王都の地鳴りは長く強かった
「母上様!生きていらしたのですか!?」
リュウから降りて兜と面頬を脱ぎ、アイテムボックスに収納する。そして12年振りに会った美貌の母に近づくと…母の足が茨の様な植物になっていることに気がついた。茨は宝物庫の床から生えている。昔は普通の人間だった筈だが…
「その茨…どう言うことですか?」
「大きくなりましたねウルファス…レベルは…83?でもまだ上がるように見えるから、すぐに秘儀を行いなさいな」
「秘儀…?いえ母上様…というか貴方は…何故生きているのですか?此処に食料が在るようには…」
宝物庫の中は煌びやかな武器や金貨・宝物が沢山あるが、食料があるようには見えない。
「そうですね…12年ばかり何も食べていないので空腹です。積もる話も在りますが、まずは秘儀を行いなさいな」
「レベルアップですか…ではやらせていただきます」
そう云えばボゥギを倒してからレベルアップをしていないが上がってるんだろうか。母の要望に応えレベルアップのポーズをとる。母は満足げな表情で俺の小躍りを見届けてくれた。
「ウルファス、今の貴方の名は何と云うのですか?それは王家伝来の秘儀ではありませんね」
「今はウルファス=ベイ・リンと言います。5歳まで王都のリン家で育ち、元服するまではラグ=ベイ・ランの所で学びました。そしてこの度王都に帰参しました」
「そう…では王子として育てられたのは、矢張りアンリエットの子でしたか」
「彼は…今王都の塔に幽閉されているそうです」
サシャンセル=エクター・ロデイは目を伏せて考え込んでいる。まだそれほど彼女と話したわけではないがかなり察しが良いようである。
「そうですか。ところで貴方の父親たる王は何時死にましたか?」
「私が3歳の時に殺されました。殺したのは邪神教団です」
「ふむ…それからはアンリエットの子を傀儡にして…そして幽閉。王都を奪取したのはトマの氏族かしら」
「良く分かりますね。彼らは…今略奪の真っ最中です」
「そう、王都の人間は可哀そうだけど仕方無いわね」
意外と冷たい人だな。まぁ人の上に立つ人間とはこんなものかもしれない。
「母上様、お聞きしたいことが有るのですが」
「なにかしら?」
「その…私のことをどの程度ご存知ですか?」
「可笑しなことを聞くのね。それに答える前に聞くことが有るわ。隣に居る女は誰?」
ハレに冷たい目を向ける母は冷たい目でもやっぱり美しい。嫁姑の間に入るのには恐怖を感じるが、一応ハレをリュウから降ろして自己紹介をさせる。
「始めましてウル様のお母様。わたしはハレと言ってウル様の下人です」
「もう抱かれたの?子供は産んで無いみたいだけど」
「えっ!そ、その…ウル様には可愛がってもらってます…」
ハレは真っ赤になって答えた。俺も何か言った方が良いのだろうか?
「それにしても…ウル?王子の名前を省略するの?無礼ではなくて?」
「その…えぇっと…」
「母上様、ハレに呼びやすい様に呼ばせているのは私です。それに俺は申し訳無いのですが王子ではありません」
「そうね…もうエクターも崩壊したも同然みたいだしね。ウルファス?その子を愛しているみたいだけど、趣味が良いわね。父親と好みが似ているわ」
褒められた気がしないが、まぁ一応頭を下げて礼を云う。
「ありがとうございます母上様、ところで…先程の話の続きですが…」
「貴方が愛しい我が子だとは、貴方が入ってすぐに気付いたけど、そんな話をしたいわけでは無さそうね」
「えぇ、私はこの世に転生した人間です」
俺は育ての親にこのことを言わずに後悔した。だから後悔しない様に今話すことにした。
「異世界で死んだ男の魂が貴方の腹に宿ったのです。私の前世は地球の日本と言う所で生まれ育った中年男です。一人寂しく死んだ男の怨霊が貴方の子供の魂を奪ってこの世に生まれたのです。私が邪神教団を招き入れ王国を崩壊させたようなものです」
言葉は考える間もなく飛び出していた。自分でも何を言っているのかは良く分からない。
「ふむ…貴方を宿した日に可笑しな夢を見たのは確か、でも何故王国崩壊の責任が貴方にあるの?」
「私の意識はサシャンセル様の子宮にいた時既にあり、貴方の腹の中で言葉を覚えました。貴方が出産の日に眠った時に私は入れ替えられました。それを目撃していたにも関わらずその後も私は何もしなかった。やるべき事をしていれば或いは王国崩壊は防げた…多くの人の不幸も無かった筈です」
俺は邪神教団が恐ろしかった。それに王宮に行き自らが本当の王子だと名乗り出るのも怖かった。俺は目立たずにアンリエットの家で一生遊んで暮らそうと考えた卑怯者だ。魔術の勉強にしても騎士道にしても面白そうだからやってみようとしただけだ。地球でのゲームや漫画と同じようにこの世界を捉えていた馬鹿が俺だ。
「子供の貴方に責任が有る訳無いでしょう。恨むならバカで弱い父親を恨みなさい」
「しかし…」
「気に病んでも死人は蘇らないし時も戻らない。顔を上げなさい。それと転生ですが、そんなことは関係無く貴方は私の子です…立派になって嬉しいですよ。私が育てたかったなぁ…」
頭を上げると、母は優しい目で俺を見ていた。母親の目である。アンリエットもこんな眼で俺を見ていたことがある…脳裏に小太りの老女の顔が映ったが…誰だろうか?どことなく懐かしいが前世の親かな。
何れにせよこの人は俺の母親だ。転生について話すのが怖かったが息子と認識してくれた。それがどうしようもなく嬉しい。
「母上様、ありがとうございます胸の支えが取れました」
「そうですか…ところで貴方レベルが100になっていますね?どんな化け物を倒しましたか?聞かせてください」
「すごいんですよお母様、ウル様はお父様の仇を…」
「貴方には聞いていませんよハレさん。それと私は貴方の母親ではないのよ」
「は、はい。ごめんなさい…」
ハレは睨まれて萎縮してしまった。後で慰めてやろう。
「6日前に邪神教団の葬火のボゥギを倒しました。それ以前にもベルセ・フォリスやミツリーボアを単身で倒しました」
「邪神教団についてはどこまで知っていますか?」
「魂が魔物のようでしたが、魔物か人かも知りません。それとこの世を闇に変えるとか言ってましたね」
「そうですか目的は知っているのですね。口伝に曰く連中はシノープル皇帝の御世の頃に出現した宗教集団だと云う話です」
シノープル皇帝とはカリグス帝国の滅ぶ少し前に皇帝になった男だ。帝国が滅んだ時の皇帝がプルプルという面白い名前の皇帝で、その先代がシノープルだ。
「すると130年ほど前から居るのですか」
「我がエクター王家伝承によれば当時帝国の倉にあった聖なる武器を奪って皇帝に楯突いたとか。そして魔物を操る術を持っていた集団です。奴らが帝国全土で魔物を暴れさせ、国力を低下させ帝国の権威を貶め、後の崩壊の遠因になった連中です。この時奴らから聖なる武器を奪い、邪神教団を滅ぼしたのがガシャラムという我らの先祖です。彼はこの功でエクター王家に婿入りしました」
「我々の状況と似ていますね。尤も国は彼らに滅ぼされたも同然ですが」
「ですが…聖なる武器…いえ、神聖武器は奪われていません。ウルファス、私の頼みを聞きなさい」
無論ですと頷いて答える。散々待たせたのだから何を言われても叶える積りだ。
「アイテムボックスは当然使えますね。宝物庫の全てをそれに入れなさい」
「了解しました」
「何をしているのですかハレさん?男が動く前に動くのが女というのが我が家の伝統です」
「え、はっはい!」
2人と1匹で宝物庫の中を走り回り宝物をアイテムボックスにしまって行く。宝物庫の中はちょっとした美術館といった所だが、アイテムボックスに全ての宝が入った。矢張り俺のアイテムボックスは並のサイズでは無いのかもしれない。備蓄した食糧と予備の装備、天幕の建築資材、更に宝物庫の諸々は普通のアイテムボックスには収まらない筈だ。小1時間程で全ての宝を入れ終わった。
「終わりましたよ母上様」
「そうですか、では神聖武器スフアソラを取り出しなさい」
「どれですか?」
何せ大量に武器が有ったのでどれがどれだか分からない。
「斧であり槍であり剣でもあるものです。そんな武器はこの世に一つしかありません」
あぁハルバードのことか。この世での正式名称は知らないがあれが神聖武器か。アイテムボックスの中から長さ3m半ある斧槍を取り出す。確かに強い魔力が見えるが、それは他の宝もそうだった。これだけが特別な武器には見えないが特殊なエンチャントでもかかっているのだろうか。
「これで良いのですか」
「そうです。それこそが3つの聖なる武器を融かして作った神聖武器スフアソラです」
「何でそんなことしたのですか?3つ有った方が便利でしょうに」
「最初に剣が奪われ、その剣を用い斧が奪われ、剣と斧を用いて槍も奪われた。その教訓として武器を一つにしたのです。聖槍スフィアルドンの虐殺射程と聖剣アソラジンの切れ味と聖斧ソラドガンの城壁をも崩す破壊力を持たせた神聖武器がそれです」
納得したようなそうでも無いような感じだ。というかこれ1つ奪われただけでお終いな気がするが、その辺はどうする積りだったのだろうか。
「成る程…ところでこの武器の魔力と遜色無い武器も有りましたが…これが最強の武器なのですか?」
「矢張り魔力が見えますか、その武器は我ら一族の血を引く者にしか持てないのです。ちなみに他の武器は先祖達が収集した物なので中には神聖武器よりも強力と云う言い伝えの物もあります。しかし他の武器は強力でも奪われる危険があるので、スフアソラだけは扱えるようになりなさい」
「というと130年前の聖なる武器にはそうした機能が無かったのですか?それで奪われないように魔術をかけたのですか」
「そう云うことです。その武器は貴方以外が持とうとすると、恐ろしく重く感じ、動かす事も出来ません。並の人間が持てば立っていられず倒れてしまいます。試しにハレさんに持たせなさいな」
ハレを虐めて良いのは俺だけだと云うのに母は中々無茶を言う。とりあえずスフアソラを宝物庫の床に刺しリュウとハレに引っ張ってみさせるが、ピクリともしない。
「なるほど、しかしこういう機能があるなら奪われる心配も無いのに何故閉じ篭ったのですか?」
母が閉じ篭らなければ俺も王宮に戻りやすかったのに、まぁ今さら言ってもしょうがないが。
「王宮を掌握され、妊娠していた為に長く離宮に居た所為で、我が騎士達も地方に飛ばされたから王宮に居ても貴方を見つける手立てが無かったからよ。あのままでは遠からず命を奪われ宝物庫を私の死体を使って開けさせることになったでしょうからね。それでも我が騎士ラグが貴方を立派に育てたのだから不幸中の幸いね」
「いやはや、王子の入れ替えは我らにとっても想定外であったが、王妃に有らぬ誤解をさせて引きこもらせたのは我ら邪神教団の益となったか」
「「「!?」」」
宝物庫に新しい男の声が響いた。聞き覚えがある…この声は…
「ブカドハムラか?」
「その通りだ、王子に王妃。初めて会う筈だが、いつぞやの使い魔は貴様だったか王子。あの頃は貴様も3歳児だった筈だが、その年であれほどの使い魔を作るとはいやはや流石の才能だな」
「邪神教団の者ですか?姿を表しなさい卑怯者」
「ふむ…12年も引きこもっていた女に言われるのは癪だが、好いだろう」
母の面前にブカドハムラは姿を表した。ワープなんて使えるのかこいつは…いや、チャンスだ。ブカドハムラの魔力はボゥギに遥かに劣る…幾らなんでも少なすぎる。小動物より少ない。
とりあえずスフアソラの柄の中間を両手で持ってブカドハムラを射程に入れる為に慎重に近づく。意表をついて銀水弾をブカドハムラに放ったがすり抜けてしまった。こいつ実体では無いらしい。
「流石に聡いな王子よ。今の私は幻影だ。お前が宝物庫に入ろうとしていると報告を受け慌てて作った使い魔さ」
「馬鹿な…そんな魔術は…知らない…」
自分の姿を幻影として離れた場所に送る魔術など魔道大全にも載っていなかった。もしや独自開発された魔術だろうか。
「ふむ、真魔道大全のことは知らないか、これは重畳…」
「ウルファス、こいつは無視しなさい。貴方とはもっと話したいのですから」
「え」
「これは『幻想投影』という魔術よ。貴方を害する力など無いから安心なさい」
「はぁ…では失礼して」
前進してブカドハムラの幻影をすり抜けて母の前に立つ。
「おやおや無視ですか」
「ウルファス、貴方に伝えることが有ります…王国が滅んだ今…」
「では自己紹介も終わった事ですからエクター王国に別れを告げるとしますか」
ブカドハムラがそう言って姿を消すと激しい地震が起こった。日本での防災知識がすぐに此処から出なくてはと警戒しているが、母は床と同化している。果たして連れ出せるだろうか。
「ハレ!リュウ!こっちに来い!」
「は、はい!」
リュウはハレを咥えて自分の背に乗せてから俺の前に走ってきた。矢張り大分賢いな。
「母上様、すぐに逃げましょう。この宝物庫から急いで出なくては!」
「構いません。どの道私は死んだも同然です」
「そんな!嫌ですっ!何故私は3人も母を失わなくては…」
俺が泣きながら叫ぶと母は何かを言おうとしている。俺は彼女の話を聞き漏らさないために美貌の母に抱きつく。彼女の身体はこの世で最初に抱き上げられた日と違い、鉄のように硬く、強く抱きしめると棘か何かが刺さった。だが離す気になれない。離すと彼女ともう会えないと知っているからかもしれない。
「愛しいウルファス、貴方は行きなさい。王家にも邪神教団にも縛られず自由に生きなさい」
「母上様をお連れせずには行けません」
「真魔道大全には『緑の愛』という魔術が有り、それを使うと食べ物も水も無しで長く生きることが出来ますが、ここから離れることは出来ません。真魔道大全には貴方の知らない強力な多くの魔術が記してあります。宝物庫の中には他の偉大な書物もありましたからよく勉強しなさいね。身体にも気を付けるのですよ」
「…もう…無理なのですか…」
天井が崩れ落ちてきたので、スフアソラを片手で振るって天井の破片を薙ぎ払って、無事を確保する。宝物庫の天井には大きな穴が空いている。もはや守りの力は無くなったらしい。
「母上様、この世に産んでくれて本当にありがとうございました」
「お母様…わたしはウル様の隣にずっと居ます」
「ハレさん、ウルファスを愛し支えてあげてください。父親と同じで女好きかもしれませんが優しい子です」
「よく知っています。行きましょうウル様」
ハレに促されて母から離れる。離れる際に母は俺の左手を両手で強く握ってくれた。人間の体温を感じない体の母だが、その手は不思議と暖かく感じられた。
母の身体は全身にヒビが入って崩れつつある。
「…すまんハレ。では母上さようなら」
「さようなら、この世の誰より愛しい子。これからは星の世から貴方を見守り、愛します」
エクター王都は地震で完全に崩壊していた。その地震を意図的に起こした邪神教団の2人の男は瓦礫の街に立っていた。
「葬土のドゴよ、ご苦労だった」
「12年も地面を穴だらけにしとったんだ。簡単に崩れるデヨ」
「葬風のフローよ、王子は死んだか?」
姿無き声が答える。葬風のフローは戦闘力は持たないが、遠く離れた場所に瞬時に移動できる邪神教団の連絡役である。
「残念ながら無理だったわ。宝物庫の周りの壁も天井も吹き飛ばして脱出したわ」
「ふむ…まぁいいさ、同類を殺すのも惜しいしな」
ブカドハムラは悔しがる様子も無く、むしろ喜んだ声で口から長い舌を出して笑っている。
「同類だぁ?どう云うことだド?」
「奴は転生したそうだ。魂の永続性…我らの同類だな」
「でも敵よ」
「気にするな、強大な力を持った魂は遠からず自分本位に動き始める。奴も今は大人しいみたいだが、体が大人になれば…父親と同じく好色だそうだからな、更に父親と違い恐ろしく強いから始末に悪い。上手くすれば我らの同志になるさ」
「上手くいくかしら?」
「無論別の手も打っておく」
ブカドハムラはそう言って、幾つもの蛇の頭で出来た右腕を振るって瓦礫を吹き飛ばす。瓦礫の下には小さな少年が居た。少年は五体満足だが、泣きながら唸っている。農夫にも劣る粗末な服を着た少年がつい1週間前までは王宮で豪奢な生活をしていた王子だ。
この星も又地球と同じく諸行無常の理を持つ世界であった。そんな世の習いを知らない少年は自分に不幸が訪れるなど想像した事も無かったので、赤ん坊の様に唸るしか出来ない。
もしも腹違いの兄弟であるウルファスならば同じ状況に陥ったらどうなるか…それは2人が立場も資質も状況も全て違う人間なので神にさえも分からないことである。
「うぅ~なんでぇ~僕がこんな目に~」
「ナスナチクトなんて何に使うの?こんな小便垂れにもう利用価値なんて無いでしょ」
「その通りだド、ウルファス王子に比べりゃ虫けらとドラゴンくらいの差だド」
ブカドハムラは同志の二人の言葉を聞き流して笑っている。不気味な笑いの裏にどんな考えがあるのかはブカドハムラしか知らないことであった。




