村に大軍が迫ってきたこと
「ウルファス卿さま~ビールのお味は如何ですか?」
「良く冷えているし中々だな、それと卿の後に様はいらん」
「いっけねぇ~てへへぇ~」
村娘はイラッとする仕種で舌を出した。俺はまだ12歳だが、騎士なのでビールを飲んでもいいのだ。ビールは地球ではメソポタミアで文明が起こった頃には作られていたらしいが、この世の文化は酒を楽しめる領域にあるらしい。少なくとも札幌で飲めそうな味のビールではある。
この世界の大麦は地球の大麦との差異は俺の知識では判然としない。ビールといっても厳密には地球のビールとは違うと思うのだが、発砲酒や第三のビールよりはビールらしい味だ。俺は前世では未成年ではなく酒を飲める年齢だったらしい。だがビールの製法が細かくは分からないので杜氏の類でもなかったらしい。それに麦の種類もあまり知らないようだから、農家でもなかったようだ。
前世で何をやっていたのかはもはや記憶に無いが、役に立つ知識が殆ど無いのはこの世と前世の文化が違い過ぎる所為だろうか?それとも俺の前世は単なる役立たずだったんだろうか?あまりにも貧弱で中途半端な知識なので、もう前世の知識や日本人の意識を当てにするのは止めようと思う。農民でも商人でも大工の類いでもなかったらしいので、はっきり言って俺の前世は駄目人間だったのだ。そんな気がする。この世ではそんな人間にはなりたくないものだ。
今の俺も、まっ昼間から酒飲んでるんだが、勧められたので仕方ない。別に好きで飲んでいるわけでは無い。良く冷えて旨いビールなのでけして飲みたくないわけではないが、一体どうやって冷やしたのやら。魔術を使えば簡単に冷やせるが、冷蔵庫なんて無いのにな。近くの川で冷やしたんだろうか?
「というか、俺は仕事中だから酒なんて持ってくるな。第一まだ昼間だぞ」
「そんな~何時もお疲れじゃないかな~と思ったんですよ~?気を利かせたまでです~」
俺は村の門の辺りで魔物に対する防備のついでに村の板壁を修繕している。村で暮らす3ヶ月の間も同じような事をしていたというのに、若い女からの差し入れなど初めてだ。
村の乙女の人気者アサイラ嬢が北の主都に応援を呼びに行って3日ほど経った所為だろうか?それとも俺が正式な騎士になったからだろうか。
魔術で造った銀水の梯子に登る前にビールの入った杯を空ける。流石に飲みながら高所作業は出来ない。
「ウルファス卿様、本当に見事な魔術ですね~こんな立派な梯子村には無いですよ。やっぱり正式な騎士様は違いますね~ささっどうぞどうぞもう一杯」
新しいビールの入った杯を渡す村娘は、いやにはだけた着物を着ているので、桜色のものが見えている。しなを作って俺に媚びているが、大方俺に取り入ろうとしているのだろうとは思った。
以前彼女とアサイラがボター屋敷の納屋で抱き合っているのを偶然見かけた事があるが、恐らく彼女はちやほやされたいか、権力者に取り入っていい思いをしたいのだろう。
こんな田舎ではそう云う娯楽を求める女も居るらしい。彼女は田舎娘には珍しく化粧なんかもしている。手は荒れていないのであまり働き者ではないらしい。だが特別美人でも無いのでそそらない。
「いや、魔物が襲撃してくるかもしれないからもう結構だ。お前も仕事に戻れ。今は人手が足りないだろう」
「仕事なんてやらなくても~いいじゃないですか~」
「駄目だ。さっさと帰れ」
そう言うと女は渋々帰った。好みでない女に迫られるのがこんなにうざったいモノだとは思わなかった。板壁に空いた穴を板で塞ぐが、あまりにも穴が多いので全部塞ぐのは無理そうだ。いっそ魔術で石の壁を造った方が早いのだが、村は石壁を造る事は許されない。行政区分というやつだ。
梯子を登って上の方にある穴を釘を打って塞いでいくが、とうとう板が無くなった。まだ穴は幾つもある。というか完全に無くなっている壁もあるので、どっち道資材が足りない。魔術では石や火や水は造れても木の板は出せない。正確には魔力資源を火や水に変換しているのだが、とにかく魔力で生物は作れないのだ。俺は一人で嵐を起こす事も出来るほど魔術を使えるが、出来ないことは出来ないのだ。
やる事が無くなってしまったので、梯子から降りると調度いいタイミングでハレが昼飯を持ってきてくれた。
「お疲れ様ですウル様」
「うむ、調度いい所に来たなハレ。今日の昼飯は何だ?」
「黒パンとシシャクサギのスープです。それとカニさん達からオレンジをもらってきました。ウル様は大変な人気ですよ」
「村人に人気でも嬉しくない。それに俺は今までも充分働いていたんだぞ。山羊も村人も俺の整えた道を毎日歩いているというのに誰も礼を言わなかったんだぞ」
オレンジなんて貰ったのは今日が初めてだ。これまで貰った物では山菜の葉っぱの切れ端と食えないキノコくらいしかマトモに食える物が無かった。道路を村に造った事よりトロルを殺した事の方が偉いらしい。いや実際偉いのか?
「ウル様…拗ねないでください。村の人が言うにはウル様はレベルが低かったので、騎士見習いとして働いていなかったと思われていたそうですよ」
「つまり俺の所為なのか?レベルを上げなかったから魔物を日夜倒したのに気付かれなかくても俺が悪いのか、トロルよりつよい魔物倒したりしたんだけどな~」
「…村人さん達はウル様の価値にようやく気付いたのです。ウル様が今日までやってきたことを大層褒めていらっしゃいました」
「ふむ…無駄ではなかったのか?」
ハレは笑顔で頷いた。俺の功績が認められて嬉しいのだろう。俺は別に嬉しくは無いが、ハレの笑顔を見れたので嬉しくなった。ハレは両手を胸の前で組んで胸に押し付けているので、巨乳が普段とは形を変えて何時もとは違った魅力を見せる。ふふっ…素晴らしい情景だ。
ハレの持ってきた敷き布に座ってパンとスープを食べ始めた。黒パンを鳥を煮込んだスープに付けて食べると、固いパンが柔らかくなる上に味が良くしみて食欲を刺激する。
「ハレ、お前は飯食ったのか?」
「ウル様?お昼ごはんは働く男の人しか食べませんよ?」
「あぁ…そう云えばそうだったかな…腹へってないか?」
大丈夫だとハレは頷く。俺の乏しい前世知識によると日本で1日3食が始まったのはつい最近の事だったそうだ。だから平均身長が伸びたのだろうか、俺も3食食っていれば伸びるのかな。待てよ、ハレを更に成長させるには…食わせれば良いのか?いや、下手をすると腹だけ成長するかもしれないが…
「ハレよ、昼飯は軽くでいいから何か食え。体力がつかんぞ」
「えっ?そうですか?体力は…ついたほうがいいですね」
「そうだ、何事も体力だ。ほれ、黒パンを一切れやろう」
ハレに千切ったパンをあげる。もちろん旨いスープをつける事も忘れない。それにしても旨い汁物だ。
食い終わったので、仕事を再開しようと思ったが、仕事が無い。なにせ資材が無いので壁を直そうにも直しようが無い。
「やれやれ…食い物以外も溜め込んでおくべきだったかな」
「木を伐採しに行かれたら如何ですか?」
「ここを離れるわけにもいかんのだ。今襲われたら確実に村が滅ぶ」
二度ある事は三度あると思う。だがあの魔物どもは一体何なのだろうか?どうも妙な感じの行動をしていた。赤鬼は梯子を使って村に進入しようとしたが、村の開いた門からは入ってこなかった。緑鬼は壁を壊したにもかかわらず、壊した壁の穴から進入してこなかった。
知恵を持ったものの行動というよりは、調教された動物のように同じ行動を繰り返しているように思えた。正直言って犬や馬の方が余程臨機応変に行動できるだろう。人型の魔物の癖に利口ではないな。
「ふぁ~あ。気にしてもしょうがないかな。ハレ、俺はやること無いので昼寝するから膝を貸せ」
「畏まりましたウル様」
彼女の膝枕は実に柔らかい。酒を飲んで昼飯食ったら昼寝なんて一見駄目人間の所業だ。しかし俺は夜も魔物の襲撃に備えなくてはならないから、ぐっすりと眠れるのは主都から応援が来てからだ。なので眠れる時は眠るのだ。
ハレの太ももは好い感じの太さだ…あぁ眠い…実にいい気分だ…美少女の膝枕で眠る…なんて…幸せ…zzz
浅い眠りはどの位続いたか分からないが、頭上から優しい声で起こされた。
「ウル様?魔物が来ましたよ」
「う~ん?何匹だ?」
「1匹ですね」
「そうか…どの位寝てた?」
「60秒が27回と50秒です」
「ふむ…大体30分か…ちなみに60秒が1分で60分が1時間だからな」
「はい…バカでごめんなさい」
「気にするな、普通の人間は朝と昼と夜だけ覚えればいいんだからな。むしろ俺の役に立つために努力する人間をバカとは言わん。努力家と云うのだ」
心地良い膝枕から起き上がり、兜と面頬を装備する。魔物は村の門から随分遠くにいるが、銀水弾丸で撃ち殺しておく。実に簡単な仕事だ。そう云えば矢を作るのを忘れていた事を思い出す。
「ふぁ~あ、ハレ。屋敷も人手が足りないだろうから手伝って来い。何かやる事もあるだろう。くれぐれも無礼の無いようにな」
「はい、ウル様。それとこれを…御覧になってください。つまらないものですが」
ハレはそう言うと地面を指差した。そこには『ウルファス=ベイ・リン』とキケ文字で書いてあった。
「すごいな、もう覚えたのか」
「覚えたといっても…まだンとスが今一区別できないのです…」
「気にするな、ハレ…今夜抱かれたいか?」
ハレは赤面しつつ、まだ未熟だからと首を振っている。
「そうか、まぁいいさ。引き続き頑張れよ」
「はい、ではお屋敷に行ってきます」
ハレは村の中に去って行った。
ハレが何と云おうと今夜抱く事にした。さて、それには口実が必要である。
「ふ~むそうだな…ハレなら屋敷でも充分な働きをするだろうし…それを口実…いや下人として充分相応しいと云って…まぁ実際相応しいから抱くかな」
正直言って彼女を前に我慢するのは身体に悪い。王家の血をひく人間としてはそんな事で良いのかという気もするが、四民平等の時代に育った知識が自由恋愛の大切さを訴える。まぁ単なるスケベ心なのだが。
「ま、いいさ。とりあえず矢を作るかな」
どうせ他にやる事が無いので矢の備蓄をする事にした。村の壊れた板壁を短刀で削って矢のシャフト部分である箆にする。鏃は以前トロルの死体を平らげて肥大化した銀水のヒドラを一部削って使う。アイテムボックスからヒドラを取り出して、一部を削って鏃の形になるように命令し、先程造った箆の先端に鏃として付ける。
矢羽には修業時代山で狩った野鳥の羽を使う。矢羽を上手く作れるかで矢の出来の9割が決まるというラグの教えを思い出す。上手に矢羽を取り付けたので筈を彫る。
一本目の出来を確かめるために、合成弓に番えて先程の魔物の死体を撃つ。先程の魔物…グリッドキャタピラという大きな虫の体にある斑点のど真ん中に命中する。
「…我ながら天才的な腕だな。弓もそうだが…こんなてきとうな材料で作ったのに良く飛んだなー」
自分で言うのもなんだが俺はちょっと天才すぎる。魔術は実質無制限に使えるし武器術も覚えるのが恐ろしく早い。虫の死骸に近づく時に木から葉っぱが落ちてきたので、先程矢を製作した時に使った短刀で葉を切断する。葉は二枚になった。あい剥ぎ斬りという奴だ。一枚の葉は薄い二枚の葉になった。
手の平ほどの大きさの葉、さらに落ちる最中の不安定な状態でこんなことが出来るのは生半可な才能では無い…と思うのだが、この世界の騎士は皆こんな事が出来るのかもしれない。なにせ俺はまともに騎士と立ちあった事が無いのだ。男爵はあのざまだったから何時かは自分の実力を確認しなくてはならない。
「まぁ…別に騎士として一生を過ごすかも…決めてないしなー騎士として強くなくてもいいっちゃいいんだけどなー」
虫の魂を変換して銅貨10枚にする。実に安い。村人が棒で叩けば死ぬレベルだけあって実に安い。虫の死体は何になるわけでも無いが、一応アイテムボックスに入れておく。虫の死体を入れたので村の門入り口に戻って矢作りを再開する。
アイテムボックスの正確な大きさは60シャキル位だそうだ。尤も中を覗いた人間が居るわけでは無いらしいので、どの位広いのかはいまいち良く分かっていない。
「そもそも俺のが他の魔術師のと同じ広さとも限らんのだしな。魔力が見えるくらいだからアイテムボックスの広さも違うかもな」
普通の魔術師は俺のように魔力資源が見えないので、魔力資源の集まりやすい霊地でしか強力な魔術を行使できないらしい。何故魔術師に会った事も無いのにそんな事が分かるかというと、魔道大全を読み進めるうちに分かったことだ。魔道大全によるとかつて偉大な魔術師マが魔力資源が見えたので自由自在に魔術を操れたらしい。彼の生きた時代では常人ならば10人がかりでなおかつ優れた霊地で3日3晩呪文を唱えて魔力資源を集めなければ使えない銀水のヒドラを、彼は一瞬で10体造ったそうだ。
「そして自らの業を伝えるために魔道大全を記した…」
彼は魔術を革命した人間であり、それまで机上の空論であった魔力資源を発見した人間でもあった。魔道大全がベストセラーになった所為で各地で魔術師が叛乱を起こし、カリグス帝国は崩壊した。そして魔術師の時代が訪れるかと思われたが、騎士達が魔力資源を使った武器術を使い、帝国の領土を奪った魔術師達を倒してしまった。騎士達は若い軍人だったが魔術師の多くは老いた文官が多かった事が要因であった。と、歴史の本には書いてあった。だがラグは俺にこんな風に教えてくれた。
『騎士のつかう武器術は魔術に比べれば単純なものじゃ。魔術師は治水もできるし道路も造れる。じゃが騎士は戦争しか出来ない。要するに人を殺す術だけに特化したのが騎士が多くの国を造れた理由じゃ』
『ですが師匠。俺は魔術と武器術両方使えるのですが、片方だけ学ぶべきなんですか?』
『折角の才能じゃ。両方極めよ。それにカリグスが滅んで100年…そろそろ両方使う奴が世界を制する時代じゃ』
極めるというのはそんな簡単な物では無いはずだが、俺は魔道大全にある魔術は全部使える。さらに十字門の武器術で使えない技は無い。天才すぎる…だがその力も体力が無くては意味が無い。俺は物語の騎士のように7日7晩闘うどころか、1日戦うのも無理だろう。
「まずは体力か…さて、今夜は蛇でも食うかな…魔物の肉は滋養がいいというし…」
そんな事を思いながら、矢を作っていたら、すっかり日が沈んでいた。それにしても恒星の色が太陽系の物とは随分違うし、月も緑色だ。ここはどこの恒星系なんだろうか?もしもロケット…まではいかなくても望遠鏡で星空を眺めたら太陽系が見えるんだろうか?まぁ天の川が見えない事を考えるとここは天の川銀河では無さそうだ。それでは恒星としては貧弱な太陽が、天の川さえ見えないのに見えるはずも無い。
俺は第一の故郷ともはや縁が無いのだ。それにしてもこの世は地球と似た人間が跋扈し、動物達も地球のモノと酷似しているのはどう云う訳だろうか?いや地球の生物がこの世のモノと似ているのか、仮に俺がここで生まれ育って地球に転生したなら地球の生き物を似た生き物と感じるだろう。
生命というのは収斂して同じような形になるのかもしれない。だがそれにしてもこの世には地球人の考えた魔物の類が存在するのはおかしな事に思えるが…或いはこの世か地球のどちらかは俺の見た・見ている夢なのかもしれない。それにしても随分静かだ。いや静かすぎる。
「妙だな…鳥の声や虫の音が…」
森からは小動物の声さえ聞こえない。使い魔を放って森の様子を見ると、村から10kmほどの距離の街道を進む大軍が居た。馬車に騎士に歩兵…旗の模様は遠隔操作では分からないので使い魔に意識を移す。
『なっ!?あいつは!?』
軍団の先頭には見覚えのある男が居た。見間違える筈の無い巨体だ、周りの人間が170cm前後だとすると2倍以上大きく見える。全身が岩石の皮膚で覆われた…葬土のドゴが居た。




