ある日森の中で巨熊に出会った
決闘の後は男爵の館で歓待された。闘い終わってノーサイドという奴だ。使い魔に情報を集めさせたら、どうも最初に出会った時に人数が少なかったのは、山賊騎士に男爵を殺させるつもりだったらしい。
結果的に俺が殺してしまったので歓待されているが、この館で一夜を明かすわけにも行かない。まだ何が起こるか分からない。幸いまだ昼なので泊まっていく様には言われない筈だ。だが料理は美味しいので泊まりたい。あぁ…旨いサンカノゴイ焼きだ。出ていく決心が鈍るので意を決して男爵と話さなくてはならない。
宴席の中央にいる新男爵の前に進む。男爵はいやらしい笑顔で女官達から酒をついで貰っている。
「実に豪勢な宴会でした。この辺でお暇させていただきます。ラスナ男爵閣下」
「ウルファス卿、冒険を頑張られることだ。そうすれば卿もその内俺のような地位に就けるぞ。まぁ難しいだろうがな。はっはは!」
「それでは…新たなる男爵の活躍を耳にする日を願って…さようなら」
そう言って男爵の館を去った。新たな男爵は俺に構うつもりは無いらしく、周辺の村の実力者達を歓待している。どうやら今日男爵が交代することは既に決定されていたらしい。用意周到なことだ。
町の中に元男爵のシンパが居ないとも限らないので、さっさと町を出る。
「ハレ、お前にとっては男爵の元の方が安全だったかもしれないな」
「ウル様…意地悪言わないでください」
「…いや真剣な話だ。この冒険が終わったら俺はエクターに帰る。戦争をやってる国に帰るんだ。命の危険が日常的になるんだぞ、魔物も多い」
「もちろんお供します」
「そうか、分かった。これ以上お前の意思を確かめる事はしない。黙って俺についてこい」
ハレは実に嬉しそうだ。この世界の文化には今一慣れない、この世では女は男に従うものなのだ。まして俺はハレの命を救った。物語の中の乙女は騎士に救われたら皆騎士に一生仕えていた。彼女もそうしたいのだろう。
森の中を山羊を牽いて進み、冒険の目的である熊を探すために使い魔を作り出す。使い魔達は俺の目や耳となり、完全ではないが俺に情報を届けてくれる。
森の中には多くの生き物がいた。だが、体高4mはある熊は1頭しか居なかった。
「見つけたが…どうするかな」
「遠いんですか?」
「あぁ10km…いや、30シャキルは遠くの谷で水を飲んでいる」
さて、使い魔達を使って誘導するかな。熊の鼻先に飛び回らせて熊を挑発する。上手いこと熊を俺の方向に誘導できたが、さて10kmも誘導できるかな。
とりあえず待つ間はハレの乳でも揉むかな。手を伸ばそうとしたら急にハレが振り向いた。
「ウル様…使い魔様達が働いている間は文字の勉強をしてもよろしいですか?」
「あ、あぁ大丈夫だ。熊が来るまでは問題無い」
流石に勉強の邪魔をする事は出来ない。彼女の献身を邪魔したく無い。彼女が読み書きを覚えるのは俺の為にもなるのだから、水を差すわけにもいかない…俺と男爵はハレをもの扱いしている点に付いては共通しているのか?正直ハレを人間扱いしていない気持ちが俺の中にあるかもしれない…
頭を切り替えて武器の手入れをする。槍は山での狩猟にはあまり使わなかったので剣に比べれば苦手だから克服しなくてはと思いながらヴァンプレイトのついたランスを手入れする。別にアイテムボックスの中では時間が実質的に流れないので、こまめに手入れする必要はあまり無いのだが、武器の手入れをしておくと武器の正確な刃渡りや強度を把握できるのでやって損は無い筈だ。
槍の大鍔を磨いているとハレの綺麗な声の文字練習が聞こえてくる。地面に木の枝で文字を書いている事から察するに、勉強は順調らしい。さて、どのくらいで習得できるやら。
実は今の俺は彼女の純潔を散らそうとは考えていない。精神が童貞な所為と彼女に手を出そうとしたら痛みが走ったり蛇が現れたりしたので、仇討ちを成し遂げるまで女に手は出してはいけないと天に言われた気になっている。騎士の聖誓というやつだ。守れば強くなると云うアレだ。それか最初に言った通りに彼女が文字を覚えたら俺に抱かれる資格を得るという話が誓いになったのかもしれない。
聖誓は騎士のゲン担ぎみたいな物だ。拘束力は無いので、あんまり性欲が高まったら抱くつもりだが。それほどに彼女の事を思っている自分が居る。だが彼女と対等にならなくてはそういう関係にはなれないと、俺の中の日本人の心が言っている。
「ん?熊が接近してきたな。ハレ、本をしまえ戦闘になるからな」
ハレは本をしまって俺の背後に回る。轟音が徐々に近づいてくる。山羊が怯えている。当然だ、なにせ体高4mの熊が近づいているんだから。使い魔達が帰ってきたので、彼等を霧散させる。
「グォォォオォ!」
森の中で出会ったのは大きな熊でした。熊は日本家屋並の大きさだが、立ち上がったらもっとあるはずだ。恐らく二倍以上にはなるから電柱並の高さになるのではなかろうか?森の木々を蹂躙するその姿は森の王に相応しい。
人間が熊に付けた名は美しい扉を意味するベルセ・フォリスだ。名は体を表すというが、確かに熊は美しい緑の毛をしているが、扉の意味が分からない。何で扉?
熊は魔物の性を発揮して俺に向かって襲い掛かってくる様子だ。魔物には知恵がなく、子孫も残さないのでただ死ぬまで暴れるのだ。そしていずれ魂が周囲の魔力資源を使って復活する。そしてまた死ぬまで暴れるのだ。
「恨みは無いが、これも仕事だ『死兆点突き』!」
槍の先端に魔力を集め、ランスを構えて体力強化の呪文を唱えてから熊に向かって突撃する。馬に乗っていればもう少し格好がつくのだが。傍から見ればブカブカの鎧を着た少年がドン・キホーテばりに無謀な事をしている様に見えると思う。
「ギャァァー!」
頭上にある熊の頭部を槍で突いたら熊の頭が拭き飛んだ。熊が倒れこんだ轟音が森に響く。どうやら俺はかなり強いらしい、並の騎士ではこんな芸当はできない。
ベルセ・フォリスはドラゴンや巨人程ではないが、かなり上のランクの魔物だ。魔物大全という書物によればドラゴンや巨人のランクより一段落ちる魔物であり、その強さは町を1つ滅ぼせる程だ。常識的には騎士団で多勢で討伐に当たる魔物である。
ボターは男爵領で仲間を集めて挑めと思ったことだろう。実際俺も揉め事が無ければそうするつもりだった。だが実力を確かめるには却っていい経験になった。
「やはり…帰るべきだ。家族の仇を討たなくてはならない。今の俺なら…昔とは違うんだ」
もう修業の必要は無い。今の俺ならドラゴンや巨人も苦戦はしても倒せると思う。邪神教団もきっと倒せる。そして母を解放しなくてはならない。恐らく生きてはいないだろうが、王族に相応しい埋葬をしなくては…いや、家族として葬ろう。それが一番だと思う。
「ハレ、俺は熊を解体するからしばらく待ってろ」
「私も手伝いますか?」
「う~ん。その内手伝いをやってもらうかもしれないが…これほど大型の魔物の解体は無理だな。まぁ手順を見て覚えるくらいはいいかもな」
そう言うとハレは目を見張って俺を見ている。俺は武器をしまってから山羊を木につないで、解体用の大型ナイフを取り出す。熊を倒した事の証明に必要な尻尾は実に美しい緑色だ。小学校の椅子くらい大きい。よく分からんがそんな風に感じた。
肉の解体と毛皮を剥ぐのは日没までかかった。熊の魂は金貨10枚に変換された。この金で何をしようか?鎧を誂えるには充分だが、身体がまだ出来ていないのでジャストフィットする鎧を造っても金の無駄だが、エクターに帰還する際同志を募るには少ない…同志か、正直言って俺の立場でそれを得るのは難しいかもしれない。
俺は王子だが、エクターは悪政を行っていたので王族は恨まれている筈だ。この金は王子である事を隠す為に髪を染める染料でも買うか。それには多すぎるが、残りは貯金しよう。それが一番だ。俺はエクターに帰っても仕事も家も無いのだ。備えあれば憂い無しと云う言葉はこの世でも有効な筈だ。
「お疲れ様ですウル様、今度は私も手伝いますね。ちゃんと覚えましたから」
「ハレ、お前に告白したいことがある」
「なんでしょうか?」
「ハレさん。俺と恋人になってください」
「ウル様?キスしたり着替えさせたり触手で弄んでから言うことですか?ふふっ」
ハレは困った笑顔だ。俺なりに意を決したのだが、冷静になると何を今更言ってるんだこいつはという感じだ。
「すまん…俺はお前を人間として見ていなかった気がする…お前を性欲や承認欲求を満たすための道具だと思っていた。俺はあの男爵と一緒だ。お前の騎士なんかじゃない。様付けも必要ない」
「それは違います。わたしはウル様を愛していますから。ウル様は中々信じてくれませんが、わたしは心の底から貴方を愛しています」
「ハレ?俺で良いのか?」
「ウル様、本当ならわたしは貴方に刺身として食べられても喜んで滋養になる身です」
「え…何それ」
「普通の騎士様や領主様はそう云う事をなさるそうですよ」
「マジかよ…人権意識低すぎだろ…」
「ウル様は…本当にお優しいです。貴方には一生お仕えします…私の騎士様…」
そう言うハレの顔はどこか困った様子だ。美しい眉は顰めても美しい。美人は3日で飽きるというがあれは嘘だな。これほどの美女にこれほど思われて飽きる筈が無い。
「でも…ウル様…どうかお許しになって欲しいのですが」
「なんだ?俺とお前は対等だから何でも言え」
「ウル様は立派な騎士です。男爵様を倒して…あんなに大きな魔物をお一人で倒した立派な騎士です…でも」
「でも、なんだ?」
「わたしはただの田舎娘です…貴方に抱かれるのは相応しく無い…だから少し待ってください。せめて騎士の下人として位には相応しい能力を持ちたいのです」
「お前は俺に相応しいよ。いや、俺にはもったいないくらいいい女だ」
「私はそう思えないんです…だから、ウルファス=ベイ・リン卿に相応しい女になる日まで私を抱かないでください…でも捨てないでください。自分でも都合のいいことです…ウル様なら私なんかよりずっと綺麗な人を…お嫁さんに…でもっ、わたしはっ…せめてお手伝いでもいいから一緒に居たいんです」
ハレは涙ぐんでいる。そうか、俺が彼女のことを自分に相応しく無いほどいい女だと思っていた様に、彼女の方も俺は自分に相応しく無いと思っていたのか。確かに単身で魔物退治はなかなか出来ることではない。ドラゴンや巨人は言うに及ばず、森の王である巨熊も騎士団が一同で立ち向かう強敵だ。彼女の目には俺は神話からでてきた英雄に映るだろう。
俺は暴力がモノを云う時代で余りにも強い人間だ。その強さの理由は王子の血であったり、騎士の特訓の成果だ。そうした原始的な強さが彼女の目には魅力として映るようだ。
「ハレ…」
「ウル様…」
涙を湛えた彼女の目は実に美しい…このまま抱き合おうと思ったが、急に膝が震えだした。そう云えば昨日今日と随分疲れる事をした。サイズの合わない鎧は余計に体力を奪ったらしい。
やはり俺はまだ体力に乏しい様だ。エクターへの帰還は…まだ先にした方が良いのだろうか?この程度の体力では連日連夜闘うなんて事は出来そうに無い。
「すまんなハレ、お前を抱きしめようと思ったが、体が言う事を聞かん。脱ぐのを手伝ってくれるか?」
「ふふっ、もちろんです。昨日と逆ですね。上から脱がすんですか?」
「そうだ、着る時は下からで脱ぐ時は上からだ」
俺は座りこんで彼女に鎧を脱がしてもらう。情け無いことだが、体力回復呪文を唱えても疲労は回復し無いので仕方ない。ハレは覚えるのが早いらしく、俺の鎧の紐を解いて順々に脱がしていく。昨日今日と鎧を装着する手順を見て覚えたんだろう。丁寧に時間をかけて脱がしてくれた。
ゆっくりとした幸せな時間が流れた。彼女の事を少し知れた気がする。下級層の出身だが頭が良く、恋する乙女であり、俺に惚れている。
俺も彼女に相応しい男にならなくてはならないと固く決意する。




