洞窟の中は哀れな者達で満たされていた
エレノアの話によると、彼女もトマの氏族と同じく領地を取り上げられたそうだ。3年前に領地を取り上げられた彼女の氏族はそれでも彼女の領地の町で暮らしていたそうだ。人望があったらしく、領民に慕われていたので代わりの領主が来ても実質領地を管理していたそうだ。
だが代わりの領主が来て2ヶ月ほど経ったある日に魔物…それもドラゴンが出現したらしい。何でも3年前にエクターの街のあちこちで魔物が発生したらしい。しかも街の外では無く中に発生したらしい。恐らく邪神教団が魂を街中に置いて魔物を発生させたのだ。しかも魔術師を王都に留め置き、魂を変換する手段を失わせるという手の込んだことをした。
俺は使い魔を使って時折王都を監視してはいたが、そのことは全く知らなかった。もしも知っていれば…どうしただろうか?今更になるが、俺は単身でも邪神教団を倒せたのだから元服してすぐ帰ってきても大丈夫だった筈だ。しかし腹水盆に返らずということわざもある。過ぎたことは過ぎたことだ。
とにかくエレノア達一族はドラゴンに挑み、1度は何とか倒したが、魔術師が居なかったので魂を変換することはできず、領地を捨てて逃げる羽目になったそうだ。ドラゴンは異常に早く1日で復活したらしく、逃げ遅れた人間も居たそうだ。そして王国の中を流離ったそうだ。ここから西にはソラヴェイン王国があり、大河を挟んだ南西にはザコクナン蛮国という国がある。だがソラヴェインはエクターが滅ぼして統治もしなかったので元兵隊の賊が横行し、エクターの人間と見るや襲撃されるそうだ。ザコクナン蛮国の方は侵略されはしたが、ザコクナン国民の殆どはザコクナン樹海に逃げ込んで生き残ったらしい。ザコクナン蛮国はザコクナン樹海とほぼイコールの存在なので国境を持たない国だ。生きるのに大変な所なので逃げるわけにもいかなかったそうだ。だからと言って東に逃げてもどうしようもないのでソラヴェインとの国境の辺りにある森に隠れ住んでいるそうだ。
「しかし3年間森の中で住むのは大変で、森に住むのを断念した人々は東に逃げたりもしました」
エレノアは悲痛な顔でそう言った。恐らく殆どベロベスの人間狩りに囚われたのだろうと想像したのだろう。
「過ぎたことは仕方ない。ベロベスとナスナチクト…それから俺の一族が悪いのだ。今やるべきことをやろう」
「殿下…その認識は正しいです…これから向かう村の人間にはエクター王家の人間を恨む者もいます」
「当然だろうな。まぁ助けるだけは助けるさ。野盗を倒せば良いんだろう?」
「はい。それと殿下とハレさんにシアンさん。レベルアップをお願いします。流石に1だと見縊られるので…そういえばシアンさんはレベルが見えないような…ロボットとは魔物なのですか?」
「いや、全然違うな。分かり辛いだろうが知性がある」
「そうですか、ですがシアンさんは…」
エレノアは言い出し辛いのだろう。確かにシアンは魔物に見えない事も無い。こういう時に気を利かせるのが善い主人というものである。
「シアンよ、お前は…そうだな木の上で待機していろ。俺が呼んだらすぐに来い」
「リョウカイ・マスター」
シアンは歩いて木に登っていった。なにせ足が剣のように鋭いので普通に木に刺さって歩けるのだ。
「気を使わせて申し訳ありません殿下」
「気にするな。さて、ではハレよレベルアップといこう」
「了解ですウル様」
ハレはレベルアップのポーズを取った。う~む跳び上がったので胸がすっごい揺れている。実に眼福である。俺も宝物庫にあった儀典に載っていた王家伝来のレベルアップの秘儀を行う。右拳握りしめ、天高く掲げる。まぁ結果は同じだと思う。ポーズが変わってもレベルが一杯上がるわけでは無いだろう。
「正式なる秘儀ですね殿下…力強く雄雄しさを感じます。見事に53まで上がりましたね」
53か、そんな数字が上がるよりは身長がもっと欲しい。ハレの背は追い抜いたが、エレノアは170位なので今の俺はちょっと小さいのだ。もっとでかくなりたいものだ。
「ハレは幾つになった?」
「ウル様…25になりました…ですがその…」
「…?なんだ?体調でも悪いのか?」
「いえ…光が見えるのです…それにウル様の職業…ジョブがはっきりと分かります」
メイドの恩恵というわけか、スキルとか技能とかそんなのを得たんだろう。やはりレベルが上がっても恩恵があるじゃないか。マは生まれた時から魔力資源が見えたから関係なかったのかもしれないが、魔術師関連のレベルを上げると魔力資源もはっきり見えるようになるのだろう。
「それは重畳、で?俺とエレノアのジョブは何なんだ?」
「教えてくれますかハレさん、私も詳しくは自分のジョブを知らないのです」
「えぇっと…間違ってるかもしれませんが、ウル様は蒼龍騎士でエレノア様は緑の騎士です」
「教えてくれてありがとうございます。それとハレさん、呼び捨てで結構ですよ。私と貴方は共に同じ主人に仕える下僕ですもの。」
「そうですね…一緒にウル様にお仕えしましょうエレノアさん」
実に可愛い下僕達だ。その内2人一緒に楽しむとしよう。それにしても蒼龍騎士か、宝物庫の書物によれば騎士の中の騎士と言える程の実力者で更に魔術も使えなければ成れない珍しいジョブらしい。まぁステータスとレベルに関係が無い上に普通の人間にはレベルしか分からないのであんまり意味は無さそうだ。
それにしてもハレのレベルも随分上がったものだ。魔物が死んだ近くに居て、その肉を食らうと魔物の魔力資源が流れ込みやすいという話は本当だったらしい。それにしてはエレノアに魔力資源が流れ込まなかった辺りレベルと魔力資源は不思議な法則があるらしい。あれか一時的に入った仲間には経験値が入らないとかそんな感じか。
それと俺はようやくレベルの見分け方が分かった。レベルアップしたハレの右手を見ると、先程までなかった紋章が増えている。まぁ今まで普通の人間にもこの紋章と似た物はあった。てっきり魔力資源の作り出したパターンだと思っていたが、どうやらあれの点滅を見てレベルの大小を把握するらしい。ハレには25本の画数の紋章があるので25だとわかった。点滅…?ではないな。まぁレベルの紋章は体表を覆う魔力と違いチカチカするので点滅しているといえばしている。
「さて…ではレベルも上げたことだし村に入るかな」
「では私についてきてください」
エレノアについて行き、森の中を進む。まだ夕方にはならない時間だが、森の木はどれもビル並に高いので実に暗い。こんな所によく3年も暮らせるものだ。そういえばオルガの男爵領に向かう途中で出会った難民達はどうなっただろうか?できれば平穏無事に帰ってきて欲しいものだ。もしかするとオルガの軍勢に加わって死んでしまったかもしれない。まぁ無事を祈るとしよう。
森の中を進むと徐々に人の痕跡が増えてきた。そして洞穴の前でエレノアが停まった。
「穴の中に住んでいるのか?」
「何せ魔物が多いので…」
「そうか…なんだか申し訳無いな、しかし食料は大丈夫なのか?」
「森の中をさまよって集めても1日1食です…ですが私は戦う者なので…」
「優先的に食わせてもらってるか。気にするな、それがお前の仕事だ。しかし野盗がなんでこんな辺鄙なとこに居るんだ?」
「その…」
「ふむ…もしや親類か?」
エレノアは沈痛な面持ちだ。恐らく彼女の一族が盗賊に転職したんだろう。貧すれば鈍するという奴だ。だが俺は益々エレノアをモノにしたくなった。一族が全員信義を裏切ったのに一人だけ流離いの民を守る…実に好みだ。魔物退治しようとしていたのも肉を得る為だろう。実際オークくらいなら時間をかければ倒せた筈だ。だがこの森には魂を変換できる魔術師が居ない所為で魔物が雲霞の如く居るらしい。まぁシアンに殺させて魂を変換させたので森の魔物はほぼ全滅したらしい。シアンが動き回りながら魔物を倒した所為で森中から魔物が殺到したのでシアンが皆殺しにしてしまった。解体する時間が無かったのでアイテムボックスに大半放り込んで魂は素体にした。
それにしても100体の魔物を殺すとはシアンのスペックはとんでもないな。森の中には復活待ちの魂もあるだろうから後で素体にしよう。しかしそうすると金貨が得られないが仕方ない。労働力があれば金は稼げるのだ。それに金を使うにはソラヴェインより西に行くか、大道を通ってオルガに行かなくてはならないだろう。そこまでして買う物も無い。ワープが使えりゃ良いのだが残念ながらそんな魔術は今のところ知らない。マの遺産にそう言うのがあれば良いのだが、最期の地を探すのはもう少し先になるだろう。
洞穴の外にリュウを待たせて3人で洞穴に入る。中は薄暗かったので魔力の灯りを使おうかと思ったが、穴倉生活の長い人間を刺激してパニックを起こされても困るのでやらない。
洞穴の中は酷い臭いがする。糞尿の臭いと人間の垢の臭い等が混じり合った汚臭だ。まぁ当然だな。元騎士の盗賊を恐れてうかつに外にも出れないのだろう。糞を踏んでも詰まらないので足元に注意して進む。少し開けた場所に出ると、100人程の人間が居た。篝火さえないので1寸先は闇だが全員生気の無い目をしていると分かる。我ながら実に夜目が利く。魔力資源が見えることにも関係しているだろうか?
洞窟はまだ奥に続いており、難民の屯す広間の天井や壁を見ると魔術式が書かれていた。ここがマの最期の地らしい。奇妙な縁だ。まぁマは外敵に襲われないような場所で研究をしていたという話なので、洞窟にしては地盤のしっかりした此処が逃げ込む場所になったのは必然かもしれない。他には好都合なところも無かったのだろう。
エレノアが大きく息を吸って皆に呼びかける。
「皆さん。この方が助勢して下さります。もう安心ですから」
全然安心した雰囲気では無い。皆ぎらついた眼をしている。敵意と殺意がこもっている。思ったより酷い状況のようだ。まぁクソの始末もできないところに何年も閉じこもっていればそうなるか、この世でも引き篭もりはするべきではないらしい。
広場の上座辺りに座る老人が手を上げて発言の許可を求めている。どうやら一部の人間にはまだ慕われてはいるようだ。
「どうぞボクさん」
「ありがとうございますエレノア様…ですがもうよろしいのです…ワシらは…もうここで死ぬのです…」
「何を言うのですかっ!?」
「もう…水も…食料も…終わりです…」
「そんな!大丈夫ですから…もうちょっとの辛抱です。一緒に頑張りましょう」
「無理なものは無理だってば」「けっ…食料を集めたのは俺達だぜ…」「もう終わりだよ、ちっ!」「そうだ…終わりだ…どうせなら最後に良い思いを…」「そうだ…一度でいいからあんな女を…」
皆荒んでるなーまぁ多少俺の責任でもあるし、可愛い下僕が襲われそうな雰囲気なので助けてやることにしよう。エレノアの前に進み、彼女を下がらせる。
「俺に任せろエレノア」
「殿下…申し訳ありません」
「気にするな、もう心配要らん」
そう言ってアイテムボックスから宴会用の大鍋を取り出して片手で持ち、さらに100cmの立方体としてカットしたオークの肉塊を鍋に入れる。壁の魔術式に触れて洞窟の魔術を起動する。洞窟の中は昼間のように綺麗な灯りで照らされ、流離いの民の汚い姿が露見した。マが死んで100年以上経っているはずだがまだ魔術が作用するとは流石に大魔術師である。
洞窟の中は地獄絵図の様で実に汚いが、国民がこんな風に成ったのは俺の責任もあるので目をそむけてはならない。本当は見たくもないがこれも義務だ。
「俺の名はウルファス、お前達の救い手である。この手にはお前達が食べる物が有るが、これだけではないので焦らずゆっくりと食らえ」
俺がそう言うとエレノアは俺の足元に跪き、ハレもそれに続く。すると洞窟の中の人間達も涙と涎を流して跪いた。まだ涙を流すほど水分があったのか、まだ頑張れそうだな。
まぁそれはさて置き、洞窟の中で火を使うわけにもいかなかったので、ベイ・リンの家から持ち出した宴会用の大鍋に魔術で作った熱湯を入れ、新たに取り出した麦を入れて粥にする。洞窟の中に居る人間は良い匂いのお陰か皆立ち上がる。ハレが俺の耳元に立って小声で囁く。俺のも起ってしまいそうだ。
「ウル様…その味付けは…どうかと…」
「ふむ…ハレ、お前に任せる。好きにしろ。どうせなら旨い方が良い」
「いえ殿下、この鍋は殿下が作らなくては成りません」
それもそうだな、彼らの感謝などいらないが、これも王家に生まれた義務のようなものだ。ハレに指示を貰い、塩や芋を加えて味を調えて時折加熱呪文を唱える。そしてエレノアにアイテムボックスから取り出した食器を手渡し、洞窟の避難民に配らせる。宴会用の食器をベイ・リンの家から持ち出したのは正解だったな。
その後揉める事も無くスープを避難民に配る。人に尊敬されるのがこんなに気持ち良いものだとは…俺の逸物は猛々しく成っていた。後で色々やるとしよう。その後食い終わった避難民達から感謝の言葉を貰った。まぁ口臭がきつかったので、あんまり受け取りたくない感謝の言葉であったが、嫌な顔をしない様気を付けながら笑顔で握手したり言葉を返す。
皆疲れていたのか礼の言葉を言うと皆すやすやと眠ってしまった。実に都合の良いことだ。しかし臭い洞窟だ。あとで掃除しなくてはならないが、今は他にやることがある。
「さて…エレノアよ、盗賊は何時来るんだ?」
「明日には来るかと…そんなことより殿下…正に殿下こそ我が主です…あれほど荒んだ彼らを救うなど、この世の誰にもできません…」
エレノアは実に熱っぽい目で俺を見ている。まだ逸物が元気なので彼女を抱きたくなったが、今日エレノアは大分血を流したので激しい運動は拙い。まぁ他にするべき事もある。外の使い魔に意識を移しシアンに命令を下す。
『シアンよ、リュウを守っていろ。魔物が来たら殺しておけ』
「リョウカイシマシタマスター」
使い魔は実に便利だ。盗賊に備えて放ったが、シアンへの情報伝達の役にも立った。
「さて…これで後顧の憂いも無い…偉大なる魔術師の遺産はあるのかな?」
洞窟の奥へと2人の僕を伴って進む。すぐに突き当たりに行き当たる。しかし短い洞窟だ、大きな石を罠として転がす位しても罰はあたらんだろうに。とにかく壁だ。行き止まりの壁はモノリスかなにかのように黒く鏡のように磨き上げられている。
「ハレ、魔力資源が見えるように成ったんだろう?」
「えぇ、それが何か?」
「壁に書いてある文字は見えるか?」
「いえ…何か書いてあるのですか?」
見えないのか、魔力資源は有る程度見えるようだが…俺とは会得したスキルとかが違うのかもしれない。俺は蒼龍騎士だが以前のジョブは…何だったんだろうか?それが分かれば他の人間にも魔力資源が見えるように成るのかもしれないな。
とにかく壁にはこう書いてある。
『マの遺産をマと同じ能力を持つ者に譲り渡す。開錠の言葉は[ノーベル]だ』




