停学
昨日の今日で、俺の中で何かが吹っ切れた音がした。
もう、「無能」を演じて爪を隠す必要がない。その事実が、俺を奇妙な解放感で満たしていた。
俺は寮のベッドに大の字になり、天井のシミを見つめながら情けない声を漏らす。
「あ〜……」
本来であれば、俺の描いた『完璧な人生設計』はこう進むはずだった。
まず、平凡な生徒を装い続け、来たる期末試験──特に実戦テストの場において、突如として圧倒的な実力を解禁する。
周囲は俺を無能だと侮っているため、対策など立てようがない。俺は鮮烈なデビューを飾り、上位成績者として認められる。
そうすれば、『交換留学』の権利が手に入る。
生徒会だの特待生だの、そんな名誉職には興味がない。俺が欲しいのは、未知なる魔法への切符だけだ。
四年生のうちに他国の魔法学院へ留学し、異文化の術式を学ぶ。
五年生に進級したら、帰還したその足でこの学院のトップ層を片っ端から実力でねじ伏せ、喰らう。
そして卒業試験のある六年生で、もう一度だけ交換留学の権利を行使し、世界の頂点すらも喰らい尽くす。
──完璧な計画だった。はずだった。
だが、現実はどうだ。
昨日、俺は盛大にやらかした。
あの事件の後、俺は三つほど授業をサボった。いや、自主的に欠席したと言うべきか。
無理もないだろう。
教室に近づけば、俺の噂話で持ちきりなのだから。
それも、尾ひれがついてとんでもないことになっている。
「アルフレッドがクレアを襲ったらしい」「いや、デジンごと焼き殺そうとしたらしい」
……まあ、後者はあながち間違いではないが、前者は冤罪も甚だしい。
結果として、俺は停学処分を食らった。
授業に出られないのは痛手だが、自主学習(独学)で補填はできる。
俺は起き上がり、取り寄せた手元の資料──この学院と大陸の歴史書をパラパラとめくった。
俺たちが通うここは『アルケミス魔法学院』。
神と対話し、あるいは神の代行者となったとされる伝説の魔法使い『アルケミス』。その名を冠したこの学院は、古き良き伝統と共に魔法使いを排出してきた名門中の名門だ。
そもそも、この学院が位置する『フレーシア大陸』そのものが、魔法使いにとっての聖地だと言われている。
広大で豊かな自然、温暖な気候。
そして何より、妖精や幻獣といった魔力と親和性の高い生物が多く生息する土地柄。
気候の良さが魔法に関係あるかは眉唾だが、環境が良いに越したことはない。
その大陸の南側に位置するのが、この『アルネシア王国』。
かつてアルケミスが、泥沼の三百年戦争を終結させた後に建国したとされる国だ。
だからこそ、ここには古い文献や魔導書が山のように眠っているし、最高峰の学院が存在する。
しかし、光が強ければ影も濃い。
「自然豊か」といえば聞こえはいいが、その資源を巡って各国の争いは絶えず、種族間の差別も根深かった。
一部の人間は、この大陸をこう呼ぶ。
『神に呪われた土地』と。
あるいは、『アルケミスが神を殺して奪った土地』とも。
まあ、今のところ神様がいきなり降臨して呪いを撒き散らすこともなければ、大規模な戦争も起きていない。
俺たちは比較的、平和な時代に生まれたと言えるだろう。
──話を戻そう。
とにかく、世界中から「アルケミスの奇跡」を求めて生徒が集まるこの学院だが、進級のシステムはシビアだ。
一年間は春夏秋冬の四セクションに分かれ、夏と冬に『期末筆記試験』と『実戦試験』が行われる。
これは授業の出席日数に関係なく、純粋な実力を見るためのものだ。どちらか片方でも落とせば即留年。
この学院は十三歳から入学し、7年生までの7年間を過ごす。
俺は現在十六歳。四年生だ。
留年を繰り返し、二十歳を超えても卒業できずに退学していった者を、俺は何人も見てきた。
俺にとって、この停学期間はただの休暇ではない。
計画は狂ったが、目標は変わらない。
交換留学の権利を勝ち取るため、そして学長から押し付けられた『荒稼ぎの依頼』をこなすため、準備を進めなくてはならないのだ。
一生に一度くらい、反省文を書く人生も悪くない……




