『極寒の復興都市アンチアルマ、規格外の越冬計画 〜有能侍女長と異能の姫たちがいるので、厳しい冬も極楽です〜』
十一月。西の古都アンチアルマに、いよいよ本格的な冬の足音が聞こえてきた。 肌を刺すような冷たい空気。かつては瓦礫と雑草だけの廃墟だったこの街も、総督セレスティア親王イリアードのもと、十三万の帝国軍、五千の親王軍、そして数万の領民たちが一丸となって汗を流した結果、見違えるような復興を遂げつつある。
そして今日、「立冬」の節目を迎えたアンチアルマでは、冬の到来を告げる『迎冬』の儀式が盛大に執り行われた。 それに合わせ、都から届いた防寒資材や、先月中に加工を終えていた大量の毛皮、綿入れの衣類――通称『暖衣』が、兵士や領民たちへ一斉に下賜されることになったのだ。
広場を埋め尽くす十三万の帝国兵と、五千の親王軍。その圧巻の光景を前に、イリアードが堂々と声を張り上げる。
「全軍および領民に告ぐ! 厳しい冬が訪れるが、我が陣営に凍えに倒れる者は一人も出さぬ! この暖衣を受け取り、冬の寒さを跳ね返せ!」
「「「おおおおっ!!」」」
地鳴りのような歓声が冬の空へと突き抜ける。 すぐさま始まった厚手の防寒着の配給。十数万人分という途方もない物量にもかかわらず、現場には一切の混乱がなかった。その完璧すぎる配給システムを裏で仕切っていたのは、他ならぬ侍女長のベルナデットである。
『メガネのナデット』の異名を持つ彼女は、寸分の狂いもない人員配置と的確な指示で、最速・最効率の配給を叩き出していた。
「ベルナデット、相変わらず見事な手際ね」
親王妃リゼリアが感心したように声をかけると、ベルナデットは眼鏡のブリッジを指先でクイッと押し上げ、涼しい顔で即答する。
「当然です、リゼリア様。防寒着の分配遅延は、そのまま兵士の体力低下に直結いたしますから。配給ラインの最適化により、予定時刻より四十七分早く全作業が完了する見込みです」
「ふふ、頼もしいわ。これで皆、暖かい冬を迎えられるわね」
リゼリアの隣では、側室のセシリアと侍女のエミーナ、ロゼッタが、領民たちへ薪や木炭を配る作業を笑顔で手伝っていた。
◇
防寒着の配給と燃料の確保が順調に進む中、アンチアルマにさらなる「奇跡」が舞い込んだ。
「殿下! 姉様! 大変ですわ、いえ、素晴らしいことですわ!」
目をキラキラと輝かせたセシリアが、パタパタと駆け寄ってくる。 なんと、以前避難民収容所で湧き出たときと同じように、この復興中のアンチアルマの地下からも熱い温泉が噴き出したというのだ。
しかも、一箇所だけではない。市民や帝国兵が誰でも利用できる『清涼公園』の隣と、あろうことか総督府の邸宅の敷地内からも、豊かな効能を秘めた湯がこんこんと湧き出たのである。
「市民や兵士たちが誰でも入れる大浴場施設が、清涼公園の隣に完成いたしました!」
「避難民収容所に続き、アンチアルマにも温泉が湧くとは……まさに天の恵みだな」
セシリアの報告に目を丸くするイリアードとリゼリア。 ――もっとも、当の本人たちには薄々察しがついているのだが、これがセシリアとエミーナの「仕業」であることは間違いなかった。
清涼公園隣の公衆浴場は、オープンするやいなや連日大盛況となった。 復興作業で泥と汗にまみれ、冷え切った身体を抱えた兵士や領民たちが、溢れる湯に肩まで浸かっては「生き返るようだ」「総督殿下に感謝を!」と幸せそうな声を上げている。
一方その頃、総督府の邸宅に作られた湯殿では、リゼリアとセシリア、そして侍女たちが一足先に極上の湯を堪能していた。
「はぁ〜……極楽ですわぁ、姉様。パイロキネシスで湯を温めなくても、最初からちょうど良い湯加減なんて感動です」
真っ白な湯気に包まれながら、セシリアがとろけそうな息を吐く。
「ええ、セシリア。兵士たちや領民の皆さんの疲れも、この湯がきっと癒やしてくれますわね」
その横では、ロゼッタとエミーナがキャッキャと楽しそうに湯を掛け合っていた。ロゼッタが『念視』の異能で街の様子をそっと覗き見ると、公衆浴場で兵士と領民が肩を並べ、笑い合いながら湯に浸かっている光景が浮かび上がる。
「ロゼッタの念視でも見えます! 街のみんなが温泉に入って、心までぽかぽかになっていますよ!」
「エミーナの念力で湯桶やタオルを運ぶお手伝いをしたら、領民のおばあさんにすごく喜ばれちゃいました!」
そんな和やかな空気の中、洗い場の隅で一人、真剣な眼差しを光らせている人物がいた。ベルナデットである。彼女はポーション瓶に温泉の湯を採取し、何やらブツブツと分析を始めていた。
「分析完了。本温泉は硫黄およびナトリウムを豊富に含み、筋疲労回復、皮膚炎の治癒、ならびに精神的ストレス緩和に著しい効果が認められます。これにより、我が軍の戦闘継続能力、および領民の復興作業効率が大幅に向上すると推計されます」
「ふふ、ナデットらしい分析ね。でも今は、あなたもゆっくりお湯に浸かりなさいな」
リゼリアに優しく促され、ベルナデットもようやく眼鏡を外す。そしてゆっくりと湯船に身を沈めると、「ほうっ……」と、普段の彼女からは想像もつかないような長い息を吐いたのだった。
◇
温泉という最強の回復手段を得たことで、兵士たちの疲労は劇的に抜けていった。 これを受け、イリアード総督は次なる一手へと踏み切る。農繁期が過ぎたこの初冬の時期を利用し、全十三万の帝国兵および親王軍を動員した『大規模軍事演習』の実施である。
復興作業に追われて鈍りがちな兵士たちの錬度を取り戻し、アンチアルマ周辺の防衛体制を盤石なものにするための重要な訓練だ。
「全軍、演習配置につけ!」
アンチアルマ郊外の広大な平原に、十三万の大軍勢がずらりと居並ぶ姿はまさに圧巻の一言。イリアード自らが陣頭に立ち、模擬戦闘や陣形移動、防衛拠点の構築演習が昼夜を分かたず繰り広げられた。
冷たい冬風が吹き抜ける野陣。しかし、兵士たちの士気は異常なほどに高かった。 何せ、支給されたばかりの温かい『暖衣』を着込み、休憩時間には木炭の焚き火で暖を取り、夜には街に戻って温泉で疲れを洗い流せるのだ。これで士気が上がらないはずがない。
高台から演習の行方を見守るリゼリアは、『予知』と『念視』の異能を静かに働かせていた。
(――よし。演習中の大きな事故も、他国や魔物による不意打ちの予兆もないわね)
隣に立つセシリアも、いざという時はいつでも『念力』と『パイロキネシス』を解放できるよう控えつつ、凛々しく指揮を執るイリアードの姿にうっとりと見惚れている。
「殿下の指揮、一段と凛々しいですわね、姉様!」
「ええ。イリアード殿下はアンチアルマの総督として、街の復興だけでなく、民を守るための力もしっかりと養っておられるのね」
数日間にわたった演習は、一人の脱落者も出すことなく大成功を収めた。十三万の軍勢は、冬の寒さすら跳ね返す強固な結束と錬度を手に入れたのである。
◇
軍事演習が無事に終わり、兵士たちがアンチアルマの街へ凱旋してくると、そこはすっかり「越冬準備」が整った穏やかな温もりに包まれていた。
各家庭や官庁の煙突からは、確保された木炭や薪が燃える青い煙がのんびりと立ち上っている。家々の暖炉や火鉢には暖かな火が灯り、人々は下賜された防寒着に身を包んで、笑顔で言葉を交わし合っていた。
夜。総督府の庭園からは、清涼公園の公衆浴場から立ち上る湯煙が、白く夜空に溶けていくのが見えた。 イリアードはリゼリアとセシリアを両脇に従え、澄み切った冷たい星空を見上げる。
「暖衣、燃料、軍事演習、そして奇跡の温泉……。これでアンチアルマは、どんなに厳しい冬が来ようとも揺らぐことはない」
「ええ、殿下。最初はただの瓦礫の廃墟だったこの古都が、いまやこんなにも温かく、人々の活気に満ちています」
リゼリアが感慨深そうに微笑むと、セシリアも大きく頷いた。
「温泉の湧き出る復興都市なんて、帝国でも一番素敵な街ですわ! 私、この街が大好きです!」
二人の後ろでは、ベルナデットが次なる冬の補給計画書を完璧にまとめ上げ、ロゼッタとエミーナが仲良く湯気の立つ温かいお茶を淹れていた。
初冬の冷たい風が吹き抜ける古都アンチアルマ。 けれど、そこに暮らす人々や兵士たちの胸には、下賜された暖衣の温もりと、大地から湧き出る温泉の熱、そして未来への確かな希望が、いつまでも暖かく灯り続けていた。




