呪文1 メール
ジリリリリリリリ………
目覚まし時計が鳴る。少女は、目を開けると目覚まし時計を止める。
ベッドの上で上半身をおこし横のクローゼットに目をやる。
そこには真新しい制服が掛けられていた。プリーツスカートにブラウス。その上にベスト。そして青いリボン。今日は、高校の入学式だった。そこは有名な進学校で、お金持ちが通う学校だ。
「今日、か……」
少女がつぶやく。すると、どこからか声が聞こえて来た。
『お前にしてはめずらしいな焔華。なんだ? 新入生代表の挨拶のことで緊張したのか?』
焔華。そう呼ばれた彼女は、はあとため息をついた。
「ずいぶん遅いお目覚めね? 氷華」
焔華は一人暮らしだ。今日は友人が泊に来ている訳でもない。では、氷華と呼ばれた少女の声は、いったいどこから聞こえたかと言うと………。
焔華の、頭の中だった。
『私はいつもと同じ時間に起きたが? お前が早いのだろう?』
口数の減らない奴ね。焔華は心の中で氷華に言い返すと、制服に着替え始めた。
ああ。神がこの世にいるのならば聞きたい。なぜ私にこんな厄介ものを押しつけたのだろう。
二重人格なら、まだ許せる。いつか消えるかもしれないし………。
大体、有りえないのだ。一つの体に二つの魂が入っているなんて。
しかも焔華のなかにいる氷華は、昔の記憶を無くしているのだ。
自分が誰かは分かったが、あとのことはサッパリだった。
おまけに、無駄に魔術のことに詳しいし……。
焔華は、もう一度ため息をつくと、鏡台の前に座った。
背中まで伸びる長い髪をといていく。その髪色は、紺色だった。
黒に近い、闇の様な色。生まれつき、このいろだったのだ。
中学では、染めているのではと、疑われた。だが、黒に染めることはしなかった。
自分が悪いと認めるようでいやだったのだ。
『おい。なにか鳴っているぞ?』
氷華のことばにはっとしてあたりを見ると、携帯が鳴っていた。
不審そうに携帯に手をのばし、ヂィスプレイを見た。
そこには、有りえない言葉があった。少なくとも、焔華にとっては。
<メール有り>と………。
しばらく、メール有りの文字を見ていた焔華は、ふいに口を開いた。
「あんた……。誰かに私のアド教えた?」
『なぜ私がそんなことをしなければならないのだ?』
「じゃあ、なんで私の携帯にメールがくるのよ?」
『知らん。それより、内容を読んだ方が早いんじゃないのか?』
「どうして……? 私は誰にもアド教えてないのに…」
焔華は、携帯を持ってはいるが、それは本来必要のないものだった。
なぜかというと、彼女には親がいない。そして、友だちもいないのだから。
ちなみに、メールアドレスは彼女ではなく、氷華が決めたものだ。なんでも、聖書かなにかに出てくる言葉らしい。なので、焔華自身は覚えていないのだ。誰にも教えていないうえに、ややこしいアドレス。そのおかげでいたずらメールがきたことはなかった。今回も、この線は薄いだろう。
では、いったい誰が。なんのために?
焔華は、慣れない手付きでメールを見た。なにせ、初めてなのだ。
「なに、これ………?」
内容は、四行だけという短いものだった。英語で書かれているらしいのだが、見たことのないスペルだ。まじまじとメールを見ていると、氷華がおもしろそうに笑った。
「あんた、これ読めるの?」
『ああ。一番上がサラマンダー。次がウンディーネ。シルフ、ノームだな』
「……………なにそれ?」
きいたことがない言葉だ。だが、氷華が知っているということは、なんとなく予想がつく。
『四大精霊の名前だ。火、水、風、地の順だな』
「……それは一体、どういうジャンルに入るわけ?」
焔華の問いに、氷華がアッサリと答える。
『魔術』
聞くんじゃなかった。と焔華は後悔した。
そのとき、時計が鳴った。八時半だ。入学式は九時からなので、今からでればちょうどいいだろう。焔華はそのまま携帯を制服のポケットに入れると家をでた。学校までは徒歩十分。鞄や教科書などは今日もらうので自転車でいくのはやめた。自転車だと五分なのだ。
「あいさつ……。めんどくさいな…」
『考え事をしながら歩くのはいいが、電柱にぶつかるなよ? アレのようにな』
その直後、後ろから、ゴンッという音が聞こえてきた。ふりかえると、一人の少女が電柱の前でうずくまっていた。どうやら、頭をうったらしい。金髪ウェーブヘアの少女で、手に何かを持っている。そして、同じ制服。制服に気付いた焔華は、きびすをかえし、スタスタと学校に向かった。赤の他人なら助けようかとも思った。だが、これから同じ学校で生活する生徒となれば話しは別だ。焔華は、学校の誰ともなれあうつもりはなかった。
『まだ、止まったままなのか…』
氷華はつぶやく。焔華には聞こえていない。
まだ、お前の心はあの日のままなのか……。
なあ、焔華よ。いつになったら、お前の氷のような心は溶けるんだ?
いつになったら元に戻るんだ?
いつになったら………笑えるように、なるんだ?
私は…それだけを願っているのに………。
氷華の願いは、風と共に消えていく。誰にも聞かれることなく、聞こえることなく。
だが、焔華が少しずつ変わっていることを、氷華は知らなかった。
焔華の心の奥で赤い光が光ったのを、氷華は気付かなかった。