お飾りの妻のはずでしたが、義娘に溺愛されたら侯爵様が跪きました。
「ディのお母さまになってほしいの!」
えっと、再婚相手の娘さんに気に入られたようですが、それはちょっとまずいです…!!
私は元貧乏子爵家の娘で、現侯爵家の妻になった。
実家の借金を肩代わりしてもらい、再婚話にうんざりしていた侯爵様のお飾りの妻となった。
…はずだったのだけれど。
「ルビー、ディと遊びましょ」
「…はい、お嬢様」
侯爵様の一人娘である、ディオラ様が何故か私にベッタリなのである。
元侯爵夫人は、愛のない結婚を蹴って、愛人と隣国へ逃げたと聞いている。
その元奥様の代わりにしたいようだが、それは遠慮したい…。
だって、この家の全員がそれを歓迎していないからっ…!
「奥様は奥様の仕事だけしてくださいませ。ディオラ様に近づかないでください」
と、昨日ディオラ様の乳母にも、侍女長にも釘を刺されたばかりだ。
今もあちこちからの視線が痛い…。
でもさあ!だったら、この可愛い子のお願いの断り方まで込みで教えてくれない!?
私には無理だよぉ…。
「ルビーはずっとおうちにいる?」
「そうですね、侯爵様がいいと言ってくださる限りは」
「…ルビーがおうちからいなくなる時は、ディも連れてって?」
「うっっっ、かわいい…。えっと、それは侯爵様に怒られてしまいますよ…?」
「…パパなんて知らない、ディに構ってくれないもん」
あ〜〜、侯爵様は子どもをよしよしするタイプじゃなさそうだもんねぇ…。
ディオラ様の隣に座っているだけで、私は構っていることになっているのか。
そう考えると、この家の大人は、ディオラ様とは貴族としての適切な距離なんだろうなぁ…。
う〜〜ん。
「お嬢様は、侯爵様とだったら何して遊ぶんですか?」
「…パパは遊んでくれないよ?」
「あ〜〜、えっとぉ、もし遊んでくれたら、です!」
「…別に、遊んでくれなくていい」
もっちりした頬が垂れそうなほど下を向いて、ディオラ様はぽつりと呟いた。
「…ぎゅってしてほしいだけなの」
私のことを睨んでないで、侯爵様を連れてきた方が早いですよ、そこの侍女長…?
もういいや、私が後で怒られよう。
こんなに可愛い、まだ小さい子を俯かせたままにしておく方がどうかしている。
「お嬢様、それは私でもよろしいですか?」
「え…」
「侯爵様の代わりにはなれなくて申し訳ないですが…」
「ルビーっ…!」
私が腕を広げる前に、ディオラ様は胸の中へと飛び込んできた。
しがみつくようにドレスを握られて、私も思わず抱き締め返す。
あったかくて、ほわほわで、ずっと小さくて、泣きそうになる。
…そりゃあ、甘えたい年頃だよねぇ。
「ディオラ様、いけません!侯爵家のレディとして、はしたないですよっ!」
すぐに世話係の声が飛んできて、ディオラ様の肩がビクッと跳ねた。
「…ごめ」
「なーんにも悪いことではないですよ?」
謝ろうとするディオラ様の声を遮ってしまった。
あーあ、こってり絞られるな、こりゃ。
私を見上げるディオラ様に、少しのわだかまりも残さないように、微笑んでみせた。
「甘えるのは、悪いことではありません。今まで頑張ってきましたもんね、お嬢様は」
侯爵家としては、この家の全員が正しいことをしているんだとわかる。
でもディオラ様からしたら、それは寂しいことだと、気づいてあげてもいいじゃないか。
それがお飾りの私なら、私が怒られればいいんだから、ディオラ様は何も悪くない。
じっと私を見つめていた大きな瞳から、ボロボロと涙が落ちた。
「!? えっ、ど、嫌でしたか!?」
「…ルビー、ずっと一緒にいてええぇ」
「い、今一緒にいますよ!?ほら、ぎゅーってしましょうっ?」
「ディ、がんばってるもん。ひとりぼっちは嫌なの…、ルビーと一緒にいるのおおぉ」
ディオラ様の泣くところをはじめて見て、私の方がテンパってしまった。
「はい…!一緒ですよっ!」
そう返事をするともっと泣いてしまって、ディオラ様は泣き疲れて眠るまで、私の腕の中にいた。
次の日、修羅場が始まってしまった…。
「ルビーに、ディのお母さまになってほしいの!」
すっかり甘えることを覚えたディオラ様は、私の膝の上から降りない。
「え〜〜っとですね」
「ママがいなくなった時みたいに、ルビーが出て行く時は、ディも行く!だって、ルビーがディのお母さまだもんっ!」
私が追い出される前提ですね、わかります、私もそう思います…。
「あの、お嬢様、侯爵様がお困りになっていますよ…?」
「パパは、もうディのパパじゃないからいいの!」
なんですと…!?
「ディにはお母さまだけだもん!ルビーだけでいいっ!」
そのままぎゅーっとしてくれるのは大変可愛くて有難いですし、私もしっかり抱き締め返しますが、…侯爵様が顔面蒼白なんですけど、ディオラ様?
「ルビーもパパいらないでしょ?」
「いやっ、いてくださらないと困りますよ!?侯爵様のおかげで借金…じゃなくて、お嬢様にもお会いできたんですよっ?」
「え〜〜〜、じゃあパパもいていいよ…?」
ムスーっと唇を尖らせながら、私の胸に顔をぐりぐりしている。
その頭を優しく撫で付けて、ディオラ様に見られないように苦笑いする。
「ディ、ディオラはパパは要らないのかい…?」
ようやく意識を取り戻したのか、侯爵様が口を開いた。
「パパはルビーに優しくないからいらない!みんなルビーに優しくないからいらないっ!きらい!」
あああ、それはお飾りであって、そもそも歓迎されてないから仕方のないことで…!
「ディはずっとルビーと2人がいい…」
終わった、どこをどう怒られるのか想像もつかない…。
「で、ではっ、ルビーのことも大事にする!優しくするっ…!」
侯爵様はガタガタと音をさせながら立ち上がって、こちらにやってくる。
焦ったように、威厳もまるでないお顔で、私のすぐそばで跪いた。
娘に嫌われるという威力、恐るべし…。
「…イヤっ。パパはどうせ嘘つきだもん」
「そ、そんなことはないよっ…、約束は守るよっ!?」
侯爵様もそんな顔されるんですね〜、いつも怖い顔しかされないから新鮮だわぁ。
「ディのことも大事にしてくれないパパなんか知らない」
「だ、いじ、してな、い…」
侯爵様がまたフリーズしてしまった。
「あああ、侯爵様は、お嬢様を大事に思っていますよ?」
「でも、ディと一緒にいてくれるのは、ルビーだけよ?」
「う〜んっとぉ、ああ!侯爵様がお忙しい分、私にお嬢様と一緒にいるようにと言ってくださったのですよ!ね、ねっ、侯爵様!?」
「あ、ああ、そうだよ?ルビーはそのためにいてくれているんだ…!」
「パパがディのために、ルビーを連れてきてくれたの…?」
「そ、そうだとも!」
「そ、そうですよ!」
私と侯爵様は、今までのことが嘘みたいに息が合っていた。
「…じゃあ、パパありがとう。ディ、ルビー大好きなの。だからうれしい」
もっちりほっぺを私の胸にくっつけながら、天使ははにかんだ。
…どうにかなった、か?
「じゃあ、やっぱりルビーはディのお母さまね!」
「えっ」
「へっ」
「それなら、パパもディのパパにしてあげる!」
「あああ、ああ、そうだね!ルビーはディオラのお母さんだよっ…!」
あ、今新たな契約が更新された…。
使用人が青ざめていくのが、目の端に映る。
…そんな顔しなくても、反逆に出たりしませんて。
でもまあ、侯爵様のお墨付きなら、もう抱き締めても許されるだろう。
私はディオラ様を再び抱き締めると、その可愛い頬にキスをした。
「ではよろしくお願いしますね、ディオラ」
「うんっ!お母さま!」
侯爵様が長―い息を吐いて、ヘロヘロと座り込んでしまった。
「…ということみたいです、侯爵様」
「…ああ、君がディオラを泣かせたわけじゃなかったのだな」
「泣かせてしまったので、間違いではないですね…、あはは」
「ありがとう、ディオラを笑顔にしてくれて」
その瞳にいつもの蔑む色が消えていて、気を張っていた私の力が抜けていく。
「…私も努力しよう。君もそのようにしてもらってもいいだろうか…?」
むしろ懇願するような表情に、この人も気を張って頑張っていただけのように感じた。
お互いの立場で、頑張っていただけなのかな。
もちろん、ディオラも母親がいなくて頑張っていた。
それだけだ。
まあ、待遇が良くなるなら有難いし。
「改めてよろしくお願いします、…セルジュ様」
「ああ、名前で呼んでくれると嬉しい」
「わー!パパとお母さま、もしかして仲良しっ!?」
「これからもっと仲良くなる予定だよ」
そう言って、セルジュ様が私の手を取ったので、ドキリとする。
…え、あ、それは照れる。
「…これまですまなかった」
「えっ、いいえ!最初からそういうお話でしたし…」
「私に、挽回の機会をいただけるだろうか…?」
「も、もうすでに十分ですっ!」
ブンブン首を振ると、侯爵様は眉尻を下げた。
い、今までそんなディオラみたいな可愛い顔をしたことありませんよね…!?
「困ったな。ディオラ、君のお母さんにもっとわがままを言ってもらうにはどうしたらいいと思うかい?」
「あっ、ディオラに聞くのはずるい…!」
「ディとおそろいのドレスを作るといいの!」
「ああ、それはいい!パパもお揃いにしてもいいかい?」
「しょうがないなぁ〜。いひひ、いいよー!」
「というわけで、ひとまず好きなだけドレスを作ってくれ。他にも遠慮しないで言ってほしい」
いつもと違った柔らかい表情で、私を見つめてくる。
ゴクリ、…これは覚悟を決めた方がいい。
ディオラのお母さんになるということは、正式な侯爵夫人になるということだものね…。
「…ありがとうございます。ディオラの母として恥じないように努めます」
「ああ、こちらこそありがとう。これからよろしく、ルビー」
「よろしくなの、お母さま!」
親子の顔がそっくりに微笑んだ、うーん可愛いなぁ。
「彼女は、今から侯爵夫人だ。そのように接するように!」
「はい!よろしくお願い申し上げますっ、奥様!」
使用人たちが一斉に頭を下げて、圧巻だった。
なんだかすごい急展開に笑えてきて、私はこの家に来てはじめて自然を笑えたのだった。
了
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