取り替えられた王子が居た
死は突然やってくることは両親と祖父母から学んでいたが、まさか自分がこんなに早く死ぬとは思わなかった。
「静間さ~ん?静間宗太郎さ~ん、居ないんですか~お邪魔しますよ~」
そう言って宅配便屋が家の中に勝手に入ってきた。おいおい…いいのかよ?犯罪だと思うぞ。まぁ死体を発見してくれるのはありがたい。
「死…死んでるのか?」
俺はパソコンの前で死んでいる。何故そんな事が分かるかというと、幽体離脱というやつをしているせいだ。自分の背中を直接見るというのは初体験かもしれない。
人にめったに会わないからか汚らしい髪の毛と背中をしている。我ながら情けないことだ。
今の俺の姿は人には見えないようだが、足もついているので不可視な以外は何処にでもいる一般的な痩せ形の成人男性だ。
死ぬとこんな風になるのか、てっきり直接三途の川に行くものだと思っていたが。
「とりあえず…警察?救急車か?えっと…111…いやえっと…」
宅配便屋は携帯で慌てながらも連絡してくれたようだ。
「ふぅ…」
大分落ち着いたらしく、息も整ったようだ。あ、俺の財布から金盗ってやがる。まぁいいさ、どうせもう使えないし親類も居ないから金の行き場など無いのだ。
それにこいつが連絡しなければ俺は白骨になる過程を自分で見る事になるのだから、助かったのは確かだ。
タンスを漁っているがそれもまぁ許してやろう。死んだ所為か心も穏やかだ。さて…俺はこれからどうなるのだろうか?
「静間さんの葬儀には誰も来ませんでしたね…まぁそういう人もいますよ」
孤独死救済を掲げるNPO法人の男はため息を吐きながらそんな事を言った。俺の携帯電話に連絡先の入っていたかつての友人達にもちゃんと連絡してくれたのはありがたかった。
だが、なにせ10年以上友人に会って無い上に、俺と同じ38才頃ともなればバリバリ働いて忙しいことだろう。それだけが理由でも無いだろうが俺の葬儀に来る人間は誰もいなかった。たった一日でも俺に時間を割いてくれる人間は居なかった。
友人の中には俺より早く死んだのも居たようだった。俺には葬儀の案内は来なかったから友達ではなかったのかもしれない。お悔やみ欄に気付かなかった俺も悪いのは確かだが。
「連絡も弔電も無し…寂しい人生だったんですね…」
…確かに寂しい。俺の葬儀は実質火葬だけで終わった。両親の葬儀にはどちらも30人以上来ていたし、
葬儀屋のホールを使っていたのに…俺は公共施設の斎場でたった一人の男に見送られて終わった。
正確に言うと坊主も居たが、坊主はぞんざいなお経を上げるとさっさと帰ってしまった。
両親の葬儀の時もそうだったが相変わらずクズい奴だ。
「来世があるなら…どうかその時は幸せになってください。お骨は先祖代々のお墓に埋葬します…」
そう言って男は出ていった。死亡届なんかもこいつが出してくれたので、一応お辞儀しておく。
まぁどうせ見えないのだが、こういうのは気持ちだ。
『しかし…焼いたのにまだこのままなのか?もう体無いぞ?』
幽霊の体には何の変化もないし、坊主のお経も利かなかったのか一向に成仏しない。
斎場の周りにも俺以外の幽霊なんていなかった。
『これからどうしよう…』
誰も居ない部屋でそんな事を考えていると部屋の扉が開き、焼きたての骨がやってきた。
部屋の外には大勢の人間が居るが皆悲しそうだ。喪主と思われる人間の持つ遺影は100才くらいの老人だが、大往生なのに皆悲しそうだ。
政治家の葬儀には見えないから本当に皆悲しいんだろう。故人は俺と違って人望に篤い人だったんだろう。皆泣き笑いでお骨を拾っている。
居た堪れなくなり、部屋の外に出た。物質を透過できるのですぐ出れる、だが…行く所なんて無い。
美女の着替えを覗くなんて事が頭をよぎったがあんまり意味が無さそうだし、やる気にはなれない。
『…何もする気が無いからニートだったし葬儀にも誰も来なかったんだよな…』
どんどん陰気な気持ちになってきた。我ながら実に幽霊らしい。
『どうせやること無いんだし、煙と一緒に空に昇るか』
それはなんだかとてもいい考えに思えた。斎場の空を昇っていくとなんだか光に包まれたので、眩しくて目をつぶる。幽霊なのにこういう所は変わらないらしい。
光の中は実に心地良い…なんだか眠くなってきた。あぁ…俺は成仏するのかもしれない…
目を開けるとそこは暗闇だった。
『極楽には見えないが…地獄に落ちたかな?前科は無いし悪い事もして無いが…そんな事関係ないのかな?』
だが別に鬼も閻魔も居ない。ただ暗いだけだ、だが何の不安感もない。
それどころかむしろ多幸感がある。闇の中は暖かな液体で満たされており、闇の外からは不思議な音楽が聞こえる。
「ガヤン?タタッチク…」
闇の外から奇妙な言葉が掛けられた。言葉の響きは意味不明だが、如来か女神ではないかというくらい美しさを持った女の声だ。
『お釈迦様ですかな?それとも伊邪那美様ですか?我ながら無節操ですが、特定の神や仏を拝んではいかったのです。ですがどうかお慈悲をお願いします…願わくばここから出してくださいますか?』
この暗闇は心地良いが一生このままというの正直きつい。
まぁもう死んだようなものだが、だからって死んでからも苦しみたくない。
「ウルファス…?デック!」
なんだか喜んでいるような声色だ。暗闇の海が揺れ動く、なんだか奇妙な感覚だ。
「ウルファス…ヨール…ヨル」
良く分からんことになってきた。一体何が起こったのやら。
『状況を説明しますとですね…えー何処から話しますか、私は東京の生まれです。所謂江戸っ子です。小中高と病気もせずに健康に育ちました。え~とですね小学校の頃はですね、友人が何人も…』
状況を打開できるかは分からないがなんとなく説明を開始した。聞いているのかは知らないが。
『…そして大学を出てからとある会社に就職したのですが、初日に100時間ほど寝ずに働かされました。その後も似たような事が続いたので体壊して辞めました。我ながら一ヶ月もよく続いたものです』
「ヨルヨル」
『その事について労働基準監督署に訴えたら会社の人間に自宅を襲撃されたのです。それで全治半年の大怪我を負わされましたが、会社は一銭も払いませんでした。私の事件がきっかけで色々発覚して潰れたので金を払えなかったとかなんとか』
「ビリョン、エウヂル」
『まぁネット上には社長一家が豪遊している写真なんかが載ってたりもしましたがね。とにかくそれですっかり働く意欲も無くなり、足に後遺症が残って自由に歩けなくなったりしたのでそれからずっとニートです。ニートの意味はお分かりですか?要はごく潰しです。障害者手当てもあったので細々と暮らしていました』
「ギャライルト、レジュゲア」
『それからの人生は…何も有りませんでしたね。人にも会う事は無く隠者の様な日々でした』
結局1時間くらいしか話して無いな、我ながら話すことの少ない人生だ。
どうも外の女神には伝わってないみたいだ。というか俺は声を発していない気がする。
出そうと思っても声が出ないので仕方ない。やる事も無いので眠るとしよう。この暗闇は心地良いので眠るには不自由しない…zzz
「ウルファスよ…もうすぐ産まれるのですね」
ウルファスというのが俺の名前らしい。
さて、ここに来てから随分経って言葉を覚えて状況をある程度把握したが、どうも俺は輪廻転生の輪に囚われているらしい。仏教徒的には余りいい事では無いと思うが、俺にとっては結構嬉しい。
「貴方を身篭った日に、高貴な鳥がお腹に入ってきた夢を見ました。貴方こそエクター王国の正統なる王子です」
俺は王子らしいので時代状況によっては遊んで暮らせるだろう。それに転生したからには葬式に大勢人が来るような立派な人になりたいものだ。
俺は童貞のまま死んだのでそこら辺もどうにかしたい。
「この広い王宮も貴方のものです。あの汚らわしい王の物ではない…貴方こそ真の後継者です。神聖武器を操って世界を救うのですよ…」
どうも両親の折り合いは悪いようだが、王族というのはそんなものかもしれない。
羊水の海が揺れ動く、どうも二番目の母は腹を撫でているようだ。しかしえらく簡単に言葉を覚えられたな、まだ赤ん坊でも無いのに。
「貴方は魔道も騎士道も極めるのです…このサシャンセル=エクター・ロデイの血を引く貴方なら容易い事です」
魔術がある世界だから言葉を簡単に覚えられたのだろうか?最初は外国だと思ったがどうも地球ではなかったようだ。
「ぐっ!うぅ~!」
美しい声が苦渋の響きを奏でる。陣痛が始まったんだろうか、頑張って無事産んでほしい。
それと産後の肥立ちが悪くて転生して早々に死ぬなんてのも嫌だ。
是非とも頑張って丈夫に産んで欲しい。我ながら注文の多いことだ。
「ガァヤウヤァガ~!」
獣のような美しい声が小一時間ほど続いた後に、俺は暖かな子宮から巣立った。外界は羊水の海に比べれば寒かった。
暗い世界から光ある世界に放り出されたので眩しくてまともに目が開かない。
「オ…ギャ…オンギャー!」『寒…いんですが…なんかくれー!』
産声を上げるが、のどが発達していない所為かまともな言葉は喋れないようだ。果たしてちゃんと喋れるようになるんだろうか。
どうやら美声の母が何か察してくれたらしく俺を抱き上げてくれたようだ。
「ウルファス=ディナ・エクター・ロデイ…私の愛しい王子…」
俺を産んだ母を薄目で見たが、この世の物とは思えないほどに美しい…正直母親でもいいからお付き合いしたい。
というか付き合ってください。オイディプスになりたい位美人だ。
こんな凛とした美しさの人間を見たのは初めてだ…まぁこの世界で初めて見た人間がこの人なのだが、こんな美しい人に最初に出会うとは俺の前途は明るいな。
「オギャオ…」『母上様が美人で嬉しいです。すっごい嬉しいです』
「私と同じ…母なる闇夜神の如き黒い髪に…豊かな大地を示す茶褐色の虹彩…この世のどんな財宝よりも光り輝く黄金の瞳…フフッ…間違い無く正統なる子…天に与えられた職業は…一杯ね…12種類も…天才かしら?うん、間違い無く天才ね!」
俺が小さい所為か俺を抱いた母はとてつもなく巨大に見える。
まるで女神だ…何もかも規格外の美しさだ…あのおっぱいを毎日…グフフっ…いや、いかんいかん何を考えているんだ。相手は母親だぞ。
「そうね…では…最初は蒼魔騎士がいいわね。うん、よし。強い子になってねウルファス…フフっ」
そういって母は俺を揺り篭らしきものに乗せて寝てしまった。出産は疲れるんだろうな、お疲れ様です。
「クゥクゥ…?」『しっかし周りには誰も居ないな…部屋の内装からいって王妃っぽいが…うん?』
「失礼します王妃様…」
小声で部屋に入ってきたのは、母程ではないが美しい赤毛の女だ。
母上様が美貌の戦女神ならば、彼女は豊かな大地を象徴する地母神だろうか。胸と尻は母より大きい様だが、腰は細いので肥満体という訳ではない。
この世界の人間は皆こんなにスペックが高いんだろうか?
目がまだ発達していないので、あまりはっきりとは分からないが、子供を抱いている様子だ。大きさからいって俺と同じ赤ん坊だろうか?
「この子が…ウルファス王子様…ごめんなさい…」
そう言って女は俺を持ち上げた。
「おぎゃ!?」『何すんだこの女!?』
「ごめんなさい本当にごめんなさいごめんなさい」
俺はこうして誘拐された。