大道は死の道なり
宴会と顔合わせの夜から一夜空けて、アサイラの天幕の前で目を覚ます。昨日説得できなかったので監視の為にこんなところで寝ていたのだ。使い魔を放ち、ハレを起こしてこっちに来るように促すと、すぐにやってきた。まぁ天幕は隣同士なので当たり前だ。
「おはようございますウル様」
「おはようハレ、今日も美しいな。筋肉痛は平気か?」
「えぇ、ウル様の魔法のお陰で平気です。体力を増やすと筋肉痛も無いんですね。ご飯はどうされますか?」
飯か、アイテムボックスの中には大量の備蓄食料があるが、村の人間──騎士・下人・村人合わせてざっと300人──と騎乗動物に飯を提供すると1ヶ月も持たない。
宴会に提供するぐらいはいいが、兵糧として当てにされても困る。能力は隠しておきたいものだ。便利な能力を持っているからと云って雑用はごめんだ。
「ハレ、俺の持っている食料は無限では無いから、ここの世話になるとしよう」
「畏まりました。それでは…ウル様のアイテムボックスのお力についても黙っていた方が良いですか?」
「そうだな…一般的な魔術師が一日にアイテムボックスから入れたり取り出せる量は100kg…いや5モラが限界と言うから、俺はその倍くらい取り出せることにするかな」
「ですがウル様?今日は輜重隊の荷物を取りに行くと聞きましたが?差し出がましいようですが、今日は功を成す機会では?アイテムボックスの中に幾らでも入るウル様は重宝されるのではないですか?」
「そうだな…まぁアイテムボックスの中にどれだけの物があるのか知っているのは俺だけだ。備蓄は少ないことにしておこう」
今日はオルガの軍勢の遺した兵糧を頂戴し、オルガ公爵を大道が通れるなら大道の向こうまで送ることになった。さてアサイラも一緒に向こうまで届ければ、肩の荷が降りるのだが。
ハレに飯を貰いに行かせると、チオが竜を1頭牽いてやってきた。
「おはようウルファス卿。昨日は実に楽しい夜だった」
「おはようございますチオ卿。初めて開いた宴会でしたが、あれで良かったのですか?」
「そうだな…もうちょっと美人の下人を雇った方が良いな。男かと思ったよ」
どうやら魔術は効き目があるようだ。あれほどの美女で尚且つ巨乳を男と間違えさせる俺の魔術はかなりのものだと思える。
「なにせついこの間まで見習いだったもので、金が無いのですよ」
実際には騎士が一生かかっても稼げ無いほどの金がアイテムボックスに入っているが、言う必要は無い。
「そうか、では騎乗動物も…あの山羊なのか?」
「えぇ老いぼれ山羊です。それも借り物ですが」
「それはイカン。この竜をあげるから乗りたまえ」
「いいんですか?」
竜は種類や年・大きさ・性別によって多少値段は前後するが、チオの牽いてきた立派な竜は最低でも金貨5枚はしそうだ。頭の高さは俺が手を伸ばして頭を撫でられるぎりぎりの高さで、鱗も赤くて綺麗なので病気もしていないらしい。小型のティラノサウルスという印象の強そうな竜だ。
「いいのさ、昨日の下手な芝居もこの為だしね。いや下手な脚本で申し訳無い」
「芝居…つまり侘びの形で貰い受けることになるのですか?」
「まぁね。ただ渡すと同じ氏族という間柄だから色々言われるかもしれない。さっ乗ってみてくれ」
「ありがたくいただきます。このお礼は必ずや」
頭を下げて、チオの牽いてきた竜の頭を撫でようとすると、竜は大きく鋭い牙の生えた口を開き、俺の手を噛もうとする。噛まれても困るので、右手で頭を掴み、頭を下げさせ竜の目線を俺の下にする。これも竜に言うことを聞かせる方法だ。
チオも既に口縄から手を離している。俺に竜の所有権が移ったと竜自身に思わせる為だ。
「活きが良いな。実に良い竜ですね」
「そうだろう?気に入ったかい?」
「勿論です。どういう血統ですか?」
「ラグが王妃様から拝領したリュウヒの息子だよ」
なるほど奇妙な縁を感じる。しっかりと竜と目を合わせる。竜は不自由から脱却する為に、走って逃げるという行為を選ばずに、俺の手を振り解くために懸命に力を入れている。
俺と竜の力比べはハレが飯を持ってきてからも続いたので、ちょっと腹が空いた。結局1時間くらいでようやく竜は音を上げたらしく、地面に伏せた。鞍も鐙も無いが、竜にまたがるのに本来そういう道具は要らないのだ。まぁ領地持ちの騎士は大抵鞍か鎧を竜に着けるが、別に俺には要らない。
竜に乗り、竜を立たせる。中々の景色だ。
「良く似合っているよウルファス卿。いや見事な調教だ。その竜は君にこそ相応しい」
「ありがとうございますチオ卿。ところでリュウヒの息子に名前はあるのですか」
「無いな。君が付けてくれ」
ふむ…リュウヒの息子だから…リュウビは拙いな、もし劉備を知っている人間に聞かれたら…そう言えば俺の他に転生した人間と云うのは要るんだろうか?まぁそれはさて置き、リュウビに乗るのはなんか尻の座りが悪くなるので…リュウキ…これもなんか…リュウホウ…リュウって色々使われてるなー
「リュウというのはどうだろうか?」
結局シンプルが一番である。リュウは嬉しそうに頷いている。アラ種は殆ど鳴かないので、こうやって意思を表すのだ。
「うむ、リュウは良い名だと思うよ」
「チオ卿、このお礼は後日改めて必ず伺います」
「何、気にしないでくれ。人に聞かれたらこの竜は宴の返礼に差し上げたと言っておくからね」
そう言ってチオは去っていく。気前の良い男だ。お礼は何にしようかな。こういうお礼って本当悩むな。リュウから降りて、ハレの元に行く。
「竜に乗った姿も格好いいです…ウル様はやっぱり最高です…」
夢見るような瞳のハレから貧相なパンと水のスープを受け取る。
「ふ~むまたこんなのか。村の人間はどんな物を食っていた?」
「水だけでした…とても可哀そうな食事でした…」
騎士がこれなら村人も水だけか、何とかしないと拙いな。パンとスープを一瞬で完食し、鎧に着替える。昨日着ていたのは使い物にならなくなったので、ラグの最期に着ていた鎧を纏う。サイズは少しだけ大きいくらいか…ラグは160cmくらいの小兵だったが、昔はもっと大きかったらしい。その最期の鎧が俺に着れる様なサイズになるということは、気付かないだけで俺も少しづつ大きくはなっているらしい。
鎧と盾とラグの使っていたランスを装備して、リュウに乗ろうとしたが、リュウは首を横に一定のリズムで振っている。確かこの動作は腹が減っているというサインだ。どうやらかなり調教されているらしい。
アイテムボックスから竜の食い物である赤い長虫を取り出し、手の平に置きリュウに食べさせる。リュウは臭いを嗅ぎ、一度首を縦に振ってから食べ始めた。本当に良く調教されているな、人間より上等かもしれない。
騎乗動物である竜は、雑食で何でも食う。食う物によっては大人しくなったり凶暴になったりするそうだ。赤い長虫は戦に必要な凶暴性と乗る為の従順さの両方を引き出せる食べ物らしい。
山で備蓄して置いてよかったな。あと10年分は虫がある…アイテムボックスの中には死体が一杯在るんだよな…あんまり想像したくない光景だ。
アイテムボックスの中は時が進まないので、実質虫は死にたてなので、活きが良く微妙に蠢いている。リュウも気に入ったようだ。
今度こそリュウに乗って、村の外に出る。既に何人か集まっていたので、挨拶をして回る。どうやら昨日の宴会は成功だったらしく、俺の名前を覚えてくれたらしい。やはり何事も挨拶が肝心である。
「あれが大道か…だがあの魔物の数…」
セッドは山に開いた大穴と空を行く魔物に驚いている。空を飛ぶ羽毛の生えていない魔物は、ボターの村を襲った鬼達と同様に集団行動をしており、奇妙な編隊飛行をしている。地上3mほどの高さを全く同じコースで何度も往復している。しかも魔物は横並びに50体は飛んでいる。
俺達は輜重隊の遺した物を頂戴するために最初はザカリオンを目指したが、ザカリオンはまだ燃えていたので断念し、大道の方にやってきたのだ。ちなみに俺は今日ハレを連れてきてはいない、リュウは女を乗せたく無いらしい。まぁ竜とはそんなものだ。戦場に行く者しか乗せないのだ。
大道の前の道路には目論見どおり馬車の残骸と兵糧が散らばっていた。まぁ死体も在ったがそれは想定内だ。
「あれはライノコンドルかな」「それもあんなに沢山飛んでるとは」「一杯飛んでんなー始めてみたよ」「弓持ってきてよかったー」
皆余裕だな。エクター騎士は豪壮というが、単にバカなだけかもしれない。セッドが俺に話しかけてきた。
「ウルファス卿、昨日の宴会は実に楽しかったな」
「何、卿の宴会芸のお陰だ。松明をあんな風に扱えるのは卿くらいだ」
「ふっまだ俺は九十九の芸を残しているぞ。それはさて置き。昨日の話しを確かめてみてくれ」
了解したと答えて頷き。弓を取り出して、飛んでいるライノコンドルに矢を放つ。蜥蜴の頭と鷲の体を持った不気味な飛行をする魔物を一匹落とした。那須与一の気分である。
「お見事」「命点当射か、良い腕だ」「卿ら、感心している場合か?ライノコンドルどもはやはり反応が無いぞ」
「ふむ、では皆射ちまくれ」
セッドの号令で矢を放ち、皆でライノコンドルを撃っていく。俺も負けじと矢を放ち、30分もしない内に50頭…羽?蜥蜴と鳥のどっち分類なんだろうか?飛んでるから1羽2羽なんだろうか?
「どうやら全ての魔物を倒したようだな、ではウルファス卿。魂の浄化をお願いする」
セッドに了解と答え、魂を浄化して金に変換する。ライノコンドルは1つあたり銀貨90枚になった。人間の通貨基準で云う金貨0,9枚といったところか。
周りを見やると、騎士は魔物を解体し、下人達が兵糧を積んだ馬車を生身で牽いている。大変な仕事だな。恐らく村に帰って4つ脚の竜脚類の家畜でも連れて来るんだろうが、生身でここから村まで牽くのは大変な作業だ。
恐らく馬車は300kgはあるはずだから2~3人で牽くのはかなりきついだろうな。本当に魔術を身に付けておいて良かった。ただ呪文を唱えるだけでいい仕事…実に素晴らしい。まぁ終わったら魔物の解体と馬車の輸送と仕事は山ほどあるのだが。
セッドが話しかけてきた。
「ウルファス卿、魂の浄化が終わったら魔物の解体を手伝ってくれ」
「了解した。何、浄化などすぐに終わるからすぐに手伝うよ」
「お願いするよ。卿はライノコンドルを食ったことは?」
「いいや、どんな味なんだ」
「隙の無い味だ。旨いぞ、今夜も宴会を楽しもうではないか」
「残りの芸も披露してくれるかな?」
「無論だ。卿は今夜幻を見る…」
幻…一体何する気なんだろうか?




