男爵との決闘は学ぶものが少なかった
男爵の町は石で出来た高い城壁を持った町だ。東京の街とは比較にはならないが、ボターの村よりは遥かに大きい。ボターの村とそう変わらない木で出来た家々の建ち並ぶ町の中には食堂や武器屋が在るので中々発展しているようだ。
町の領主と決闘するんでなければもうちょっとゆっくり見られるのだが、まっすぐ男爵の館に行かなくてはならないので観光は出来ない。先に帰った男爵の待ちうける館──ボターの屋敷と同じく古い帝国の様式の石造りだが、まだ新しいので単なる懐古趣味だと分かる──は前世の知識にある学校に相当する大きさだ。
学校という連想をしたということは俺はまともに学校に通っていたらしい。もしや教師をしていたのだろうか?いやそれにしては人に物事を教えるノウハウの知識が無い、教師でも無さそうだ。
「男爵と本当に決闘するのですか?同郷の朋友よ」
道案内をしてくれている顔を隠した騎士に問いかける。同郷だから答えてくれるかと思ったが、無視された。
「勝っても負けても俺に得る物は無いんですよね。むしろ勝ったら仕返しされるかもしれない」
「…それは無いな」
「卿は仇を討つ気が無いのですか?男爵は上司でしょうに」
「仇を討つ気はさらさら無いな、他の騎士も同じだろうよ」
「男爵は嫌われているのですか?」
「エクターの先王と同じくらい嫌われているな、若い卿はエクターの先王を知らんだろうがな」
うちの親父がすいません。というか男爵はやっぱり嫌われているのか。そしてそんな奴と比べられるくらい嫌われる俺の親父はどんだけ嫌われていたんだ。死んでからもう10年近いぞ。
館の中は中々広い。庭だけでボターの屋敷の10倍はある。この辺りの自然とは違った種類の木々が植えられた人工の森の中には決闘用の陣容が既に整っている。そこには立派な鎧を着た騎士達が勢ぞろいしていた。というか誰か止めろよ。
「この作法は知っているか若い騎士」
「右胸を人差し指で指すのは仕組みのある決闘の誘いでしょう」
「ふむ、勉強しているな。この試合で男爵はそういう形を望んでいる」
要するに八百長だ。この世界には八百屋はあるが長兵衛さんは居ないと思う。だが八百長はあるのだ。心臓の無い胸の位置を示すのはそういう合図だ。
「だけど負けたら死にますよね。さらに愛する乙女を奪われる。そう云う決闘でしょう?」
「慈悲を求めたら死なん筈だ。乙女を諦めれば死なずに済む」
「嫌われ者にそれが期待できますか?」
「出来んな、まぁ頑張れ。エクターから流れてきたベイの子よ。同郷として恥ずかしくない闘いを期待するぞ、勇士の末裔よ。何、お前なら勝てるさ」
騎士はそう言って俺に宣誓書を手渡してきた。内容は…負けて死んでも恨まないとかそんな事が色々書いてある。勝ったほうが乙女を手にするとも書いてある。基本的にこの世は男女差別がきついのだ。女はこうして商品同然になるのも法で許される。
身分の高い貴婦人なら別だが、ハレは美しくても身分が低いのでそういう風に扱われる。正直反吐が出るがサインするしかない。ハレは神妙な顔だ。俺の感情を読み取ったらしい。
「ウル様…わたしのことは大丈夫ですからどうぞ良い選択を…わたしは男爵の元でもウル様を…」
「ハレ、触手で弄られるのは嫌だったか?俺が嫌いになったか?傍から離れたいのか?」
「そんな筈がありません。触手も…ウル様のなさることですから嫌じゃないです」
「スケベ女め」
ハレは真っ赤になっている。本当に可愛い奴だ。この世界で始めて出会った恋人…いや、前世にも居なかったらしいから、長い時を経てようやく巡り会った恋人だ。一生離したくない。
「お前は俺の傍に居てくれ。絶対に放さない。いざとなったらこの町の人間を皆殺しにするから心配するな」
「ウ…ウル様?単に決闘に勝てば良いのでは?」
そう云う物でもないとは思うが、さて嫌われ者の男爵を殺しても大丈夫だろうか?一応叉仇討ちは禁止のはずだが、話がどう転がるかまだ分からない。
この宣誓書は公正なもののはずだが、決闘の抗議をするにはオルガ公国の主都に行かなければならないが、ここからだと3日位かかるはずだ。
決闘を挑まれたら基本的に断れないのも中々酷いシステムだ。常識的な騎士なら若い騎士を倒しても命までは取らないが、そもそも常識的な騎士はこんな決闘はしない。
尤も俺の知る騎士というのは書物の中の模範的な騎士達と厳しくも優しかったラグと給料は安いが立派な上司のボターだけだ。もしかすると一般的な騎士は男爵のような人間の方が多いのかもしれない。
さて彼等ならどうするだろうか?うん、男爵を倒して慈悲を求めさせるな。そうするとやっぱり遺恨が残るが…まぁなるようになるさ。
決闘場の片隅のスペースに魔法陣を描いて、その中にハレを座らせる。
「ハレ、その中に居れば決闘の間は大丈夫だが…俺が負けたらどうするかは自分で決めろ。自分から出れば魔術も解ける」
「勝ちますよ男爵様のレベルが100でもウル様なら大丈夫です」
「そうか、これを渡しておく」
「これは…?」
「家宝の短刀と金貨だ。それと以前お前に渡した本も服も下着も高級品だ。俺が負けたら売って金にしろ。それで自立しろ。金さえあればどこに住む事も許される。望むなら男爵の元にいれば良いし、嫌なら男爵の力及ばない主都にでも逃げろ」
「ウル様は勝ちます。絶対勝ちます。だから受け取れません」
「命令だ。勝負は水物だから、常に勝つとは限らん。頼むから受け取ってくれ」
「必ず迎えに来てくださいね…」
「分かっている。あんな男に負ける気は無い、念のためと云う奴だ」
そう云えば俺のレベルは80以上の筈だが、男爵の方は決闘に負けたらとか考えないんだろうか?
ハレに近づくと毒ガスが発生する魔術を作動させる魔法陣を描いたので、ハレに関しては心配無い。
向こうの準備も整ったらしく、男爵が陣幕の向こうからやってきた。俺も山羊に乗って弓を構える。普通決闘と云えば馬上槍試合だが、命を賭ける決闘の場合は何を使っても良いのだ。
男爵が横柄な調子で語り始めた。どことなくダルそうな様子だ。100mほど離れているので聞き取り辛い。騎士なら発声訓練も受けている筈だが、男爵の声は実に聞き取り辛い。
「ふん!大人しく女を差し出せばよいものを、ったく手間をかけさせおって」
「ウルファス=ベイ・リンがラスナ男爵の挑戦を受けて立つが、槍を交える前に問うことがある」
「なんだチビ騎士」
「卿は俺には勝てないが、それでも命を賭けた決闘をするのか?」
「くくっ俺のレベルは100だぞ?お前も80あるみたいだが…どうせ張子だろう?レベルが低い内に魔物のとどめを刺すとおかしな上がり方をするからな。魔物にしたって自分で倒したのではあるまい」
「どうしてもやるのか?生きていることも男爵の義務であろうに」
「はぁ~あ。余計なごたくはいらんからさっさと来い。心配しなくても女はたっぷり可愛がってやるから安心して死ね。俺はさっさとあの巨乳を貪りたいんだよ。手間を掛けさせるな」
決闘前に欠伸をするとは大丈夫なんだろうかこいつ。というか名乗れや、作法があるだろう、作法が。まぁ騎士の作法とは基本的に守った上で勝ったらスゴイというものだ。基本的に勝つのが前提なので、態度が悪くても勝てば問題ないのだ。
当然評判は地に落ちるが、この世界はネットも交通機関もないので噂が広まる早さも遅いのだ。代わりに75日以上ネタにされるのは確かだが。
男爵はさっきからずっと右胸を指しているが、俺がそれを断る合図である左腕の中指で自身の心臓を指していることに気付いている様子は無い。
どうも彼は馬鹿らしい。もしくは知識が無いか、八百長ばかりしていたんだろう。確かに陣幕の周囲には男爵に仕える騎士が大勢居るから真剣勝負の経験は無いのかもしれない。普通なら大勢いる部下に怯えて勝負する気も失せるかもしれない。無論俺はそんなつもりは無い。大事な女の係った試合でわざと負ける気にはなれない。
さてどう転ぶかな?銀水のヒドラを使えばこの場に居る10人程度の騎士は10分かからず皆殺しにできるが、あまり強い騎士がいると負けるかもしれない。ボターやラグに匹敵する魔力を持った騎士はいないがレベルはどんなもんなのやら。そういえば山賊騎士はレベルはボターより高かったらしいが、魔力はボターより随分低かったし剣戟も大した事はなかった。やはりレベルは強さに関連しないのか?
まぁ邪神教団に勝つにはこのくらいの障害に躓いていられないのは確かなことだ。
「ではウルファス=ベイ・リンが初撃を放つ、行くぞ」
コンポジット・ボウ…幾つもの魔物の素材を使った合成弓の矢の一撃は容易く鎧を討ちぬく事も可能だが、いきなりそれは拙いので馬の右目を貫通させることにした。
『魔矢』
魔力を集めた矢は過たず白馬の右目を貫通…というか頭が吹き飛んだ。中々の威力だ。飛んでった矢がどうなったのかは考え無いことにする。軌道から云って館の壁にでも刺さっただろう。
「ぎゃ!」
男爵は馬から振り落とされたが、周囲の騎士達は別に慌てた様子も無い。意外だなてっきり襲い掛かってくると思ったが。
俺は遠間から山羊の上で男爵を見下ろすが、男爵はのた打ち回っている。馬の死体はビクビクと動いているが決闘の邪魔にはならなそうだ。5分くらい男爵はのた打ち回っているが、作法的には俺から仕掛けれないのだ。
「…」
「がぁ~痛いぃ~」
「…」
さてどうしようか?普通馬から落ちたら徒歩で闘うように落ちた方が要請するのが普通だが、そんな様子は無い。周りの騎士達も呆れた様子だ。
埒があかないのでこちらから行動する事にした。
「男爵よ何か勉強になるかと思ったが、若く未熟な騎士である私にも貴方から学ぶことは、考え無しに決闘をするのは危険だということだけだ」
周りの騎士達も失笑している。本当に嫌われているんだな。男爵はようやく立ち上がった。騎士としては当たり前だが、冷静に考えると総重量30kgはある鎧と武器を持った状態で馬から落ちたら普通の人は立てないかもしれない。
「だ、黙れ卑怯者め!」
「ふむ…それは徒歩で闘うようにという要請か?」
「そ、そうだ!その弓も寄越せ!」
「では差し上げよう」
山羊から降りて合成弓を放り投げる。我ながら強肩だ、100mはあるのに一発で届いた。野球がこの世界にもあったらメジャー級になれる。
アイテムボックスからボターに貰った剣を取り出して構える。
山羊は老いぼれだが賢いので待機させるよう合図したら了解してくれたらしい。ボターの屋敷で長いこと世話をした甲斐があった。
「馬鹿めっ!この弓さえあれば…」
「矢が無いのにどうするのですか?」
「矢、矢も寄越せ!」
「では差し上げよう」
「ヒヒっ!馬鹿め…って弦が張って無いじゃないか!?」
気付くのが遅いな、渡す前に弦を解いたのだから当然だ。別にまた張れば問題ないのだが、男爵は弦を張れないのか弓を放り投げた。やはりこいつ嫌われて当然の奴らしい。他人の武器を放り投げるなよ。
「おのれ下級騎士風情がぁ~喰らえっ!『飛刀』」
男爵は魔力を剣に集めて飛ぶ斬撃を放ってくる。騎士指南書にある必殺技の一つだ。ただし射程も速度も弓に劣るので歩兵を散らすぐらいしかできないと書いてあった。
『射撃を妨げる大楯』
飛んできた斬撃は魔力を集めた盾で容易く防げた。攻撃力は普通の剣の斬撃にも劣るというのも本当らしい。重さも無いので身じろぎもしない。この技は相手が鎧を着ていないと効果が無いくらい威力が無いようだ。まぁ見た目は格好いいから俺もいつか使いたい。牽制にはなりそうだ。
男爵の近くに接近して剣と盾を切断する。しかし良く切れる剣だ。冒険を終えて帰ったら返したほうがいいかもしれない。
「慈悲を求め…」
「ひ!」
男爵は慈悲の問いを聴かずに逃げていく。決闘で背中を見せるのは一番駄目なのだが。
「ふむ…オルガ決闘法によれば逃亡は決闘の放棄にあたる。私の勝ちだ」
そう宣言して、勝ち名乗りのポーズをする。そう云えばこのポーズはレベルアップのポーズに似ている気がする。もしかしたら普通はこういう形でレベルアップするのかもしれない。
周りの騎士達はなんとも良く分からない雰囲気だ。喝采を上げる風でもないし俺を囲んで殺しに来る感じでもないが、さてどうなることやら。
男爵の逃げた方向から叫び声がしたと思ったら、先程の斧を持った騎士がやってきた。斧は血にまみれている。どうやら男爵は殺されたらしい。命の軽いことだ。人権思想などこの世にはない。殺したのは男爵に近い血統の人間なあたり最初から織り込み済みだったのかもしれない。斧の騎士は先程よりも立派な馬に乗っており、血に濡れた斧を従者に渡すと、新しく槍を持ってこさせた。
「ラスナ男爵は騎士として又貴族としてもあるまじき無礼を働いて逃げたので、こちらの手で処断した。さて、ウルファス=ベイ・リン卿、私の挑戦を受けるか?」
「どのような決闘であれ受けねばならない。そちらは既に男爵を失ったのだから」
「私が新たな男爵だ。馬上槍試合を受けてもらうぞ」
「了解いたした」
山羊の元に行き騎乗する。山羊に乗っても馬上槍試合なのだ。剣をアイテムボックスに保管し、ラグの使っていた槍を取り出して、新男爵と同じ装備になる。槍と盾だけで闘うのが馬上槍試合だ。弓は使えない。
それにしても新男爵か、正式な叙勲を受けたわけでも無いだろうに…勝手に名乗っていいんだろうか?後日別の問題が起きるかもしれない。だが男爵殺しは問題ないはずだ。貴族が決闘の作法に違反しても大して問題はないが、貴族でもある騎士が決闘の作法を破ると場合によっては処刑される。
騎士とは負けたら死ななければならない軍人なのだ。領主や爵位持ちとは又違う階級であり職業なのだ。男爵は箔を付ける為に騎士になったのか、先祖代々の騎士なのかは知らないが、騎士の地位が自らの災いになったようだ。
「準備は出来たぞ新たな男爵よ」
「そのようだな我が名はサスロ=ラスナ・グル・ラスナだ」
「ではこちらから行くぞ」
「応っ!」
俺は老いぼれ山羊をゆっくりと走らせる。当然サスロも白馬でこっちに向かって走ってくる。
新しい男爵は古い男爵と同じく八百長のサインをしてきたので、今度は受諾のサインをだす。新しい方を殺すと流石に拙い気がする。俺は使命を果たすまで無駄な厄介ごとを抱えたく無い。
お互いの槍でお互いの盾を突いたが、俺の方だけが山羊から落ちる。八百長でなくても振り落とされたかもしれないくらいの衝撃だ。俺はまだ馬上槍試合の経験に乏しいので、正面からいっても負けたかもしれない。
「私の勝ちだな若い騎士よ」
「まったく新しい男爵閣下は古い方より随分強い。完敗です」
サスロと彼の配下は皆笑っている。正直言って馬鹿馬鹿しいが、騎士なんてこんなもんだ。さて、サスロが俺のハレに手を出さないのであれば俺が彼を殺す理由はないが、魔がささないことを互いのために祈るとしよう。




