呪文3 分身
いつも、一緒だった
いつも一緒に笑っていた
でも、それはもう昔の話
二度と戻ってこない、過去の話
闇と光 黒と白
二つの雫をかけた戦いが
今 始まろうとしている………
「やっと終わった……」
焔華は呟きながら教室から出る。
かつかつと、廊下に足音が響く。焔華の足は、図書室に向かっていた。もう一度、行ってみようと思ったのだ。別に、調べたい事とがあるわけではない。本当に、ただなんとなく、だ。
(分身……か)
『メールのことか?』
(うん。なんか、嫌な感じがするのよ………)
心の中で会話をしながら歩いていると、廊下の先に誰かがいるのが見えた。風音だ。
『アレは一体何をしているんだ?』
(んなこと、私が知るわけないでしょ。)
「宮園さん?」
焔華が声をかけると、風音は焔華の方を見た。
「あー。霧島さんー。あのー、お願いがあるんですけどー」
「なに?」
「教室まで、案内してもらえませんかー?」
「………はい?」
風音の言葉に絶句する焔華。風音はえへへと笑う。
「実はー、私方向音痴でー。教室までの道が分からないんですよー」
「まさか、あれからずっとここにいたの…………?」
「はいー」
焔華は、呆れてものが言えなかった。
「方向音痴なら、なんで先に帰ったの?」
「そのほうが早く教室につくと思ったんですー」
結果、よけいに時間がかかっているのだが。しかたなく焔華は、教室まで連れて行くことにした。
「昔、家の中で一週間迷子になったことがあるんですよー」
「はあ?」
風音は笑いながら言う。一週間も家の中で迷えるほど、彼女の家は広いのだろうか。いやそれよりも、家族は気付かなかったのだろうか。
(聞いてもいいかしら……)
『いいんじゃないか?』
二人が悩んでいるうちに、教室についた。
「鞄取って来ますー。それまでまっててくださいー」
強制である。焔華はため息をついた。
「顔に似合わず強制的ね……」
『だな』
「それにしても、お嬢様も大変ねえ。家で迷うなんて。そういえば、あの子は昔から……」
『!?』
二人の顔色が変わる。
「あれ……?私何いってんだろ。昔って、今日知り合ったばっかなのに………」
(なのに……。この感じは何?まるで、昔から知ってるような…)
風音が鞄をもって戻って来ても、焔華はしばらく立ったままだった。
今日は、風が強い。地華の髪も風のせいでぼさぼさだった。だが、本人は気にしていない。
「ふうん。焔華姉のほうが先に思い出すかも……。地華としては、氷華姉に思い出してほしいなあ」
地華の視線の先には、焔華と風音が一緒に帰っている姿があった。
「昔はすごかったけどねえ。今はどうかしら? まあ、今回の目的はそっちじゃないから別にいいけど。今回は、どんなのが出てくるのかしら?」
クスクスと、地華は笑う。そして腕をあげ、指をパチンとならした。
「さあて。お手並み拝見、かな」
「それでですねー、妹が……」
焔華は、うんざりしていた。さっきから、風音ばかりが話しているのだ。
(でも、話の中に彼女自身がなにかしたってのはないわね)
「そのときー」
『!? なんだ!?』
氷華の表情が変わる。焔華は氷華に問いかけた。
(氷華? どうしたの?)
『気をつけろ。結界がはられている』
「え!?」
「どうしたんですかー?」
不思議そうに言う風音。彼女に氷華の声は聞こえていないのだ。
「結界が……、はられてる」
「へ?」
次の瞬間だった。風音の後ろに人がいた。黒いフードつきのマントを着ているので、性別は分からない。手を横にして、まるで風音を切ろうとしているようだ。嫌な予感がした。
「危ない!」
とっさに焔華は風音を押した。相手の手は容赦なく振り下ろされる。手が、焔華の背中に当たった瞬間。
激痛が、走った。
「うわああああああああっ!!!」
「霧島さん!!」
風音が焔華にかけよる。倒れた焔華の背中を見て、絶句した。
背中は、ぱっくりと切れていたのだ。血が、すごい勢いで流れていく。
「なに、これ……。どうしたら……」
パニックになる風音。気配を感じてはっと後ろをむくと、さっきの人が、今度は風音に手を向けていた。ぎゅっと目をとじる風音。もうだめだ、と思ったその時だった。
――――――――――名前を……――――――――――
どこからか声がした。そして、風音の後ろにいた人のところだけ強い風がふいて、その人を吹き飛ばした。
「え……?」
訳がわからない風音の耳に、もう一度声が届いた。
――――――――――名前を、呼んで――――――――――
「な……まえ?」
震える声で風音が呟く。それと同時に、頭の中に浮かぶ言葉。知らないはずの、なのになぜか懐かしい言葉。風音が戸惑っていると、声が焦った様に叫んだ。
――――――――――早く!! あの人が起きる!!――――――――――
見ると、吹き飛ばされたはずの黒いフードの人がゆっくりと起き上がっていた。風音はそれを確認すると、目を閉じた。
(これは、一種のカケですねー。……成功することを、祈ります!!)
風音はすうっと息を吸い込むと、言った。
「我に仕えし風の精霊よ。アストラル界より我が下に降り立ちたまへ。契約の下、主人、風音が命じる。召喚に応じよ………」
――――――――――そう、私の名は………――――――――――
「シルフ!!」
次の瞬間、おこった突風。鋭い風に、風音は思わず目を閉じる。突風が収まったとき、風音の前に、ふわり、と女性がおりたった。足下まである長い髪。髪の色は白で、肌も透き通るような白だ。淡い青の、長袖のドレスを着ている。ドレスはいたってシンプルな形で、髪とともに風になびいていた。その女性は、風音の方をむくと言った。
「大丈夫ですか?主人」
鈴のように透き通る声だった。
「あ……なたは………? 誰?」
風音の問いに、女性はにっこり笑って言った。
「貴方の使い魔です」
「使い…魔?」
「はい。魔術師は、それぞれ使い魔をもちます。貴方の使い魔は私です」
「魔術師………?」
風音の様子に、女性は困惑したようだ。
「何も…わからないのですか?」
こくり、とうなずく風音。女性の後ろで、起き上がった黒いフードの人がゆらりと揺れる。
「よくも……」
「いいかげん、その黒いフード、とったらいかがです?」
女性はうっとおしそうに言う。声からして、黒いフードの人は女だろう。
「おまえ、使い魔か」
「主人」
女の質問には答えず、女性は風音に話しかける。
「そのかた……ご友人ですか?」
そのかた、というのは焔華のことだ。
「うん。どうしよう、病院に……」
「間に合いません。そのかたは死にます」
きっぱりと言った。風音の顔色が変わる。
「そんな!!」
「一つだけ、方法があります」
「え?」
「貴方が直すのです。風の力を使って。風を使うもので傷を癒せるのは、一握りの者だけ。貴方は使うことが出来ます」
「どうやって………?」
「貴方の中にある力。それは貴方にしか使えません。強く、願うのです。貴方は魔術師。貴方の中にある力と呪文を思い出して!!」
二人が話している間に、女はちゃんと動けるようになったらしい。すぐに襲いかかって来た。女性が、風で応戦する。
「私が? どうやれば……いいの?」
風音の中に、声が響く。女性の声だ。
<強く、願うのです。貴方の中にある力と呪文を思い出して……!!>
「いやです。霧島さんを、死なせるなんて」
いやいやながらも、焔華はメールのことを教えてくれた。教室まで案内してくれた。帰り、一緒に帰ろうと言ったら帰ってくれた。
「うれしかった…」
目に涙がにじむ。心の中で風音は叫ぶ。
死ナセタクナイ 死ンデホシクナイ
助ケタイ………!!
ドクン
心臓の音が大きく聞こえる。風音のなかに、風が吹くのを感じた。
頭の中に、浮かんでくる言葉。
風音は、目を開けると言った。
「我が身を守る風よ、我の声に答えよ。我に仇なす者により、傷ついたものを癒せ。傷ついた我が友に、癒しの風を!!」
風が、焔華の周りを包む。風音は続ける。
「我と、アストラル界より来たりし我が使い魔に力をかせ!! シルフの主人、風音が命じる!!」
突風が吹き、まださいていた桜の花びらが舞う。
これが、魔術師風音の覚醒だった。




