空から見下ろした平原に雷鳴が響いた
「味方だと…どの口が言うか…」
血まみれの巨人は黙っている。鎧を着なかったのは失敗だった。まぁ仕方ないのでやることをやるしか無い。
「シアン、そこの2人を安全な場所に送れ、念のため洞窟には入れるな。終わったら洞窟の中に入ってハレとシアンに状況を伝えて全員待機だ」
「リョウカイシマシタマスター」
シアンはそう言って暴れる2人の騎士を剣の腕で器用に抱えて飛び去った。
ドゴは黙ったままこっちを見ている。とりあえずアイテムボックスから武具を取り出す。ゆっくりと鉄靴を履き、グリーブを装着する。隙を見せれば襲ってくるかと思ったがそう言う気配は無い。
全身に鎧を装着し終わっても襲ってくる気配は無かった。
ヤル気十分のリュウにまたがって、斧槍スフアソラを両手で構える。
「随分余裕だな邪神教団、言っておくが俺は親父と違ってムザムザお前達に遅れは取らんぞ」
「あんたと戦う気はねぇド王子様」
「こっちにはあるんだがな、親父を殺し国を乱し、俺の母を地崩れで埋めて弔わせなかったクズどもがっ!」
ドゴはどういう訳か狼狽している。というかこいつなにしに来たんだろうか?神聖武器は俺にしか使えないことをブカドハムラは既に知っているはずだし、今更俺に何の用なのやら?
「貴様ドゴとか言ったな?俺に何の用だ?」
「あんたの味方になりに来たダ。あんたが糞を掃除して弱い人間に食事を配ったのを知って味方したくなったダ」
「…何故そんなことを知っている?」
監視の目など無かったはずだが、もしやあの透明人間フローか。対抗策は真魔道大全にも魔道大全にも存在しない。ドゴを殺す前に情報を仕入れるとしよう。
「フローに聞いたダ。オラあんたみたいな王族初めて見たダ。しかも国造りも食い物造りから始める言うでねぇガ。食い物は一番大事だと良く分かってなさるダ。あんた善い王様になるダヨ」
「…お前何が目的なんだ?俺の産まれた国を滅ぼしておいて良い王様?俺も国を滅ぼすような愚王の素質充分だと言いたいのか」
「オラは元々農民ダ。お前様のような御方は尊敬するダ」
農民…?人間だったのか、ここは憎しみを隠してこいつ等の正体を聞きだすとしよう。
「お前が俺の味方だというなら、お前らの正体・能力、それと目的を教えてもらおうか」
「オラたち四祭司は無念の死を迎えた人間の魂を加工して生まれ変わった魔物人間ダド。オラは地面を自由に出来て、ブカドハムラは水ならなんでも動かせるダ。フローは風になってどんな離れた距離でも行き来できるンダけんども力は無ェダ。目的はこの世を荒ませることダド、ブカドハムラに聞いたダ」
あんまり詳しいことは知らんようだな。しかしフローは透明人間ではなく風になった魔物か、なら対抗策が無いでも無い。
「世の中を荒ませるのが目的の癖に、お前らの所為で難民になった連中にほんの少しの食べ物を恵んだことに感動して味方…まぁいい。俺の味方になると言うが、具体的に何をしてくれるんだ?」
ドゴは口から大きな麻袋を取り出した。汚いな。汚れてはいない様だが、だからって口に入れるなよ。
「袋に入ってるのは五穀の種籾ダ、それとマナ花の種ダド」
五穀というのはエクター平原で良く食べられる麻・超麦・玉瓜・千豆・粟の五種の植物である。玉瓜は穀物ではなく野菜だが一般に五穀に数えられる。なおカリグス帝国では玉瓜は未発見だったので代わりに稲っぽい植物が入っていた。しかし花か、聞いた事の無い品種だしなんで花の種なんて持ってきたのやら、プレゼントなら花束だろうに。
「マナ花って何だ?」
「そんな事も知らねば国造れねェド。マナ花を田んぼに植えるとその土地によく生る五穀が分かるダヨ」
「ほう…知らなかったな、それでどうやって分かるんだ?」
「赤い花咲いたら麻よく伸びて育つダ、茶色の咲いたら超麦の実一杯生るダ、黄色いなら玉瓜でっぷりと育っデ、緑なら千豆にさらに沢山たくさん生るダ、青なら良い色の粟生っデ、黒なら丈夫に何でも育って白なら何も育たネェダ」
そんな便利な花が有るのか、植物学の本には載っていなかったな。農民の知恵という奴か。そう言う物は日の目を見ること無く消えて行く知識なのかもしれない。
「なるほどな、助かるよ。それで他に何か言いたいことはあるのかな?」
「仲間にしてほしいダ、そしたらもっとお役に立てるダ」
「ふむ…邪神教団についてはさっきの情報で全部か?」
ドゴは頷いた。表情は岩石の皮膚なのでサッパリ分からないが緊張している様でもあり、のんきな様にも見える。真意は知らないがこいつが俺の親を殺した一味という事実は変わらない。
「それと今言ったマナ花の色の知識も本当の知識か?」
「オラ100年以上田んぼ耕したダ。田んぼのことなら誰にも負けねぇダ。それに嘘なんて吐かねぇダ」
「そうかい…ならその袋…殺して奪うとしよう」
魔力を全身に纏い、リュウのわき腹を右足で刺激して走らせ、スフアソラですれ違い様にドゴの腹を薙ぎ払う。リュウに方向転換の指示を出し、ドゴを確認すると胴体は両断されて即死していた。ボゥギと違い復活する気配は無い。
「あれだけやっといて今更味方になるだ?そんなの俺が許さん」
リュウから降りて死体の元に進む。袋をアイテムボックスに入れて魂を変換すると80枚の金貨が生じた。死体の腹の中からは麻袋が10袋ほど出てきたが、中身はどれも五穀の種籾と種であった。ドゴの赤い血で袋は多少濡れているが、植えればそんな事は関係無いのでアイテムボックスにしまう。
「残りは2人か、しかも戦えるのは残り1人。さてフローとやら聞いているならブカドハムラに伝えろ。お前も俺が必ず殺すとな」
「ふんっ!ドゴを殺すなんて馬鹿な男…ドゴを味方にすれば国造りなんてあっという間だったのに…ドゴに余計なことを言ったのは失敗だったわね」
森に女の声が響き渡る。アイテムボックスにスフアソラをしまってマーリンを取り出す。
「貴様らは俺の幸せを奪ったんだ。今更味方になれると思うドゴが阿呆だったのよ」
「…敵を味方にするチャンスを棒に振った愚かな男…やはりブカドハムラの民主主義革命は正しいわね。お前のような男が国の頂点に立つなんて我慢ならないわ」
「民主主義革命…だと?どう言う意味だ」
それはこの世にはまだ無い発想に思えた。まさかブカドハムラは俺と同じ転生した人間なのだろうか?
「全ての人間が王にも金持ちにもなれる素敵な世界…でもあんたはそれを見れない…何故なら此処で死ぬのだから…」
「お前に戦闘力は無いんじゃないのか?」
「私は風と一体になっているのよ?ならばあんたの周囲に毒の風を送るなど容易いこと」
なるほど、以前大道の空気を調節していたのもこいつか、恐らく俺は一酸化炭素とかを吸わされて殺されるのだろう。尤もフローの正体を有る程度知ったのでやり様はある。
「そうか、ならお前を倒す前に教えろ。ブカドハムラは何者だ?」
「寝言は寝床で言いなさいな、まだ明け方よ。でも愚か者にも解る様に言うと、ブカドハムラは革命を成し遂げる者よ。お前には関係無いけれどね。さっ、死になさいな。仲間にしなかったドゴを殺した所為でお前は死ぬのよ。ドゴを供にすれば見逃した物を…本当に愚かな男」
「ならお前は俺の親父を殺した所為で死ぬのだ『浄化の風』」
「馬鹿が…魔術式を唱えずに呪文など…なっ!?」
森の中の風が清浄なる風に変わっていく。フローがどう言う性質の魔物かは謎だが、その正体は恐らく不自然な風で出来ているのだ。人間が吸える空気に周囲の大気成分を変化させるこの呪文ならば身体を保てないだろう。
マーリンは杖自身に登録してある呪文の名前を唱えるだけで杖自身の持った魔力資源を使って魔術効果が発揮できる。普通に魔力資源を集めて放つより1アクションくらい早く魔術が使えるのだ。
何時もなら魔力資源を集めてから魔術呪文を適切に唱えるという手順だが、マーリンなら魔術の名前を唱えるだけの1アクションで済む。ちなみに普通の魔術師なら体内から魔力資源を引き出すために瞑想し、瞑想が終わったら魔力資源を引き出してから、適切な手順で呪文を唱えるという3アクションである。しかも並の集中力なら失敗する事も有る。俺は今の所失敗したことは無い。これも生まれ持った才能というやつだ。それを与えてくれた者達への感謝を忘れない為にも邪神教団は皆殺しにする。
「馬鹿なっ…魔術式を使わずに…なぜ…?式を唱えた訳でも…突然魔術効果が発生…イヤ…こんな…私は…死なないから…こんな姿に…イヤっ…美しさも…何もかも…捨てたというに…こんな終わりが…くるなんて…」
音は次第に消えて早朝の森の中に新たに魂が出現した。一体どこに隠れていたのやら。どうも周囲に満ちていた魔力資源が集まって魂になったように思うが、どの時点で死んだのやら。
「この場から立ち去ってくれたら良いなぐらいに思っていたら死んだか。やはり日頃の行いが良いとこういう恩恵が有るのだな」
魂は金貨50枚になった。こいつらの魂はロボットにはしないのだ。憂さ晴らしに下らない買い物に使いたいところだが、金を使えそうな国はこの辺にはもう残っていない。
ドゴを土葬しようとしたらシアンが戻って来て洞窟に入ろうとしている。
「シアン、もう終わった。悪いんだがさっきの騎士を連れてきてくれ。悪いな手間をかけて」
「リョウカイシマシタマスター」
「すまんな、その内埋め合わせはする」
「ヒツヨウアリマセンフクシュウオツカレサマデシタ」
そう言ってシアンは飛び去った。良い子だな、製造者として鼻が高い。
『土遁・象呑穴』を唱えドゴの身体を地中深い大穴に放り捨て、『土遁・竪穴崩し』を唱え大穴を塞ぐ。ここまでの魔術を使ってもマーリンに残された魔力資源は膨大な物だ。杖には長い数字が記されていた。
「残り約13兆108億マナ・ソースか」
銀水弾丸が同じ数だけ撃てるということだが、そんなに撃っても仕方ない。とりあえず『防衛の結界10シャキル』と唱え、長大な魔力資源でできた紐を出現させる。
「さて…『飛行』っと」
紐を持って空を飛ぶ呪文を唱え、洞窟の周りに敷設する。これで魔物はこの森には中々入れない筈だ。紐は質量を持たないので、子供の俺の体力でも持って飛べるのだ。空から見下ろした森は実に小さな物だ。こんな森でよくもまぁ3年も暮らした物だ。更に上に飛んで上空からエクター平原を見ると実に広大なことが分かる。
「せっかくだ『測量』っと」
測量呪文を唱えると平原のサイズも大体分かった。魔術マジ便利。まぁ消費された魔力資源は1万なので並の魔術師が一生かかっても使わないほどの資源量だが費用対効果は充分だ。平原は東西に100km、南北に210kmと言ったところだそうだ。人の住んでいるところなど極小さな物である。まだまだこの世の人類は開墾技術も未熟みたいだ。これほど広大な平野に殆ど誰も住まないとは。振り向いてノン大河も測量しようと思ったが、川の下流さえ見えないくらいの雄大さであった。
「川の測量はまた後でだな、測量…地図は俺の大いなる武器になる」
杖をしまおうとしたら突如大きな羽音が近づいてきたので、その方向を見ると巨大な羽根を持った蜥蜴が居た。所謂ドレイクである。ドラゴンとの違いは腕が無いことである。腕と羽根は一体化しているのである。翼長20mと言ったところか、地球では拝めないタイプの生物である。俺もここまで大きな空飛ぶ生き物を見たのは初めてなのでちょっと感動した。
「確か…空挺ドレイクだったか、1匹で街を滅ぼせるランクの魔物か」
「クエェェェー!!」
「ついてない奴だな…だが、まぁいいさ、お前の鱗を食わせりゃリュウも飛竜になるという話だ」
空挺ドレイクは俺の言葉など気にも留めずに襲い掛かってくるが、奴に勝ち目など無い。
「死体が残るように殺す呪文は…『サンダーボルト』でいいかな」
青空だというのに一瞬で雷鳴が轟くと、突如出現した視界を覆う程の稲妻は空挺ドレイクに全て直撃し、ドラゴンに次ぐ空の支配者は息絶えた。爆音で耳がキーンとなった上に視界がチカチカする。今度からはもうちょっと気を付けて使おう。
「さて…空中で解体しても良いのだが、ごみが地上に落ちても困る。アイテムボックスに入れてから地上でゆっくり解体するかな」
ウルファスが空の上にいた頃、葬水のブカドハムラは剣戟が響く戦場に居た。オルガ公爵とラスナ男爵が大道のエクター側の出口で戦っているのだ。尤もブカドハムラは戦っていない。ブカドハムラは直立不動で戦場を眺めている。
「ふむ…葬風のフローが帰ってこない…これは葬土のドゴも死んだかな。邪神教団も最早我1人か」
ブカドハムラが独り言を言っていると戦場に雷鳴が轟いた。
「ふむ…この様子なら大丈夫そうだな。新たな祭司、葬雷のナスナチクトが誕生した…葬雷…ちょっと語感が悪いな…だが他に無いしな。さて葬星のウルファスさえ我らの側に来れば邪神教団はこの世を支配できる。精々良い女を揃えるかな。奴は相当女好きだ。全く…ナスナチクトもそうだがやはり親子兄弟だな。見た目は兎も角として性質はそっくりだ」




