17時(2)
西暦とよばれる暦があってという説明は、ちょっと難しい。あっちの世界の暦は国ごとにバラバラで統一されていなかったのよね。だから「魔王に一斉に攻め入る」と日付を決めても、ある国は5月1日、別の国は8月12日といった具合で、同じ日なのにバラバラ。よく足並みが揃ったものだわと今さらながらに感心してしまう。まあ、地球も昔は似たようなものだったのだから、それ以上は突っ込まない。
それはさておき、ここに2082年と刻印されているってことは……さすがにドッグフードの消費期限が何年なんて知識はない。我が家ではペットを飼ってなかったからね。でも、普通に考えて何十年ももつことはないはず。せいぜい五年と考えても2070年代後半に製造されたのだと思う。そして私がいたのは2026年。つまり、最低でも五十年の歳月が流れていることになる。
『最低でも五十年……』
『勇者召喚のときに女神様が言ってたのは……時間の流れが百倍近く違うって話だった』
『まさか』
『逆だったのよ。向こうで一年経ってる間にこっちでは百年経ってたという、私が思ってたのと逆の……最悪の可能性』
『つまりこれは……』
『私たちが召喚されてから五十年くらいの間に何かがあった。何かはわからないけど、店の品物を根こそぎ持って行って、ドッグフードの残骸だけが転がってるような、何かが』
そしてさらに五十年が経過した……か。
『ということは、つまり……』
『私、帰ってきたけど……これ帰ってきたと言えるのかしらね?』
最低でも五十年は経過したと考えると、私の両親が生きている可能性は非常に低い。召喚された時点で二人とも五十に差し掛かっていたからね。ましてや百年も経っているとしたら、私のことを知っている人なんて一人も生きてはいないだろう。
『私のことは気にしないで。ある意味、もう諦めがついたから』
『そう言ってもらえると少し気が楽になります』
『むしろモニカをこっちに連れてきちゃったことの方が問題になりそうだけど』
『そこは気にしなくても大丈夫です』
『え?』
『家は兄たちのいずれかが継ぐ予定だったから心配いりません。私なんて政略結婚の道具になれば良い方ですから。なにしろ下級貴族、いなくなってせいせいしたと思われているかもしれません』
『そう言ってくれるなら……いや、家族は心配してると思うよ?』
『こちらの時間が百倍速く進んでいるなら、異世界ではまだ数分といったところでしょう?まだ何も心配せずに今頃はまだ祝勝会の会場で酒でも飲んでいるでしょうね』
『ああ……うん、そうだね』
とりあえずお互いにこのことはもう気にしない、ということで合意した。過ぎたことだし、私たちのどちらもどうにもできなかったことだから、と。
仮に、あの場でモニカだけ残していたら、色々と難癖をつけられて幽閉されるならマシ、最悪は処刑、なんてこともあり得たらしい。
何それ異世界超怖い。
『さて、では気を取り直して行きましょ』
『わかりました、実里様』
『待って』
『なんでしょうか?』
『もう、召喚された勇者とか、その世話をする立場じゃないんだから「様」はいらないわ。対等の……「友人」よ』
『わかった……実里』
『うん、よろしくね、モニカ』
学校から駅までの道順は、森に変わっているというただ一点を除けば記憶の通りだった。
建っている建物がほとんど見たことがないものばかりなのである意味新鮮……とはならない。大半が崩れかかっていてひどい状態だから、見覚え以前の問題だ。
そもそも日本の場合、住宅は大半が木造なので、五十年も経たずに建て替えられることが多いと考えれば、住宅街である学校周辺の建物はだいたい変わってしまうもの。だから、見覚えがないのは当然と受け入れるしかないんだけど、一体どれだけ時間が経ったのかと少し怖くなる。本当に百年も経ったのかしら。
やがて市街地になってくると鉄筋の建物も増えてきて、何となく見覚えのあるものもチラホラ。と言っても、外壁のタイルや塗装が全部剥がれ落ちていて『多分あれは○○かな?』という程度のものばかり。
そんな感じで駅に通じる大通りまで出てくると、森は途切れて道路のアスファルトも穴だらけではあるけどある程度健在。何となくの見た目も記憶通りで、やっと帰ってきた安堵と懐かしさに、「どうしてこんなことになったのか」という形容しがたい喪失感に胸が締め付けられた。




