葬火のボゥギ
「どうやら斥候だか先遣隊は全滅したようだな」
使い魔達は充分な情報を集めてくれたので霧散させる。葬火のボゥギを倒す為のシミュレーション…シュミレーション?どっちだったかな、まぁどっちでもいいがイメトレは充分してあるので、ハレと一緒に山羊から降りて、アイテムボックスから必要な物を取り出し、ザカリオンに向かう準備を整える。
慌てた様子でアサイラが話しかけてきた。
「斥候じゃないですよウルファスっ!ザカリオンはどうなったのですか!?公爵は…?」
「簡単に言うと街の門から進入に成功したオルガの軍勢は街の中央広場でドラゴンの頭を備えた化け物に焼かれています。遠からず全滅するでしょう」
「なっ!?」
驚きたいのはこっちだ。公爵の居る本隊が壊滅したなどとは流石に思わなかった。というか俺達は軍団の最後尾だったのか。普通はこういう役割は手錬の騎士がやるものだが。
しかし情けないことだ。斥候くらい居なかったんだろうか?軍学書には『戦において情報と兵站を欠かすことはならん』と、書いてあったというのに。
それとも敵があまりにも上手で、策が決まったのだろうか?それにしても間抜けなことだ。街の外に待機している兵士も居ないので街に入った兵士は逃げだせた者も無く全滅するとは…孔明でもこんなに上手く策が決まらんと思うが、意外と邪神教団は策士なんだろうか?まぁ大事なのは武力でも知力でもなく時の運だ。孔明も魏には勝てなかった、だが魏も晋に負けた。重要なのは最後に勝つことだ。俺は劉備でも曹操でも孫権でもなく劉邦を目指すのだ。10回、20回負けても最後に勝つのだ。
「俺はこれからザカリオンに向かうが…アサイラ卿はどうする?」
「ど、どうするって…どうすれば良いのですか?」
「普通は上司に報告しますね」
報告・連絡・相談はこの世においても重要だ。大道のオルガ側の出口にはガウラード将軍も居るだろう。
「報告と言ったってガウラードおじ様は本隊に…」
「…ならここで俺の従者を守っていてくれますか?俺はザカリオンの化け物を殺しに行くので後を頼みます」
そう言ってザカリオンに向けて歩みを進める。走れば20分もかからない距離だがゆっくり行く。何故かハレもアサイラもついでに山羊もついてくる。
「ハレ、俺と一緒に死に場所に行くか」
ハレは笑顔で頷いた。この覚悟に応えるには戦って生き延びることだと気持ちを引き締める。本当に良い女だ。
ハレに山羊に乗るように促すが、乗る気は無いらしい。
そのままゆっくりとだが確かな足取りで城塞都市ザカリオンに進む。ザカリオンは城壁に囲まれた街だ。街の中に川が通っているので昔そこで洗濯をした事を思い出す。ザカリオンはラグの山小屋に向かう途中で立ち寄った最後の街だ。王都ほどではないがあの頃は中々栄えていた。そういえばあの街でのステーキがアンリエットとした最後の食事だったと思い出す。肉の味も母の疲れた笑顔も鮮明に思い出せる。思い出は俺の心に勇気をもたらした。
街の門の近くに辿りつくと、開いた門の向こうには初めて見た時と同じ赤いローブを着たボゥギが佇んでいた。10年以上同じ服を着ているのか…物持ちの良い奴だ。まぁ3mの人間の服を一々仕立てるのは金が掛かるのかもしれない。もしかすると一張羅ではなく同じローブが一杯あるのかもな。
「ハレ、アサイラ卿。ここで待ってろ。足手まといだ。俺はあいつを殺してくるから待ってろ」
「どうぞ本懐を遂げてくださいウル様」
「ウ、ウルファス卿、助勢を…」
「手出し無用に願う。奴は親の仇だ」
ハレと怯えたアサイラを安全な位置に待機させて一人で歩みを進め、ボゥギの手前100mほどの距離に立つ。奴の火焔の息の到達射程距離は500mはあるはずだが、俺を攻撃する様子は無かった。兜と面頬を脱ぎ脇に抱える。
遠くに佇む宿敵ボゥギに冷静に努めて良く通るように問いかける。
「邪神教団の葬火のボゥギだな」
「ワレを知っているのか」
「俺の親父…エクターの先王を殺し、国を乱したのはお前達か?」
ボゥギはなにやら震えている。頭が二つも有るが、正面の顔は髭面の人間のものだが表情は無いので何を考えているのかは伺いしれない。震えの原因は笑いか怒りのどちらかだろうとは思う。まさか感動の再会という間柄でも無い。
「その黄金の瞳…黒い髪…正統な王子か…くくっ。燃えている街に武器を持たずにゆっくり来るからどんな奴かと思ったが…こいつは最高の獲物だ」
「質問に答えろ」
「確かに殺したのはワレら邪神教団だ。国が乱れたことにも関係していると言える」
「お前ら何が目的だ?聞かせてもらうぞ、俺の親父を殺したんだ。その位は教えろ」
「いいだろう。星の海への旅立ちの土産に教えてやる…王を殺し国を乱したのは、聖なる武器を邪神教団の物とし、世界を闇に変える為だ」
「下らんな。実に陳腐だ。邪神教団なんてネーミングセンスからしてそうだが、独自性のかけらも無い連中だ。更に言えば聖なる武器の入手にも失敗してるんだからとんだ無能の集まりだな。俺がすり替えられたことにも10年以上気付かない間抜けどもが」
2つの頭を持った怪物はまた震えている。人間の顔は全く無表情だが、後ろにある竜の頭はどんな顔をしているのだろうか?怒った様子も無くボゥギは口を開く。後ろの口も開いているんだろうか?ちょっと気になる。
「さて、もうお喋りはお終いだ。色ボケの親父と同じ運命を辿ってもらうぞ」
「俺を殺せば宝物庫が開かないんじゃ無いのか?」
「知らんのか?王子の癖に不勉強だな、お前の死体でも開くらしいぞ?腕か頭は残して食ってやるが…旨い物は食っているか?」
「旨いもの食ってる人間の方が旨いのか?脂ぎってるほうが不味そうだが」
「なに…ワレは欲深い人間の脂というやつが大好きなのさっ!」
そう言ってボゥギは振り向いて竜の口から火焔の息を放つ。迅速に兜と面頬を装着し、アイテムボックスから巨大な銀水のヒドラを取り出して炎を防がせる。流石に火力が凄いらしく、巨大なヒドラはどんどん融けていく。
「ちなみに俺は脂っぽいのは苦手だ。霜降り肉より魚が好きだ」
事前に取り出しておいた金貨五枚に、一枚一枚丁寧に魔道式を指で書く。
{cd/gaιn:1000000/ΛΙΤ}
{cd/gaιn:1000000/SΤЯ}
{cd/gaιn:1000000/ΑGΙ}
{cd/gaιn:1000000/DЕХ}
{cd/gaιn:1000000/ΙΝТ}
金貨は赤・青・黄・緑・紫の五色の光に変じ、俺の身体に帯びる。金・銀・銅貨は安定した魔力の塊なので、式を書くだけで魔術が発動する。しかも金貨は魔力の含有量が多いので、普段行う周囲の魔力資源を集めて放つ呪文よりも遥かに強力な魔術になるのだ。やはり世の中金である。
全身を包む光は俺に素晴らしい興奮をさせてくれる。試しに足元の石を拾って握ると、一瞬で砂になった。実戦でここまで能力を強化したのは初めてだ。強化呪文は重ねがけできるので、新たに取り出した金貨5枚で同じ呪文を使う。また石を拾おうとしたら、つまんだ先から石は砂になった。もう充分だ。これ以上やると武器が使えなくなる。
「良い感じだな…さて行くか」
盾になったヒドラはアイテムボックスから出した直後は、屋敷ほどの大きさだったが、ドンドン融けて馬小屋サイズになってしまっている。
完全に融けて無くなってしまったので、アイテムボックスから剣と盾を取り出して構えてボゥギに突撃する。魔力を集めた水滴型の盾が俺の左半身を覆っているお陰で躊躇無く突撃できる。地面が弾け飛んだが俺の疾走には影響しない。
『戦楯突撃走』
100mの距離を3秒程度で詰めると、盾は短時間にも関わらず高熱に曝された為ドロドロになっている。鎧も一部溶解している。だが、自分自身を強化している為熱くはあるが、ダメージは無い…はずだ。
ボゥギの1m程前で停止して剣を振りかぶり、十字門の奥義である飛ぶ斬撃の完成形を放つ。
『嵐』
シンプルな名前だが、この世で開発された武器術の中で最も恐ろしい技の1つである。剣から放たれた幾つもの飛ぶ斬撃は、機関銃の如く邪神教団の男に殺到し、あまりにも多くの斬撃は傷の上から更に傷をつけ、ボゥギの全身の血管や筋肉、骨さえもバラバラにしていく。ボゥギの足の肉が抉られ、ついには3mの巨体はドーンという音を立てて崩れ落ちた。
嵐という技の本来の用途は500m以上離れた軍勢に壊滅的な被害を与える技である。だが俺はこの技を一匹の化け物に使った。それはミサイルを一人の人間に対して1mの近距離から発射して使うような所業である。
崩れ落ちたボゥギに問いかける。身体はバラバラであるが、まだ絶命している雰囲気では無い。
「俺の勝ちだな化け物、まだ生きているか?」
「当然だ」
「ほう流石だな。冥土の土産に聞かせろ。お前何なんだ?人間?魔物?」
「冥土?の土産…くくっバカがっ!」
ボゥギは千切れた口で笑い、人間の方の口から金色のゲロを吐いた。ゲロの正体は金貨である。ゲロは天に唾する形で吐かれたので、当然金貨はボゥギ自身の身体に浴びる格好になる。
すると金貨はボゥギの身体に吸収され、ボゥギの体が復元していく。ボゥギは立ち上がって元気な姿で俺に対して問いかける。
「分かるか?これがワレらの力だっ!」
「そうかいそれは良かった『虹龍斬り』」
魔力を集中させた剣を横薙ぎに振り、ボゥギの太い足を切断し、跳躍してボゥギの身体を縦に裂く。落ちる最中にもう一度縦に裂き、地面に降りる頃にはボゥギの体がバラバラになっている。
「あんまり強くないなお前」
「なんだとっ!」
まだ生きていたのか、どういう生き物なのやら。金貨はまだ体内に残っていたらしく、裂けた腹から零れた金貨がボゥギの身体に吸収され復元された。ボゥギは雄雄しく立ち上がる。
「どうだ、俺は強いだろっ!」
「確かにタフだな。だが…俺はまだ本気なんて出して無いぞ」
10枚の金貨を一まとめに握り{cd/υε/Ωrlд}と唱えて金貨を魔力資源に変換し、魔力資源の霧散しない内に{cd/cαll/hψdrαrgεntuμ:ζtructurε/АξΨuЯΑ}と唱えて五兵形態となり、背に生じた銀水で出来た6本3組の腕にアイテムボックスから槍・弓・剣・円盾を取り出して装備させる。
ボゥギは振り向いて火焔の息を吹いてくるが、俺はボゥギの右側面に回って息をかわす。
「親父には会った事もないが…恨みと無念を晴らす為だ。死ぬまで殺す」
「バカがっ!やってみろっ!」
「お言葉に甘えてやらせてもらおう『ソリフェルム』『円盤投げ』『命点多当射』」
反撃の隙を与えないほどの苛烈さで、槍を投げて胸に風穴を開け、円盾を投げて右腕を切断し、大量の矢でハリネズミの如き姿にしてやる。ハリネズミはこの世ではまだ発見されていないが、もしかするといるかもしれない。
「ガァアア!まだだっ!」
「凄い生命力だな」
全身穴だらけでもボゥギはまだまだ元気だ。零れた金貨がボゥギの身体に吸い寄せられて身体を復元している。アイテムボックスから再び武器を取り出し、立ち上がらない内に寝たままもがくボゥギの周りを走りながら剣で左足を斬り、槍で髭面の人間顔を突き、矛で右肩を斬り、矢で腰を射抜く。ボゥギの身体を反撃の暇を与えず復元する端から攻撃していく。ボゥギの体から出てきた金貨も随分減って、ボゥギの復元のペースも大分落ちている様に見える。
「ガ…ガ…」
「凄いもんだな、一体お前ら何者なんだ?邪神教団ではお前が最強らしいが…お前を倒せれば他の奴も倒せるかな?」
「ガ…」
「もう話もできんか、そろそろとどめといこう。五兵形態でのみ放てる斬撃を使わせてもらうぞ、実戦では初めて使う…『鉄橋斬り』」
右手に持った以外の全ての武器をアイテムボックスに入れ、ボターから譲り受けた名剣に魔力資源を集中させ、自前の腕と4本の銀水で出来た腕で掴み、余ったもう一組の銀水の腕で大地を掴み、自前の足でもしっかと大地を踏みしめ、上段に構えた剣を復元して再び立ち上がりつつある怪物に一気に振り下ろす。
「ギャアアア!」
絶叫の後に再びボゥギが立ち上がることは無かった。俺は勝ったのだ。親父の仇を討てたのだ。
「…今生で得られた初めての勝利だな。だが、本当の勝利は最期になってみなければ分からないかもな…俺は今度こそ…後悔しないと決めたんだ」
その頃エクター王宮の一室では。
「葬火のボゥギがやられたか…」
「ボゥギは私達の中でも最強だった…どうするのブカドハムラ?」
部屋の中には一人しか居ないにも関わらず。男女1組の声がする。部屋の中で唯一実体を持った男は実直な声で見えない女に答える。
「ここを引き上げる」
「いいの?」
「最強が負けたのだ。これ以上戦っても無駄だ」
「2対1なら勝てるんじゃなくて?」
「ドゴは土木の担当だから戦力にはならん。我だけでは敵う相手では無い。あの王子はここの偽者と違い強く勇ましく成長したようだな」
「…いいの?」
「構わんさ。聖なる武器が入手できなかったのは残念だが…充分な戦渦を創れた。エクターにはもう用は無い。王子を王宮に入れて宝物庫を開けさせてやろう。母の死体を求めて宝物庫に入るだろうからその時に聖なる武器も持ち出すだろうさ」
「うまくいくかしら?」
「どの道我らの寿命は永遠だ。ボゥギを倒した王子も今はまだ少年だがやがて年老いる。その時に殺せば良いのだ。そしてその時に聖なる武器を今度こそ手に入れる」
ブカドハムラは椅子から立ち上がり、部屋の外に出た。部屋の中にはもはや誰も居なかった。邪神教団はあっさりとエクターから撤退すると宣言したが…彼らの残した負債はあまりにも膨大なものである。




