影は深まる
さて、進級のためには二つの絶対条件がある。
一つは、先述した夏と冬の期末試験(筆記・実戦)に合格すること。もう一つは、年間で『授業修了認定資格(単位)』を二十個取得することだ。
春の初めに数百ある講義の中から自由に選択するのだが、その中身は玉石混交だ。
純粋な魔法学もあれば、歴史や言語学、果ては鍛冶やパン作りといった『一般職業技能』まである。
魔法使い全員が大成するわけではない。
「つぶし」が効くように職業訓練をさせておくという、学院側のドライな親心だろう。
だが、俺が注目しているのはそこではない。
この『単位』には、授業に出席せずとも取得できる裏ワザ──もとい、正規の抜け道が存在する。
一つは、『ダンジョンでのモンスター討伐』。
実戦での魔法行使能力ありと見なされ、単位が認定される。ただし、これには上限があり、年間十単位(必要数の半分)までしか認められない。
「狩りだけで卒業」はできない仕組みだ。
そしてもう一つが──『帝国の依頼』である。
この世界を牛耳る巨大国家、『帝国』。
かつて世界全土を巻き込んだ三百戦争を引き起こし、荒廃した各国を復興支援する代わりに支配下に置いた絶対強者だ。
統治形態は、帝国が直接管理する『直管』と、現地政府を介する『関管』に分かれるが、どちらにせよ「逆らえば終わり」という点では変わらない。
この学院があるアルネシア王国も、帝国の直管領だ。
ここからが重要だ。
学院は帝国の管理下にあるため、『帝国の依頼』を達成することは国家への貢献と見なされる。
これには単位取得の上限がない。
つまり、授業なんて一秒も出なくとも、帝国の犬となって働き続ければ進級条件を満たせるのだ。
俺は停学中で授業に出られない。
おまけに、あの派手にぶっ壊した教室の修理費という、莫大な借金を背負っている。
単位も稼げて、報奨金も出る『帝国の依頼』は、まさに一石二鳥の救済策だった。
「……やるしかないか」
俺はため息をつきながら、寮を出て本館二階にある『支援センター』へ向かった。
帝国の討伐リストや奨学金の手続きを行うその場所へ、重い足取りで歩を進める。
今日の帝国の詳細についてはまだ知識不足だが、やりながら覚えるしかない。今はとにかく、金と単位だ。
靴を履き替え、眩しい太陽の下へ出る。
日差しを避けるように木陰を選んで歩いていると、ベンチにちょこんと座る人影を見つけた。
「……元気か?」
声をかけると、クレアが顔を上げた。
「ええ、まあ。……聞いたわ。デジンたち、退学になったって」
「せいせいしたな」
「……」
「父親のことが心配か?」
「ううん。学長さんが新しい職場を紹介してくれたの。だから、あのクソ親父の家からは離れられたわ」
「そうか。なら、どうしたんだよ。その顔」
彼女は何かを言いかけては口をつぐみ、もじもじとしている。
「……って」
「え?」
聞き取れず、俺が顔を近づけると、彼女は意を決したように言った。
「買い物に、付き合って!」
明日からでも依頼は受けられる。
付き合う義理はないが、彼女を面倒事に巻き込んだのは俺だ。それに、彼女が持つ魔法の才能には興味がある。
「構わない。どこに行くんだ」
「街まで。……新しい杖を、買わなくちゃいけないから」
そういえば昨日、デジンにへし折られていたな。
「分かった。行こうか」
俺たちは並んで校門へ向かう。
この時の俺は、まだ知らなかった。
ただの買い物だと思っていたこの外出が、まさか面倒な『刺客』と遭遇するきっかけになろうとは。
海外のクソデカショッピングモール好き




