宴会には多くの騎士が居た
ザカリオンから30kmほどの小さな村には全身に鎧を着た騎士が集結している。なんとも不思議な光景だ。村なのに野良着の人間より鎧装束の方が多いとは。
「我はオルガ公爵ザノビアなり。名はザノビア=ディナス・オルガ・ガッバロン・オルガなり」
「おぉ、いと尊い血筋の公爵よ。我はトマの氏族の長、セルッド=トマ・ケロなり」
篝火を焚いた村の広場では、村の中で一番高そうな鎧を着た2人がそれぞれ地位に相応しい椅子に座って話し合っている。俺は特にやる事も無いので、融けて変形した兜・鎧を剥がしている。俺の握力は天井に張り付いて小1時間くらいぶら下がれる死刑囚位あるので問題無く元鎧を剥がせるが、実に勿体無い。融かして鏃にでもしようかな。アンリエットがこの鎧を買ってくれた時に言った言葉を思い出す。
『愛しいウルファス。この鎧は今は大きいですが、すぐに馴染みます。そして貴方はこの鎧が似合わなくなるほど立派に成長します』
結局完全に鎧が馴染む前に鎧は鎧の体を成さなくなってしまった。諸行無常、この世に永遠の物など無いのだ。まぁ俺の魂…若しくは意識は地球から連続しているので、或いは意識だけは永遠に続くのかもしれない。日本人以前の前世も記憶に無いだけで在ったのかもしれないと今になって感じる。
「ウル様?手伝わなくてもよろしいのですか?」
「構わん、もう終わった。それより飯を貰ってきたか」
「えぇ…ですがこれしか貰えませんでした」
「ふむ…まぁ仕方ないさ」
ハレの持ってきた椀には水みたいなスープがちょっぴり入っている。ハレの持っているパンも綿かホコリみたいな印象のパン?だ。よっぽど貧しい村なんだろう。それか頭数が多いから分配が少ないのかもしれない。そういえばオルガの軍には兵糧を積んだ輜重隊も居たはずだが、あの食料はどうなったんだろうか。まさかザカリオンで全て燃えたなんて事も無さそうだが。
飯はすぐに食い終わったので、アイテムボックスから予備の盾を取り出す。盾は以前使っていたのと同じものだが無地なので、地面に置いてから、筆と染料を使ってベイ・リンの紋章を描く。エクター平原に生息するハスタティという青い鳥の図案を描く練習は、ラグによく宿題に出されたので寸分の狂いも無く描ける。俺は絵描きの才能もあるらしく、まるでコピー機で印刷したかのような美しい鳥が盾に描けた。老後は絵描きも悪く無いかもな。
王子という境遇は俺に多くの幸運と不運をくれたのだと実感する。血筋からは強靭な肉体とあらゆる術理を習得できる才能を貰った…だが実の親とは殆ど会ったことが無く、育ての親はもう居ない。さて、俺は不幸なのか幸福なのかどっちなのやら。
そんな下らないことを考えていると、一人の騎士が近寄ってきた。アサイラでもセッドでもない。盾の図案から云ってベイの氏族…親戚だが、当然血は繋がっていない。俺にとってどう対応して良いのか分からないタイプの人間である。
まぁ何事もやってみろだ。立ち上がって挨拶をする。
「私はウルファス=ベイ・リンだ。壮年の騎士よ、貴方はどう云うお方かな」
「やはり、ラグ=ベイ・ランの言っていた龍童か。流石に才気全身に満ちている。一目でわかったよ…私はチオ=ベイ・ロンだ。君とは遠い親類だ」
チオ=ベイ・ロンはそう言って兜と面頬を脱ぎ脇に抱えた。彼はどことなくラグに似た壮年の騎士だ。短い髪は薄い茶色で虹彩も茶、身長は170強といったところか。
「ラグをご存知なのですか?」
「当代におけるベイの氏族最強の男だからね、私も昔は鍛えられたよ。君のことは手紙で知ったが、ラグを手厚く葬ってくれたことに礼を言わせてくれ。本当にありがとうございました」
そう言って頭を下げてくれた壮年の男の頭頂部は少し薄くなっていた。どうやらラグの山小屋に行って墓を確認したらしい。だが俺は礼を言われるような筋合いではない。頭を下げるのはこっちのほうだ。
「いえ…私は卿の存在さえ知らなかった不義の男です。貴方にも氏族の誰にも知らせなかったのだから…」
「それについては仕方ない。ベイの氏族は各地に散り、連絡など取りようが無い。卿は充分なことをしてくれた。顔を上げてくれ。上げてくれないと私も頭を下げたまま、みっともないハゲ頭を何時までも見せる羽目になるからね。ははっ」
そう言われては上げるしか無い。
「立ち話もなんですから座って話しますか?酒もありますよ」
アイテムボックスから簡素な椅子2脚と小さいテーブルを取り出し、ハレに杯と酒瓶を渡し、つまみの干し肉をテーブルに置く。
「魔術か、かなりの腕だな」
チオに椅子を引いて座るように促すとゆったりとした様子で座った。所作から武芸の熟練者だと分かる。基本的に騎士の鎧は騎乗できるように尻の所に鎧部分が無いので椅子に座るのに不自由しない。
野外だがチオに上座に座ってもらう。これも作法だ。野外でも上座があるのだ。俺もハレに椅子を引いて貰って座る。
ハレに酒をついで貰ってから2人で杯を掲げる。乾杯の音頭はもてなし役の俺が取るものだ。
「では…ラグ=ベイ・ランに献杯」
「そして我ら氏族に乾杯」
杯を合わせる。杯は陶器できているので、チーンという音を立てた。杯に満たされているのは葡萄酒のようなものだ。山に生えた葡萄っぽい物を使って作った自家製のどぶろくだが、味は良い筈だ。俺には酒造りの才能まであるのだ。我ながら万能の天才すぎるが、前世の知識や生来の性分か余り調子に乗れないのは良いことなのか悪いことなのやら。
先に飲まないのは作法に反するので一口飲む。う~む爽やかな味だ。飲み口もいい。また今度作ろう。チオも美味そうに飲んでいるので口に合ったらしい。
「酒造りもラグに教わったのかな?」
「えぇ、よく宿題に出されました」
「あの人も酒好きだったからな。まぁその割には60まで生きたんだから大往生だよ」
この辺りの平均寿命は正確に調査されたわけではないが、まぁ60まで生きれば立派なものだと思われるみたいだ。普通は50までには死ぬものらしい。まぁ赤ん坊もよく死ぬらしいので平均寿命は恐らく30~40くらいだろう。
杯を空けたので、ハレに注がせる。おつまみの干し肉もつまむが、あんまり良くない味だ。どうも俺は料理の才能だけは余り無いらしい。チオも干し肉をつまんでいるが、酒ほどには気に召さなかったようだ。
「干し肉も自家製かな?」
「えぇ狢の干し肉です」
「ふむ…干し肉作りにも明暗があるんだな。旨いよこれ」
「気に入っていただけて良かった。どうぞお構いなく召し上がってください」
チオは酒・干し肉・酒・干し肉と、良いペースで食って飲んでいる。ハレに新しい酒瓶を渡す。意外と遠慮の無い男だ。
談笑していると、ザカリオンで出会った騎士セッドが自前の椅子を下人に持たせてやってきた。チオの隣に座り、俺に話しかけてきた。
「ウルファス卿、さっきあんたの言っていた大道を見に行かせた奴が帰ってきたんだが…」
「もしかして埋まってたかな」
拙いな、また嘘つきだと思われてしまう。俺は一応ベイ・リン、つまりベイの氏族の家長の家柄だ。俺が嘘をついていると思われると非常に拙い。他の人間まで軽く見られてしまう。
「いや確かに大穴はあった。あったんだが…」
「もしや魔物でもいたのか?」
「そうだ、空飛ぶ魔物…暗かったんで種類が何だったのかは分からなかったらしいが、そいつらに逃げたオルガの兵隊の死体も食われていたらしい。しかも飛ぶ魔物は数え切れないほどいたそうだ」
嘘つきだとは思われずに済んだようだ。ハレに指図してセッドにも酒を注がせる。
だがまた集団の魔物か…そして他のオルガの生き残りも死んでしまっていたか、この村にはオルガ公爵とアサイラしかオルガの騎士は居ないので、恐らく完全に全滅したらしい。
「集団の魔物か、オルガにも居たが、こっちではそう言う情報は?」
「聞かないな、チオ卿はご存知か?」
「8年前にソラヴェイン王国を攻める時にゴブリンの群れがいたが…あれは元々魔物には珍しく集団で活動するから関係無いか。他には…ここ3年王都の周辺で魔物の活動が活発になったという噂はあった。ところでオルガに居たのはどんな魔物の集団なのですか?ウルファス卿」
「俺が見たのはトロルの集団とオウガの集団だ。それぞれボターの村と言う所を襲ってきた」
「ふむ…共通点は鬼種…だが大穴の辺りに居たのは鳥種か飛行蜥蜴だろう…う~ん一体何が起こっているんだ?」
セッドは腕を組んで唸っている。2人と酒を酌み交わしつつ会話をしていると、また新顔の騎士がやってきた。しかも今度は5人も居る。つまみを新しく用意しなくては気が利かない奴だと思われてしまうが、干し肉ばかりというのも芸が無い。
「ウルファス卿」
「なにかなチオ卿」
チオが立ち上がって耳打ちしてくる。オッサンにそんなことされても嬉しく無い。
「アイテムボックスに生肉はあるかな」
「えぇベルセ・フォリスとミツリーボアがありますが」
「どうだろうか、熊の方を丸焼きにして食うというのは?」
「別に構いませんが…火を使う許可は?」
「私の下人にやらせるよ。ウルファス、貴方はエクター騎士か?」
「そうですが、それがなにか?」
「わたしに協力させて欲しい。この場にはトマの氏族の跡継ぎが居るから先々役に立つ」
頷いてアイテムボックスからベルセ・フォリスの脚の肉を一部取り出して、小さなテーブルの上に置く。脚の一部とはいえかなりでかい。具体的に言うと鮪一本位のサイズだ。テーブルから溢れているがまぁ倒れないだろう。
「これはオルガ公国ラスナ男爵領の森の主ベルセ・フォリスの肉だ」
「おお!なんと!」「かの巨熊の肉か」「流石はラグ=ベイ・ランの秘蔵の龍童だ。それほどの魔物を倒すとは」「気が利くな、あれっぽちの飯では腹が膨れない」
「これを宴席に供えたいのだが、今の私はオルガの陣営の者。誰か火を貸していただきたい」
サッドが手を上げて笑顔で涎を垂らしながら俺に問いかける。
「ウルファス卿、その肉を頂いても良いのかな?」
「もちろんだ。今日はザカリオンで不幸もあったが、その弔いも兼ねてどうだろうか」
「いやいやウルファス卿。同じ氏族として言わせてもらうが、それほどの肉はこんな凶日に供えるべきではない」
チオは一芝居打つつもりらしい。まぁ年食って経験豊富みたいだから調子を合わせるとしよう。
「ふむ…確かに今日は大勢死んだ訳だし、我らだけ良い思いをするのは違うかもな」
「その通り。そんな肉は贅沢です。先導者として言わせていただくが騎士は清貧を持って礼を成すものです。さっ、そんなものはしまって下さい」
「いやいやチオ卿、それは違うでしょう」
「なにかなセッド卿?」
「近頃我らは実に清貧に暮らしていた。偶には肉も食わなくては騎士にとって最も重要な武が養えない。それにオルガ公爵と協力してエクター王都に物申す為にも今夜は英気を養うべき夜だ」
「だがこんな肉は贅沢です」
「しかしな、カリグス帝国の故事には食べるべき時に食べぬ者は餓えて死ぬと云う話がある。あれは…確かエクターの祖の話だったかな?我らは皆エクターの世話になった者の末裔、どうだろうエクターへの忠義を示す為にもこの肉で英気を養おうではないか」
「ふむ…セッド卿の云うエクター・ガシャラムの故事にも一理ある。では…セッド卿。卿はこの肉を食べてもよろしい日だと?」
「もちろんだ。皆もそう思うだろう?」
他の騎士達も涎を垂らして頷いた。俺は頷く立場でもないが、腹減ってきたので頷きたい。
「ふむ…ウルファス卿すまなかった。どうも余計な気を回してしまった」
「いえチオ卿、年長者の言葉には含蓄があります。これからもご指導願います」
「そう言って頂けると助かる。どうだろう?礼も兼ねて私の下人に焼かせてもらえないだろうか?」
頷いて、チオの下人に肉を渡す。しかし一体何の意味があったのやら、俺が肉を供えるのは当たり前のことで、断られる事もなかっただろう。一体何のためにやったのだろう。
酒宴は馬鹿でかい熊の肉が料理されると、一層騎士達が集まってきた。俺は一人一人挨拶を交わし、夜は更けていった。
宴会も終わったので、事前に建てておいた天幕の中で休むことにした。
「良く頑張ったなハレ」
酒を注いで回っていたハレを褒めてやる。一体今夜どのくらいの酒を注いだのだろうか。
「ありがとうございますウル様。そう言えばお聞きしたかったのですが」
「何だ?」
「例の魔法…身体の力を増やす魔法と顔を変える魔法はどのくらい効き目があるのですか?」
「そうだな…強化呪文は丸一日つまり24時間だ。顔を変える方は1週間だな。どっちも切れたらまたかけてやる」
「顔を変えるほうは168時間持つんですね。分かりました」
ちょっと驚いた。暗算得意なんだな。そう言えば安産型だしな。尻を撫でながらお休みと言って、天幕を出る。別に俺とハレは一緒に寝るのだが、床に入る前にちょっとやることがある。
アサイラの天幕の前に行き、彼女が出てくるのを待つ。使い魔の情報通り彼女は剣を持って出てきた。
「物騒なことはお止めなさい」
「ウ、ウルファス!?何故ここに…」
「魔術で知ったのです。トマの長を殺すなんて止めなさい。殺されますよ」
「私はオルガの人間です!」
「知ってますよ。公爵の為にもおやめなさい。トマの長を殺しても公爵が王都攻めの中心にはなれないよ」
「そんなことは無いっ!」
「それにあんたが仮に無事トマの長を殺してバレなくてもオルガの陣営の人間は殺される。他にトマの長を殺す奴も居ないからな」
「黙れっ!これは公爵の為にも…」
「もう面倒臭いな」
そう言って彼女の後ろに回り、首を絞めて落とす。アサイラの方が若干背が高いが、実力が大分違うのでアサイラは何が起こったのかもわからないうちに気絶したことだろう。
「ゲロ拭きに…今回のこれ…とんだ女のお守りを引き受けちまったな…さてこれからどうなることやら」




