-1時間半
「では魔王の討伐を祝し、勇者様に感謝を!」
偉そうに着飾った国王の一言と共に祝勝会が王城で開かれた。王都に戻ってきて魔王討伐の報告を終えると祝勝会。あまり気は進まなかったが、主役不在では困りますと何かと私の世話を焼いてくれた人たちから言われては断れず、祝勝会が終わったら帰還の宝珠を使ってさっさと帰ればいいやという程度で承諾した。残り時間はあと五時間程か。ただ一人、どうしても最後に別れの挨拶をしたい相手がいて、王都に戻ってからずっと探しているのに見当たらず、ちょっとソワソワしてしまう。この祝勝会が終わったら誰がなんと言おうと探し出すつもりだ。
「勇者様、ありがとうございます」
「さすがでございます」
貴族たちが次々と押し寄せて礼を言いながら、「実は私の息子がいい歳でして」と頼んでもいない紹介にはうんざりした。こっちは元の世界に帰る気満々だし、先ほどの挨拶でも「祝勝会を終えたら帰ります」と宣言しているというのに、まだ引き留めようと考えているのかな。もっともこれで引っ張ってくる息子とやらが爽やか系イケメンだったら心が揺れたかも知れないけど、どいつもこいつも暑苦しいタイプ。いや、イケメンにはイケメンなんだけどね。これと一緒に暮らすとか、何の拷問かと言いたくなるような押しの強いタイプばかり。そしてこれがこっちの世界のイケメンらしいのよね。そんなわけで、精神的に疲れる。おかしいな、私の労をねぎらう場のはずなのにね。
やがて会場内に音楽が流れ始め、ダンスが始まった。言うまでも無く私はダンスなど踊れない。いや、一応フォークダンス――オクラホマがミキサーするアレ――くらいは踊れるけどね?こっちの世界のダンスって、やっぱり元の世界のそれとは違うっぽいので見てるだけだ。私は壁の花、私は壁の花……と暗示をかけ、気配を消す。終わるまでおとなしくしていよう。そう思っていたら、この世界におけるイケメンオブイケメンがこちらへやって来た。とりあえず、壁から数歩歩み出て壁ドン顎クイは避けよう。
「勇者様、お楽しみいただけてますか?」
「ええ、ミルコ殿下、お気遣い無く」
この国の第一王子ミルコ・サルヴァート。王族ってのが美男美女の結婚を続けていくイケメンのサラブレッドだけあって、容姿だけならハリウッド俳優が霞んで見えるほど。だけど、一皮剥けば中身は私が今までに見た中で一番と言っていいほどドス黒く、ぶっちゃけて言うとお近づきになりたくない相手。しかし、こういう場である以上、避けては通れない。念のため探知魔法で私自身を確認。髪に芋けんぴ、ついてないよね?
「私と一曲踊っていただけませんか?」
「お断りします。踊りなんて知らないってことはご存じでしょう?」
「はは……これは手厳しい」
ちなみに貴族たちはこの祝勝会で初めて私に息子の紹介をしている程度だけど、この王子は私が王都に戻ってきて早々どころか、召喚された勇者候補が一桁になった頃から残っている女子たち全員に声をかけまくっている。もっとも、その腹黒さは知れ渡っていたので、一人としてなびかず撃沈しているんだけどね。それでも諦めない精神力にはちょっと感心してしまう。
なんでそんなに必死なのかというと、とても簡単。
勇者は戦力になるから。
魔王を討伐するという目的のために各国はそれぞれの考え方の違いを乗り越えて協力体制をとった。では、魔王を討伐した後はどうなるかというと、魔王によって攻め滅ぼされた国の土地を巡る争いが始まる……らしい。そんなとき、魔王すら討伐してみせるほどの勇者は特大の戦力。勇者の召喚から魔王討伐まで最前線にあったこの国が優先的に勇者を囲い込み、それを戦力に各国に攻め入り……ということらしい。詳しいことは知らない。いや、詳しく知りたくないので、まともに聞いてもいなかった。だって、私は帰るんだし。
「ではせめてこちらをどうぞ」
「私、お酒はちょっと」
「大丈夫ですよ。王国南部の希少な果物のジュースです。芳醇な香りとえもいわれぬ味わいは格別の品だとか。ぜひご賞味を」
「そう……ありがとう」
すこし話しませんか、と隅の方へエスコートされて、差し出されたグラスを思わず受け取り、そのまま飲んでしまった。しまった、そういえば、ウィル爺が……
「ふふ」
そのとき、私にだけ見えるようにしていた笑みに恐ろしいものを感じ、慌てて私は……
「!」
「チッ、もう目が覚めたか」
その声を聞き終えるより早く、全身に身体強化の魔力を巡らせて飛び退こうとして……うまく動けない。
「ここは……」
「はあ……ま、いいさ。十分程度でもここにつなぎ止められればいいわけだし」
会場近くの、王族と一部の上級貴族以外は立ち入れないエリアにある、休憩用の部屋。もちろん、ちょっと疲れたから一休みという以外の意味でのご休憩もできるようなとこ。そんなところに男女がある程度の時間一緒にいたら、「色々致しました」と周りに喧伝するようなもの。つまり、こいつは私との間にあたかも何かがあったかのようにして「あんなにも愛し合った私を見捨てるのかい?」って感じで私の帰還を妨害しようという筋書きかな。アホらしくてかける言葉も見つからない。
「やれやれ、勇者ってのは厄介だね。ドゥーマですら昏倒するほどの薬なんだが」
「そんなのを飲ませたの?!」
ドゥーマというのはこの世界にいる、脚が六本あって、背中までの高さが五メートルくらいで、頭の位置だと七、八メートルはあろうかという超巨大な馬。その大きさ故にあまり多くは飼育されていない。でかすぎて餌代をはじめとする維持費がすごいし、使い道も限られるからね。それでも騎士団には数頭飼われており、戦争のときは一番偉い人がそれに乗って指揮を執るんだっけ?実際魔王との最終決戦では物資運搬用に連れてきてたな。大きさの割におとなしくてギャップに驚かされたな。そんなのすら眠るような薬とか、飲んだ直後に気付いて対策していなかったら数日は目を覚まさなかった……つまり帰れなくなっていただろう。ただ、解毒がまだ完全でないので、ちょっと動きづらい。完全に解毒されるまであと三十秒くらいかな。
「さて、それでも手足には拘束魔道具をはめることはできた……起動しろ」
「くっ」
パチンと王子が指を鳴らすと、部屋の隅にいた人物、確か王子の側近の……名前、何だっけ?まあ、とりあえずそんな側近が、手元で何かを操作した。同時に私の両手足にはめられた金属製の輪がズシリと重くなる。魔法発動を妨害する魔道具か。魔力による身体強化も無効化されるので、これでは満足に動けない。いくつか体内で常時発動させている魔術は持続しているけれど、この状態で暴れるのはちょっと加減が難しいので控えたい。
「本当はこの隷属の首輪もはめたかったが、まあ後でもいいか」
「そんなものまで用意してたの?!」
なんでも言いなりにする、つまり奴隷にする魔道具。さすがにこれをはめられたら「帰らずに残るよね?」「はい」なんてことになりかねない。これを先にはめなかった理由は単純。確かはめたあとに色々と手順を踏まなければならなかったはずで、途中で私が目を覚まして抵抗されたら面倒だから、だと思う。拘束魔道具ははめるだけで機能するから先に着けて私の力を奪っておけばいいと考えてのことだろう。思ったよりもまともに考える脳はあるようね。やろうとしていることは外道だけど。
「はあ……王族という立場上、仕方ないとはわかっていても……はあ」
「そんなにお嫌でしたら、そのまま何もせずに立ち去っては?」
「一応、王子としてすべきことはわかっているつもりだよ。サルヴァートの発展のためにもね」
私の容姿は日本人の平均的な感じで、美人でもないし不細工でもないし、ごく普通の、いわゆる平たい顔族だから、この国の彫りの深い人たちからすれば見劣りする容姿だろう。つまり、形の上だけとは言え私に手を出すのは「王子ってブス専?」という噂が立ちかねないわけで。なのでそんなにイヤならやめてみてはと提案をしてみたけど、却下された。
それはさておき、魔法の発動が妨害されていてもできることはあるからね。こっちに来てからの師匠、ウィル爺が教えてくれたんだ。「手札は多く用意しておけ」って。そのときは何のことやらだったけど、今この状況ではウィル爺には感謝しかない。
「さて……それでは」
「……盟……移」
「え?」
微かな呟きで発動させた転移魔法で、私はその忌々しい密室から姿を消した。




