パイみたいに焼けた街
ザカリオンの街の中に入ると、死体だらけな上に街のいたるところから火の手が上がっていた。生き残っている人間の気配が無いのがなんとも奇妙である。辺りには人間の焼けた臭いが漂い、ちょっとした火葬場だ…火葬場…何だか胸が痛くなるが、何故だろうか。
「ハレ、生きている人間は見えるか?」
「いいえウル様、でも家の中に逃げ遅れた人がいるかも…」
「ウボゲェッ!」
アサイラはボゥギと違い茶色いゲロを吐いた。アサイラにはそそらないが、鎧姿の女が兜の隙間からゲロを零していることに興奮する人間もいるのだろうか?俺はそういう趣味が無いので、ただ面倒だなと感じた。
とりあえず馬からアサイラを降ろし、兜を脱がせてアイテムボックスから水筒と清潔な布を取り出して顔を洗って介抱してやる。
「大丈夫かねアサイラ卿」
「お前…正気なのっ!こんな…死体だらけの街でなんで平気な顔ができるのよっ!」
「敵が居るかも知れませんからね。警戒する為にも心を引き締めないといかんのです。貴方を守るとボター卿と約束したので」
そう告げてハレに介抱を代わってもらう。そういえば俺の兜・鎧も後で脱がなくてはならないのだが、融けて変形してしまったので果たして脱げるのだろうか?
とりあえずそのことは後で考えるとして使い魔を放つ。使い魔は空からザカリオンの鳥瞰風景を見せてくれたが、動いている人間は居ないようだ。だが、街の外から騎士の一団がやってきたことを教えてくれた。騎士の一団に使い魔を接近させたが、どうやら旗や装備・騎乗動物から云って応援のオルガの騎士ではない。
彼らが乗っているのは、アラという竜の一種である。アラは地球で云う獣脚類風の生き物で、二本脚で縦横無尽に平原を駆ける騎乗動物だ。二本脚だからといって馬より遅いわけではなく、むしろ小回りと加速は馬よりも利く。馬はアラよりも最高速が早く長距離を行くにはいいが、戦闘に使う動物としては臆病で竜種には戦闘面で遠く及ばない生き物だ。馬に乗るのは太った貴族で竜を乗りこなすのが剛健な騎士というのがエクター騎士の信条だ。
人竜一体こそがこの世で最上の騎士の姿だという考えを持つ者は騎士・平民問わず大勢居る。だが竜は気性が激しく、力を認めない場合は乗った人間を食い殺す生き物だから扱いが難しい。
街に迫る騎士の一団は竜に乗っていることから、強い騎士だと分かる。さてどうしようかな?迎え入れるにしても俺は攻め入ってきた立場の人間だ。オルガの軍団は崩壊しているが、エクターの騎士と思われる人間と向かい合うには不安を感じる。
使い魔を霧散させ、彼らを迎え入れる準備をしようと思った矢先に、街の門の方から1人の騎士がやってきた。斥候にしては良い装備だ。
こういう時はこちらから挨拶するのは筋というものだが、さて何と言うべきだろうか?俺の素性を話すと余計な心配を抱えることになる。まぁ侵攻してきたら敗北したと正直に言うとしよう。もし戦闘になったら…まぁ別に逃げても良いのだ。
門の方からやってくる騎士をザカリオンのメインストりートで待つ。兜は脱ごうとしても脱げないが仕方ない。
騎士は兜にも飾りが在り領地持ちの騎士だと判別できた。盾の紋章から云って以前倒した山賊騎士と同じ氏族の人間だ。山賊とは紋章の図案がちょっと違うから近い親戚では無さそうだが、因縁があるのは確かだ。精々気を付けなくては。近寄ってきた騎士に対して挨拶をする。
「そこを行くのは聖なる武器で拓かれたエクター王国の騎士か?私は聖なる森のオルガ公国はボター境督騎士の下で禄を貰うウルファス=ベイ・リンだ」
騎士は竜から降りてフルフェイスの板金兜を慣れた手つきで脱ぐ。騎士の背丈は180cm程で、良い体をした男だ。足がかなり太いので徒歩でも相当強い筈だ。髪の色はエクターの人間にはそう珍しく無い茶色で虹彩の色も茶だ。顔もまぁ普通の好青年っぽい顔だ。平均的なエクター騎士を思い浮かべろと言われたら恐らくこんな男を思い浮かべるのが殆どだろう。
「礼儀を弁えた騎士にお会いできて幸運だ。我が名はセッド=トマ・ケロなり」
「礼儀を弁えてなど居ないのだセッド卿よ。私は兜も取らない無礼者だ」
「いやいや兜も鎧も脱げないほど融けて変形している。さぞ勇敢に戦われたのだろう。その姿こそ騎士の姿」
「卿こそ素晴らしき竜騎乗術だ。私こそ卿のようなエクター騎士の鑑と思える騎士にお会いできて幸運だ」
互いに定型的な褒め合いをするが、セッドは何時でも剣を抜ける体勢である。俺も何時でも女達を抱えて逃げ出せるように警戒を怠らない。セッドが口を開く。少し乱暴な口調だが、まぁこんな街では気が荒くなるのも当然だ。
「儀礼的な会話はこのくらいで良いな?」
「あぁ、何せ緊急時だ。分かることなら何でも答えるよ」
「オルガに逃げた騎士にしては腹が据わってるな。で?この街をこんなにしたのは何処のどいつだ?」
「攻め入ったのはオルガ公爵の軍勢だ。どの位生き残ったのかは知らん。公爵の軍を撃退したのは邪神教団の葬火のボゥギだ」
「邪神教団だと…?奴らは御伽噺の存在だ」
そうなのか、普通に知らんかった。俺はあまり絵本の類は読まなかったのがここにきて響いたか。
「さっきまで街の中で火を吹いて暴れていた2つ頭を持った化けもんだ。何か知らんか?」
「知らんな…だがその鎧の様子から言ってそいつと戦ったのか?」
「あぁ俺が倒したが信じるか?」
ちなみに奴の魂は金貨100枚になった。やはり奴は魔物だったのだろう。人間や動物の魂はすぐに天に昇るので金・銀・銅貨には変換出来ないが、長い年月を生きた人間や野生動物は魔力を持つようになり魔物となるという俗説もあるので、奴らは元人間かもしれない。
この金で新しい鎧を誂えることにしよう。今の背丈に合う鎧など金の無駄かもしれないが、最強を倒せたんだから他の連中も今の実力で倒せるのだから今作っても良いだろう。まぁ鎧を造れる街がこの先に在るのかは謎だが。
「とりあえず信じるかな…レベルが高すぎるのが気になるが…年幾つだ?」
「12才だ」
「やっぱ信じられんな」
「そうか、まぁいい。あんたらは何者だ?」
「ら?外にいる連中に気付いたか」
「若くてもレベルが高いからな」
「魔術も使えるみたいだしな、それで分かったのか?益々邪神教団を倒したなんて信じられんな。何かの魔術で自分の鎧を融かして戦ったように見せたのか?」
俺の職業若しくは業種が分かるのか。便利だなー俺も見えたら良いのに。それにしても俺はどうやら仲間を見捨てて逃げて戦いが終わってから、戦ったように鎧を偽装してから街に入ったと思われているようだ。中々合理的である。
「質問に答えてくれ。卿達はこの街の騎士か?」
俺の知識によればトマの氏族はガラル山脈の麓の辺りにある街を治めている一族だが、7年前ザカリオンを治めてたのはハゴスという氏族の長だった筈だ。まさか敵対する氏族なので略奪に来たんだろうか?
「いや、多分お前と同じ追い出され組だ。俺達は昔はもっと北の領地を治めていた一族だ」
「領地を取り上げられたのか?」
「そうだ、近くの村で英気を養っていたらザカリオンに火の手が見えたんで押しかけたのさ」
「どう言う理由で取り上げられたんだ?」
略奪の類が理由なら、女達を連れてさっさと逃げるとしよう。
「今の王子は大臣の傀儡だ。俺の一族は大臣の不興を買ってしまって追い出されたのさ」
「ふむ…この街の住人の居所を知っているか?」
この街に以前立ち寄ったのはもう7年ほど前だが、その時は住人が居たのだが…使い魔達で一通り街を見渡したが、死んでいるのはオルガの兵隊だけだ。エクターの兵士も街の人も居ない辺りどうも奇妙だ。
「いや…俺達は街には立ち入らなかった。あくまでも追放された騎士だからな。だから街がどうなっていたのかも知らないが、一部の住人は売られる所を助け出して近在の村に匿っている。まさか…全員売られたのか?」
「分からん…俺も7年ぶりにこの街に来た。それに俺は軍団の最後尾だった。状況ははっきりとは知らないが…山の向こうにオルガの軍勢が、まだいくらかは残っているから攻めて来るかもな」
「お前山を越えたのか?」
「俺は元服するまでは山のこっち側で修業していた。オルガで騎士修業をする為に山を越えたが今回は…驚くなよ?」
「今更驚くかよ」
「オルガは大道を復活させた。俺はそれを通ってきた」
セッドは実に驚いている。大道とはそれほど凄いものなのだ。何せ長さ50km近いトンネルだ。地球にも中々無いのでは無かろうか?まぁ俺は地球のトンネルの長さに関する知識など無いのでもしかしたら地球では平均的なトンネルなのかもしれない。
「セッド卿よ、卿とお仲間で街の消火は出来るかな?」
「いや、とても無理だ。雨を待つしか無い…だが大道だと?本当なのか?」
「山に穴が開いているから後で案内するよ。もしかしたら崩れてるかもしれんが。それよりも街の外に出よう。火の手が強くなってきた気がする。長居は無用だ」
暗くなるにつれ、風が強くなってきた様に思えるが、その所為で火が更に燃え盛っている。ハレの元に戻り、アサイラを馬に乗せ、ハレを老いぼれた山羊に乗せる。山羊も馬も火に怯えているので、まともに走るのは難しいが、俺の腕なら問題ないが…問題はアサイラだ。仕方無いので馬と山羊の口取り縄を牽く。騎士が従者の乗った山羊を引くのがおかしいと思ったのか、ハレは山羊から降りた。別に乗ってても良いのだが。
「お~い待ってくれぇ~」
後ろの方から情けない声が聞こえたので振り向くとそこにはボロボロで血まみれの鎧の男が走ってきた。
アサイラが喜びを含んだ声で走ってきた男に言葉を返す。
「オルガ公爵っ!?ご無事だったのですね!」




