏分子の活動が活発になっているらしい。これがどういうことなのか、お前は把握しているか?」
「……国家転覆ですか」
「そうだ。もっとも、その不穏分子とて勢力は二つあるのが現状だがな」
「それで、最近活発になっているのは、どちらなんですか」
「決まっている。旧サーガルス国だ」
ギョロリと視線をデリファスへと送った。
それを見留めて、やれやれと彼は深々とため息をついた。
「頭の痛い話ですよ」
「そうかね? だが、この辺りの勢力が続くというのは誰かが手引きしているからだと、私は常々思っているのだ」
「手引きですか、この城に内通者がいると?」
「城かどうかなどわからぬさ。だが、力のある者には違いないだろう。なぁ、旧サーガルス国将軍デリファス」
それを聞き、うんざりというように彼は天を仰いだ。
「そのような愚痴を言うために来たというのですか?」
言いはしないが、顔には暇ですなぁと皮肉たっぷりに笑っている。
「私とて、それほど暇なわけではない。ただ、この動き、貴様はどう見るかと思ってな」
「そうですね。内部犯もいるかもしれませんが、基本的には外部でしょう。私達は過去に様々な過ちを犯した上に立っています。その中のほころびが、彼らに力を与えているのかもしれないですね」
「私達か……ふん、やっかいな話だ。元はと言えば……まぁいい。その時は貴様とて、民間人だったというのだからな」
ラサルドは吐き捨てるように言い出て行ってしまった。
「やれやれ……やっかいなじいさまだ」
頭を書きため息をつく、その姿はどこか少年を思わせる。
「どうなさるおつもりですか?」
「どうもこうもないさ、スレッタ。当面は様子見だ。だが、軍暗部の大半を取り仕切っているラサルドのじいさまが言うんだ。なにかきな臭い事が起きている」
「そうでありましょう」
「なら、お前の仕事もわかっているな?」
「分かりました。すぐに手配を致します」
「穏便に頼む。俺はこの平穏な時を……」
彼はデスクの前に戻り、そして執務に没頭していった。
昔のように自由の時間などありはしないのだ。