不気味な碧眼だからと人柱にされた私、祟り神に綺麗と言われる――魔女アイリスのささやかな復讐――
王国で病が流行した。
初めは楽観視していた貴族達だったが、王弟が病死した事で態度が変わる。彼らは病を祟りと考え、湖の祟り神――シモツケサマに生贄を捧げると決めた。
そして、指名されたのが私――アイリス=ロンボートだった。
祟り神の生贄に指名された時、私は悲しいとすら思わなかった。
神の怒りを鎮め、ついでに目障りな「魔女」を始末出来る。王国にとって、私と言う存在は打ってつけの生贄だろう。
指名には納得しか無かった。
6年前――10歳の春、私は高熱を患った後、何故か碧眼になった。
悪夢は、そこから始まった。
まず碧眼が不気味とされ、私は魔女と呼ばれる様になった。次に皇太子との婚約は破談となり、実家は魔女の悪名のせいで公爵家から格下げにされた。私は学園では嘲笑の的となり、実家では側仕えのパシリにされた。
昔は理不尽に憤り、迫害に苦痛を感じたりもした。碧眼をくり抜こうとして、狂人の様に扱われた事もある。
けれど、今は何も思わない。
結局、私が悪いのだ。私は人を不快にする存在だ。無価値を超えて有害である。
散々、人に迷惑を掛けたのだから、せめて死ぬ時ぐらい人の役に立て、というのも自然な考えだろう。
だから私は何も抵抗せず、生贄になる事を受け入れた。
巫女服は綺麗で、久しぶりに可愛くなれたと思った。
荘厳な儀式の空気の中、私は従うままに湖に身を放り投げる。
口から溢れた気泡が水面へと上がっていった。
すぐに呼吸が苦しくなる。
終わるのは構わないが苦しいのは嫌だった。
願うなら早く終わって欲しいと思った。
※※※
目を覚ますと、私は城の跡地の様な場所にいた。
辺りは仄暗く、淡い青い光がまばらに暗闇を照らしている。
そして、この空間は何故か水中と断絶していた。
だが、その常識外れの景色も目の前の存在に比べれば、どうでも良かった。
この世の物とは思えない程美しい、故に威圧感を感じる男性が私の事を冷ややかに見つめていた。
「貴方がシモツケサマですか」
「そうだ。貴様は生贄だな」
「はい」
私は乾いた喉でなんとか声を絞り出す。
変に緊張感があった。
これ以上何も失う物など無いのに、失礼を働いてはいけないという警鐘が、いつまでも頭に響いている。
一方で、死を前にしてグロテスクな程、神秘的な存在に遭う事が出来たという高揚が確かにあった。
冥途の土産としては上々だと思う。
「気に食わんな。怯えるでもなく、嘆くでもなく、ただ運命を受け入れるか」
シモツケサマは違和感がある程美しいその顔を、実に人間らしく歪める。
この時、私は何故か不興を買ってしまった事への謝罪よりも、真っ向からの反論を選んでいた。
「私でも人の役に立てるなら、命など安い物です」
「不快だ。私は無知な女を喰らう趣味は無い」
「お言葉ですが、こんな私でも一通りの教育は受けています。申し訳ないですが、私で我慢して下さい」
「貴様、馬鹿だろう。少し、待っておけ」
シモツケサマはそれだけ言って、影の塊となって消える。
水中の遺跡に私だけがポツンと残された。
私は手持無沙汰で辺りを見回す。
どうやら、私の人生はもう少しだけ続くらしい。
※※※
空間が蜃気楼の様に揺らめき、シモツケサマが現れる。
彼の手には小ぶりの魚が握られていた。
魚がビクビクと揺れる。
意味が分からなかった。
「何なんですか」
「食え。――いや人間は、焼かないと食えなかったか」
シモツケサマは遺跡の中に入り、薪を持って戻ってくる。
薪を並べ、指を鳴らして火を付け、焚火で魚の事を焼き始めた。
やはり、意味が分からない。
「来い」
「はい」
「座れ」
「はい」
言われるがまま、私は焚火に近づき座り込んだ。
よく分からないまま、魚が焼けていく様子を見守る。
魚から油が零れ落ち、ジュッと音が鳴った。
薪が弾けて、火花が散る。
しばらく経つと、シモツケサマは魚の串を取って、私に手渡した。
「食え」
との事である。
やはり私に魚を食べさせたいらしい。
意図は分からないが、断るわけには行かなかった。
私は魚の腹に口を付ける。
熱かった。
熱すぎて、もはや味が分からない。
何なら舌も痛いが、不快では無かった。
「どうだ」
「おいしいです。…あの、これは何なんですか」
私は、結局何故魚を食べさせられているのかを尋ねる。
シモツケサマは不満を前面に押し出して、髪を掻いた。
「貴様はこの世全てを不幸と決めつけている。だから、それ以外の物を示そうとしたのだ。失敗したようだがな」
「はぁ」
説明されてもなお、あまりピンと来なかった。
シモツケサマは私の事を喜ばせようとしたらしい。それは、私がこの世全てを不幸と決めつけており、不快だったからみたいだ。
理屈としては理解できる。
でも、やはり直感的として理解できなかった。
「この際だ。まどろっこしい事は辞めにしよう。1つ、貴様の願いを叶えてやる。私は全能では無いが、強大だ。大抵の願いは叶えてやる」
「私に願いなどありません」
「そんな訳はないだろう。例えば復讐はどうだ。貴様は貧乏籤を引かされたのだろう。周囲に思う所はある筈だ」
両親や婚約者、陛下やクラスメート達の顔を思い浮かべる。
彼らは皆、私を睨みつけて魔女と呟いた。
「そんな事はありません」
「私は今の貴様に価値を感じない。何も願わないというのなら、この国を滅ぼすが、良いのか」
「良く無いです」
反射的に答える。
王国を滅ぼされるのは困る。本当に私が魔女になってしまう。流石にそれは無しだ。
「では、願いを聞こう」
再び、願いを問われる。
だが叶えて貰いたいことは全く思い浮かばない。
「でしたら――」
しかし、私は自然と口を動かしていた。
「――私に料理をさせて下さい」
※※※
シモツケサマは材料と調理場を、それは完璧に用意してくれた。
焼き魚から察するに、シモツケサマは料理という物をあまり知らないらしい。
私を無知と断じた割に、彼も意外と無知であると思う。
私のパシリ歴は6年だ。その仕事の中には、当然料理も含まれる。特に妹から無茶なリクエストを何度も受けただけに料理には一通りの心得がある。
特別な料理など作れはしないが、それなりの物は作れる。
料理とは何たるかをシモツケサマに教えてあげよう。
神様に何かを教える事が出来たのだとすれば、きっと地獄でも自慢話になる筈だ。
まずは、魚料理の準備の料理から初める。
とは言っても、ただの香草焼きだ。
調理の手順は塩を振り、レモン汁をかけ、タイムとローズマリーを添えて焼くだけ。ただ、それだけで美味しくなるから料理は偉大なのだが、今は料理を進めよう。
次にスープを作る。
洒落た名前は無い。好きな野菜と肉を入れて煮込んだ物だ。ビスクやらコンソメやら手間の掛かる物も考えたが、結局一番無造作な物を選んでしまった。
理由は何故だろう。楽だからだろうか。
意外と私も不敬な人間なのかもしれない。
後は用意して貰ったパンをそのままお皿に乗せて、調理を終えた。
「シモツケサマ、料理が出来ました。運びますので、早速食べて下さい」
「私が食べるのか」
シモツケサマは不思議そうな顔をした。
むしろ私がその顔をしたい。
「貴方が食べなくては意味が無いではありませんか」
「貴様の願いだろう」
「えぇ、シモツケサマに私の料理を食べてもらうのが私の願いです」
「意味が分からん」
何故か、納得しないシモツケサマ。
これだから世間知らずの神様には困る。
「分かります。四の五の言わずに食べて下さい」
私はシモツケサマを遺跡内のテーブルに座らせ、料理を並べた。
彼が文句を言う前に、先手を打っておく。
「どうぞ、召し上がれ」
シモツケサマは不貞腐れた様子で、料理に手を付ける。
魚の香草焼きを口に運び、頬を緩めた。
「美味い」
当たり前である。
舌の肥えた貴族ならともかく、原始人の様な食生活を送っていたシモツケサマであれば、私の料理は当然美味しいと感じる筈だ。
彼が私の料理を食べている姿を眺めていると、ふと目が合った。
彼は目を見開き、口角を上げ、私の事を指差した。
「笑えるじゃないか。良い顔だ」
私は頬を叩き、顔の状態を確かめる。
笑っている?本当に?
今すぐ鏡で自分の顔を確認したかった。
私は笑っていたらしい。
信じられない事だが、しかし、シモツケサマが笑っているという言うからには笑っているのだろう。
私はすぐに切り替えて、謝罪した。
「見苦しい物をお見せしてしまい、申し訳ございませんでした」
「何故謝る」
「私などが笑っては不快でしょうから」
「良い顔だと言っているだろう。貴様の笑顔は綺麗だ」
私は、揶揄われてるのではないか不安な気持ちになった。
「本気ですか」
「何度言えば分かる」
本当に本気でいっているらしい。
頬に熱が帯びるのが分かった。
照れ臭くて、嬉しくて、本当かどうか不安になる。
変な気持ち。
――そして、ようやく何故彼が私に魚を食べさせたのかが、分かった。
何故、彼は私を喜ばせようとしたのか。
何故、私を無知と罵ったのか。
要するに彼は――
「貴方は変な神様なんですね」
シモツケサマは溜息を吐く。
何も分かっていないとでも言うかのように、わざとらしく首を横に振った。
「つくづく貴様は馬鹿だ」
「確かに言葉選びを間違えました。変というのは、つまり慈悲深いという意味です」
「そういう事を言っているのではない」
シモツケサマは私の出した答えがお気に召さなかったらしい。
流石は上位存在、気難しい方だ。
とはいえ、私はもう勝負に勝っている。
「私は自分の願いを示し、笑う事も出来ました。もう無知とは言わせません。ちゃんと生贄として認めくれますよね」
「あぁ、生贄となる事を望むのは減点だが、一応及第点はくれてやる。しかしだな、そもそも病の流行は私が原因ではない。貴様が生贄となる必要は全く無いな」
シモツケサマは衝撃的な内容を平然と言ってのける。最初から言ってくれればよかったのに。前提から崩れてしまった。
「では私が犠牲になっても病は解決しないのですか」
「あぁ。逆に言えば何もしなくても解決する。所詮ただの流行だ。時間が解決する。貴様が気にする事では無い。放っておくと良い」
「そうなんですね」
問題はあっさりと解決してしまった。
いや、シモツケサマの目線だからこそ、あっさりと割り切れる部分はあり、おそらく病の流行が大災害なのは間違いない。一方、同時に私が出来る事も無いのも事実だ。
――いや、出来る事はあるな。
「シモツケサマの力で病の流行を無くしていただく事は出来ませんか?無論、私が生贄となります」
「私は人を食べる趣味は無い。だが、そうだな。料理の礼はしなくてはならんな。良いだろう。力を貸してやる。…しかし、良いのか?」
「何がです?」
「国の人間に恨みは無いのか?」
「ありません」
瞬間、彼の眼光が私を突き刺した。
上位存在としての威圧感が私を襲う。
あまりの緊張感に空気がビリビリと震えているかの様に錯覚した。
「嘘はいかんな」
「…嘘ではありません」
「それは本当か」
幾つもの光景が脳裏に過った。
皇太子様が真顔で、気味が悪いと言う。お母様が、お前のせいでと顔を真っ赤にする。
廊下を歩くと、嘲笑の声がやけに響く。
不快な気持ちになった。
強い感情では無い。
恐怖と諦観と申し訳なさの方が大きかった。
でも、シモツケサマの言う通りだった。
私は少しだけ、あの人達の事を恨んでいた。
私は、確実にあの人達の事が嫌いだった。
「いいえ、本当ではありません」
「ならば、もう一度聞こう。本当に王国の病を終わらせたいのか」
「――はい」
私は答えを変え無かった。
望まれていた答えじゃない事は分かる。
でも、これは偽りようの無い本心だった。
「確かに、私は国の人達の事を恨んでいます。でもそれは、1つの感情に過ぎません。未だに、家族には親愛がありますし、どんなに嫌いな人でも病で死んで欲しいとは思わないです。そもそも、王国の殆どの人とは遭った事も無いですしね」
「そうか」
シモツケサマは目を伏せ、表情を消す。
私は続けた。
「――とはいえ、私にも思う所はあります。だから、もう一つだけお願いをしていいですか?やってみたい悪戯があるんです」
シモツケサマは口角を吊り上げる。その姿はまるで悪党の様だった。
「強欲だな」
「えぇ。…叶えてくれますか?」
「願いの内容による。言ってみろ」
私は答える。
「――」
最初、シモツケサマは困惑を示したが、説明を加えると、彼は笑い、願いを早速叶えてくれた。
かくして、魔女が生贄になった次の日の朝、王国で奇妙な現象が発生する。
王国中、全ての人間が”碧眼になった“のだ。
その日、貴族たちは魔女の祟りに怯え、市井の人間は摩訶不思議な現象に首を傾げた。
王国中が混乱に包まれる中、シモツケ湖の周辺では延々と笑い声が聞こえたと言う。
無論、私の声だった。
※※※
「貴様、笑い過ぎだぞ」
「だって、おかしいじゃないですか。これで皆な魔女ですよ」
「人間らしくなったのは結構だが、俗すぎるのも考え物だな」
「唆したのはシモツケサマです」
私が見上げると、彼も笑う。
恐ろしく、とても偉い方ではあるが、同時に彼と居るのはとても楽しい。
これは不敬なんだろうか。
「貴様、今後はどうするつもりだ」
「今後ですか?」
私は言われてみて、考える。
何も考えていなかった。そもそも、ここで死ぬと思っていたし、未来の事なんか考えている訳が無い。
まず、王国に戻るのはあり得ない。世紀の悪戯をカマしてしまった上で、王国に戻る勇気など私には無い。
だとしたら、残る選択肢は2つだけ。王国以外の国に行くか、ここに残るか。
つまり、一択だ。
「ここに残りたいです」
シモツケサマは眉を顰めた。別に怒っている感じではない。単に何言ってんだコイツって感じ。失敬な。
「勿論、タダでとは言いません。食事は用意しますし、洗濯も掃除も何でもします。貴方も神様なんですから、召使の1人ぐらい居た方が良いでしょう」
「貴様は何故ここに残りたい?」
「貴方と一緒に居たいからです」
我ながら、単純で身の程知らずだとは思う。
でも、どうしようも無いのだ。
だって、彼は私に感情を教えてくれたから。
「貴様、やはり馬鹿だろう」
彼の反応は想像通りだった。
「いいから返事を下さい。良いんですか、駄目なんですか」
「…良い」
シモツケサマは何故か悔しそうに言った。
この人も大概面倒くさい。
「私、アイリスです。これからよろしくお願いします、シモツケサマ」
「あぁ」
こうして、魔女はシモツケサマの召使となった。
なお彼女が召使でなくなるのは、また別の話である。




