サクラサク
こういう場合、人よりも少しだけ勘の鋭い自分を嘆くべきだろうか。
それとも、隠し事という言葉に無縁で考えている事がダイレクトに伝わってくる彼女の性格に恨み言の1つでも言うべきか。
昼休み、騒がしい教室の窓際後ろから2番目の自分の席に腰掛けた私は、右隣の席に座るクラスメイトの横顔をじっくりと眺め、抑えきれなかったため息をつきながら短めの黒髪を乱暴にガシガシとかいた。
この唯一の隣人の名前は、桜。
小学生からの腐れ縁で、付き合いの長さだけならもう10年を超え、高校2年生になった今、付き合いのある友人の中では一番長い時間を共有してるんじゃないだろうか。
ずっと同じクラスだったわけではないから、関わりの薄かった時期もあったのだが、去年同じ高校の同じクラスになって以来、彼女とは過去のどの時期よりも親しい間柄になっていた。
おかげさまで、彼女の日々の落ち着きない様子を見ていれば、ただでさえわかりやすい彼女の思考をほぼ正確に、しかも他人よりもかなり早い段階で把握できるという特殊スキルを身につけてしまった。
私ってすごい。
だが、今私がこんなにも悩まされているのは、そんなスキルのせいだったりする。
私がもっと鈍くて空気なんて全然読めない人間で、なおかつ彼女が何を考えているのかさっぱりわからないような不思議ちゃんなら、彼女が誰かに想いを寄せている事にも気づかずに済んだものを。
なんで、自分の片思いの相手が恋愛モードに突入した事を真っ先に感づかねばならんのか。
頼むからもっとコッソリ恋に落ちてくれと願ったのは、今度で一体何度目だろう。
「ねえ、さくらぁ〜」
「え、何?」
ぼんやりと遠い目をしていた桜が、私の声に少しだけ驚いたような様子でこちらに顔を向けた。
どうやら、現実世界に戻ってきたらしい。
「アンタさ、また好きな人出来たでしょ」
「――えっ!?」
とたんに顔を赤く染めて慌てだす彼女の反応に、やっぱりなーと、自分の勘の鋭さに脳内で思わず拍手喝采。
私だって、彼女の好きな人なんぞ知ったところでどうしようというわけではないのだけれど、気付いてしまったからには詳しく知りたいという欲が疼くのだ。
何より、全く何も知らないよりは、知らされている方が安心出来る。
「隠しなさんな。アンタの顔見てりゃ、すぐわかんだから」
「も〜、いっちゃんにはなんで、いっつもすぐバレるかなぁ?」
「そりゃ、長い付き合いだしね。で?今度はどこの誰よ?」
「えっ、あ、その〜………ナイショ!」
あっそ、やっぱりね。
これもいつもの事だ。
この子ときたら、好きな人が出来ても毎回自分からその名前をなかなか言おうとしない。
こんなにわかりやすい反応してて、考えてる事が丸わかりだというのに、なんで今更隠そうとするかな。どうせ、今までだってすぐバレたのに。最長で2日だっけ?
この面倒な性格のせいで、桜に好きな人が出来た時はいつだって私が彼女の好きな人を当てるクイズ大会から始まる。
ああ、めんどくさい!毎回、微妙に違う聞き出し方とか考えなきゃいけないのも、結構大変なんだよ。
「……まあ、うちのクラスってのはわかってるんだけど」
「えっ、なんでわかったの!?」
うわ、チョロっ!チョロすぎる!
17にもなってこんな簡単な誘導尋問に引っかかるのなんて、桜くらいなもんだよっ!!
「さあね。あとは、今までの桜の好みから推測すると黒髪短髪でしょ?」
「……黙秘権を行使します」
「無理に難しい単語使わなくていいから。
身長は?……まあ、アンタより低い男子は、うちのクラスどころか学校中探してもいないと思うけど」
桜は小さい。
どれくらい小さいかといえば、確か前回の身体測定では身長146cmだったはずだ。
私も身長は154cmだからどちらかといえば小柄なんだけど、それでも彼女と比べれば人並みといえるだろう。
どんぐりの背比べという言葉は断じて聞かない。
「……人間の価値は、身長じゃ決まりません」
「ああ、じゃあ小柄なんだ?」
「……」
「チビ確定、と」
「チビじゃないもん!平均よりは低いけど、チビじゃないもん!!」
……桜さん。世間では、そういうのをチビって呼ぶんです。
なんて言ったら、拗ねてこれ以上話してくれなくなりそうだな。本当に面倒なやつめ。
「はいはい、悪かったって。で、成績は?」
今までの桜の好みを考慮すると、彼女は知的なタイプがお好みらしく、わりと成績優秀者ばかりを好きになっている。
好みのタイプが一貫しているのも彼女の好きな相手を見つけやすかった理由の1つで、前に好きだったのは医学部に合格した先輩だったし、その前は数学教師だった。
ちなみに、どちらも告白出来ずにその恋は終わりを迎えた。先輩は卒業、先生は学生時代からの彼女と結婚したそうだ。
毎回毎回、似たようなタイプを好きになっては一方的に想いを寄せて、告白しないうちにジ・エンド。涙目になりながら私のところに失恋報告にくる。
そんな恋を何度も続けて、よくもまあ、すぐに次の好きな人が見つけられるものだと桜のたくましさには感服せざるを得ない。
私も、彼女を見習って違う人を見つけた方がいいのだろうか。
「成績は……いいよ」
「ああ、やっぱりね。――私とどっちが良い?」
「えっ!?えーっと、わかんない…」
「ふーん」
自慢じゃないが、これでも成績は結構優秀な方だ。
うちの学校は、廊下に成績優秀者の張り出しなんかしない。
わかっているのは、自分の学年での各教科および総合の順位くらいなものだけど、幸い今回はそれだけで事足りる。
公には発表されなくても、成績上位者の情報は自然と広まるものだから。
中間・期末テストでの私の順位は、最高で4位、最悪でも10位だから、それと同等の成績で桜の言った条件に当てはまる人物はかなり限られてくるはずだ。
うちのクラスで、身長は低め。
黒髪短髪で、成績はおそらく10位以内には入ってる生徒。
うちのクラスは賢い女の子が多いから、最後の条件だけでも4人くらいに絞れる。
内田くんは、身長180cmくらいあるから違う。榊くんは茶髪だ。
奥村くんも、染めてるなー。
となると、残っているのは西岡くんだけど……確か、彼には既に彼女がいたはずだ。
……もしかして、桜はそれを知らない?
「あ、あのさ、多分、相手わかったと思うんだけどさー…」
「えっ、本当に!?これだけで!?」
これだけって……結構色々しゃべってくれましたよ、アナタ。
「う、うん、多分あってると思うんだけどね……やめた方がいいんじゃないかなー、なんて…」
さすがに人のものは、ね。
略奪愛なんて桜のキャラじゃないし、今後の高校生活に影響出そうだし。保護者として反対ですっ!
「あ…、やっぱり、そっかぁ……」
「え…?」
もしかして、彼女持ちってわかってて好きだった?だとしたら、悪い事を言った。
どんな相手でも、好きでいる事は自由なのに。
いつまでも桜への想いが断ち切れず、ズルズルと好きでい続けている私が偉そうに言える事じゃなかった。
「あの、ごめんね、桜。余計な事言っちゃって…」
「ううん、いっちゃんは悪くないよ。やっぱり、好きになっちゃダメだったんだよ…」
あー、うん。人のものは好きにならない方がいいとは思うよ、私も。
でも、恋愛感情なんてものは理屈で簡単に抑えきれるものじゃないから、仕方ないとも思うわけで…
どうにかして、桜を慰められればいいんだけど。
現国の成績は良いはずなのに、こんな時に限ってうまく言葉が出てこない。
「あっ、あの、無理に諦める必要はないよ!」
「うん……ありがと。でも、もういいんだ。気を遣わせてごめんね」
「ううんっ、全然!それにさ、いい人は他にもいっぱいいるじゃん!」
慌ててフォローしてみるけど、よく考えたらさっき言った事とまったく正反対になっちゃってるし、何言ってんだろうなぁ、私。
こんな時、何か気の利いた冗談の一つでも言えればいいんだけど。
今は桜の恋愛モード察知スキルよりも、そういうスキルが欲しいです。切実に!
「あっ、私なんてどう?
身長低めで黒髪短髪。成績も優秀で、条件ピッタリじゃない?――なーんちゃっ…」
「えっ、いいの!?」
「はっ?」
”なーんちゃって”と言って、自虐的な冗談を終わらせるはずだったのに、目を輝かせながら顔を上げた桜の反応に思考が止まった。
思わず口から飛び出た「はっ?」の言葉に、桜の顔も名前の通り桜色に染まっていく。
あの……つまり、あれですか?
桜の好きな『うちのクラスで、身長は平均以下で黒髪短髪。成績は私と同じくらい』な相手って、もしかして、もしかしたりします?
もうすぐ、春休み。
窓から見える校庭の桜は茶色い固い蕾で、咲くのはまだまだ先になりそうだけれど……
一足早く サクラサク。