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ウルファス物語  作者: ろーき
第1章 幼年編
3/50

母親は大いに悲しんだ

「いいですかウルファス、この子が男でも女でも貴方の家来にしなさい」

「ははうえ?おなかのこはきょうだいではないのですか?」

「違います。貴方が元服したら色々と話しますが、とにかくこの子は本当の兄弟ではありません」


俺は5歳になったが相変わらず弱いままだ、2番目の母も3番目の母も救えない。

アンリエットは俺の正体を言い触らされたくないらしくエリトを内縁の夫としてしまい、望まない子供を孕まされた。

恐らく今日明日には生まれるらしいとアンリエットは言った。


「貴方の父は…とても高貴な方です」

「ぼくのちちうえをあいしているのですね?」

「…えぇ、そうです。ですが貴方の父は…私だけを愛してはくれませんでした」

「ぼくは母上だけを愛しています」

「ありがとうウル…本当にいい子。やっぱりいい子に育ったね」


そう言って俺の頭を撫でるアンリエットは、涙ぐんではいるが実に温かな目だ。最近は暗い表情が多くなっていたので俺も嬉しい。


「ははうえにらくをさせるためにもっとべんきょうします」


そう言って彼女の手の甲にキスしてから勉強部屋に向かう。


「頑張りなさい…今王国は少し荒れているけど貴方の汗は裏切らないからね」


確かに2年前に王が死んだ所為か王国は税率が上がり、使い魔で市中を眺める時も餓死者が見受けられるようになって来た。3歳の頃に比べて、だんだん酷くなってきたのが分かる。幸い俺は飢えなど知らないが、別の苦労がある。

勉強部屋の中には何故かエリトが居た。実にエクター王国民らしい上着とズボンだ。中身はただの下種だが、服はそれなりに調っている。だが服は調っていても中身の卑しさが外見にまで出ている。

俺はこの男が苦手だ、どう対応していいのか分からないのだ。


「けっ…お前か…言っとくがなぁ、このへやは俺の子の物になるんだぞ?いや、このへやだけじゃない。この館は俺達親子のもんだ。血の繋がらないお前の物じゃ無いんだぞぉ」

「こんにちは義父上」

「ふんっ!お前はアンリエットが死んだら追い出してやるから精々一人でも生きていけるようにお勉強するんだなぁ」


そう吐き捨ててエリトは勉強部屋から去って行く。


「母上は貴方より大分お若いから貴方より大分長生きしますよ」


聞こえたかどうかは分からないが、一応釘を刺しておく。大体アンリエットが死んだ所でこの家があの男の物にはならないだろう。

エクター王国法に照らし合わせると戸籍からいって俺の物になる筈だ。エリトの子はアンリエットが認知しないらしいから継承できない筈だ。それに俺の後見人はアンリエットの伯父になるはずだから、エリトの出る幕は無い。

まぁ今は国が荒れているから一時的でも当主の居ない家の金は没収されるのが関の山だが。


「まぁアンリエットには長生きしてもらう予定だ。エリトが何か企んでも守るさ。さて勉強するかな」


机の上の魔道大全をめくる。何度も読み返した所為かすっかりボロボロだ。紙質も良くないからその所為もあるのだろう。

紙は羊皮紙ではないが簡単に裂けるので和紙程の強度は無い。

紙の歴史など詳しくは無いがこの紙は古代から中世の技術レベルなのだろうか?インクもそう上等な物ではないので、結構字がかすんでいる。


「さて、数算魔術は…表計算はマスターしたし…アンリエットによると勘定役になれる位の技量は在るらしいから…あとは武力か、魔術騎士戦術も修得しておきたいな」


武術の手引きも魔道大全には書いているが、そろそろ剣術とかも鍛え始めるべきだろうか?修業を始める時期は指南書によって様々だが、5歳から始めても早くはないが遅くもない。

だが前世知識に依れば子供の頃に筋肉を鍛えすぎると背が伸びないらしい。

それに俺の風貌は結構珍しいので外で遊べ無いので公園程の広さの庭を走り回る以外に鍛錬する手段が無い。コーチや家庭教師も外見上の事情から雇えないのだ。

俺の持つ黒髪も茶褐色の虹彩も金の瞳もそれぞれは珍しく無いのだが、3種揃っているのは殆どいないらしい。これが揃っているのは俺の実母だけらしい。才能が豊かな代償と考えておこう。健康だし文句は無い。


「まぁ1日に1度は庭を走り回るから特別貧弱という事はないから良いのかな?」


突如膝が痛みに襲われた。成長痛である。あまりの痛みに子供部屋の床に転がる。


「ぐぅ…痛い…痛い…」


時折こんな痛みが走る事があるが、いつもは寝てしまえば治まるのだが…今日はちょっと都合が悪い。なにせ部屋の外にナイフを持った養父がいるのだ。

出来れば立ちたいが痛くて立てない。


「へへぇお前でもそんな様になるんだなぁ」

「何を考えているんだ?俺を殺す気か?」

「けっ!何を考えているかなんて台詞はお前にだけは言われたく無いよ。本当に不気味なガキだな。まぁ1だから俺でも殺せるが…多分痛いだろうが我慢しろよぉ」


そう言って部屋の中に入ってくる。この部屋に入って良いのは俺とアンリエットだけだというのに。まぁいつも無遠慮に勝手に入ってくる奴だが、今日という今日は許さん。

だが興味深い事を言ったので答えないと思うが一応聞いておく。


「1ってなんだ?」

「ふぅ~ん知らないのか、まぁ閉じこもってるんだから当たり前か?普通その年なら近所のガキから学ぶもんだがなぁ」


俺の傍に近寄ってきたエリトはナイフを振り下ろしてきたので、周囲の魔力資源を掻き集めて痛みを我慢して呪文を唱える。


{cd/cαll/hψdrαrgεntuμ:ζtructurε/Ηψdrαcεαε}


呪文を唱えると俺の周囲に在った魔力資源は変換され、白銀に輝く流体金属の触手に実体化した。


「ひっちぃ!?」

「お前は俺には勝てない。大人しくしていればよかったものを…」


触手はエリトが右手に持ったナイフに取り付き一瞬で自らの体に取り込んだ。この触手は生物では無いが、俺の手足として色々と便利に使えるのだ。

総数8本の触手群は魔道大全のスペック通りなら歩兵100人を10分で潰滅できる程の性能だ。


「お…お前…なんでこんな魔術がっ!?」

「お勉強のお陰だ。命までは取らないからさっさと館から出て行け」

「そっそんなことできるかよ!リン家の財産がどうしても必要なんだからよぉ」

「財産を手に出来なくては借金取りに殺されるか?」

「なんで知ってんだぁ!?」


ちゃっかり使い魔で情報収集しただけのことだ。もっとも魔術師の数は王国でも100人居ない上に俺ほどの魔術を操れる者は少ないから、エリトには俺にそんな事が出来るとは思わないんだろう。

更に言えば俺はどういう訳か魔力資源が見えるので事実上無制限に魔術を操れるのだ。


「しかし呆れたな、金貨3枚位働いて返せよ。真っ当に働けば1~2年で子供でも返せるぞ」


エリトはプルプル震えている。さて俺の体はまだ体力が無いので、何時間も睨み合いが出来るわけでは無い。エリトは殺すほどの悪人ではないが見捨てておける様な善人でもない。

この『銀水沼のヒドラ』なら成人男性を証拠の残らないように消化するぐらいは出来るが…どうしよう?

殺人なんてあんまりやりたくない。まだ5歳なので罪には問われないはずだが、今の王国は司法が機能していないので子供でも処刑されるかもしれない。


「おぎゃーーー!」


産声が聞こえるとエリトは走り出したので、俺も触手を従えて後を追う。

だが、走り初めたのがエリトが先だったのと俺の足が痛いのと子供部屋の中の位置関係から、アンリエットの部屋についた頃には、もうアンリエットしか居なかった。


「母上…御無事ですか?」

「ウルファス…ふふ、もうそんな魔術を使えるのですね」

「お怪我は…」

「出産で少し疲れましたが大丈夫です」

「エリトは…赤ん坊を奪って窓から逃げたのですか。すぐに追います」

「もう放って置きましょう。そんな事よりもすぐに王都を出ます」

「え?は、はい。分かりました。では、支度をしてきます」

「頼みましたよ。私は一眠りしますが、起きた時には準備を整えておいてください」


そう言って彼女は寝てしまった。一応護衛にヒドラを残しておく。勿論ヒドラにアンリエットと俺を襲わないよう命令も加えておく。以前いた使用人はエリトに追い出されたから問題ない。もう館には俺とアンリエットしか居ないのだ。


{cd/Dιrεctουψ}


魔術を使い異空間──1次元の時間と3次元の広さと高さの性質を持った空間らしい──の扉を開く。俗にアイテムボックスと呼ばれる存在だ。何でも入るし中の物も劣化しない。要するに青い狸の持ってるあれだ。

膝の痛みを我慢して館を走り回り、宝石や旅に出るのに必要な物をアイテムボックスに入れていく。

結局終わったのは日が随分落ちてからだ。アンリエットは既に旅装束に着替えている。あらかじめ準備していたのだろう。


「お待たせして申し訳ないです母上」

「今起きたところです。調度よいタイミングでした。流石は私の騎士ですね」

「これからどちらに向かいますか?」

「ガラル山脈の麓に住む私の伯父のラグ=ベイ・ランを頼ります。もう王都は貴方を育てるには危険ですもの。すぐに出立しますよ」

「微力ながら全力を尽くして道中必ずお守りします」


そういってアンリエットの手の甲にキスをする。彼女はまだ出産したばかりだから辛い旅になるだろう。だが、俺には彼女の決定を阻む権利も止める権利もない。俺は彼女を不幸にした原因の一人なのだから。


「これも…報いですかね…子を浚った私が…あのような男の子を身篭って…今度は逆に浚われたのは」


震えるような小さな声だ。彼女がまだ20歳にもならない少女だと分かる怯えた声だ。

俺には聞こえないと思っているのか…それとも聞いて欲しいのだろうか?それは彼女自身にも分からないのかもしれない。

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