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どうやら隻腕の魔法使いである俺は劣等生だと思われているらしい  作者: カンナギまふぃあ


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3/8

魔法の見せ方


 二年生に進級して数日が過ぎたが、世界は何ひとつ変わらない。いつも通り授業を受け、いつも通り食事をし、いつも通り寮へ帰る。その退屈な反復運動が、俺たちの青春らしい。


だが、今日は少しばかり様子が違っていた。


俺は少し早足で、寮から教室へと向かっていた。

一限目は『火属性魔法史』。

担当のクリストファーは出席を取らないし、試験も過去問の使い回しだ。サボろうと思えばサボれたが、あいにく目が覚めてしまった。暇つぶし程度にはなるだろう。


道中、何か柔らかいものを踏んだ。


……最悪だ。野生動物の落とし物らしい。

"ふん"でしまった。


ダジャレのような展開に乾いた笑いすら出ない。

今日はとことんついていない日だ。


絶望的な気分で教室にたどり着くと、扉には無情にも『休講』の張り紙があった。


つくづく、今日はダメな日だ。


文句のひとつも言いたいが、いない相手に毒づくほど惨めなことはない。


俺はため息をつき、(きびす)を返そうとした。学食で遅めの朝食でも摂って時間を潰そう。


その時だった。


誰もいないはずの教室の中から、微かだが複数の話し声が漏れ聞こえてきた。


俺は足を止め、後ろ側の扉をネズミ一匹分ほど静かに開ける。


隙間から覗き込むと、教壇の近くで人影が動いていた。デジンとその取り巻きたちだ。彼らが囲んでいる中心には、クレアがいる。


俺は音もなく教室へ滑り込むと、机の影に身を潜めた。距離はあるが、張り詰めた空気と共に声が届く。


「クレアちゃんのパパ、また倒れたらしいなー?」

「……あんたのクソ親父が、私のパパをこき使ったからでしょ」

「おいおい、感謝してほしいもんだぜ。魔法もろくに使えない、特技もない、学もない無能を雇ってやってんのは、俺の親父だぞ?」


ドンッ、と何かが壁に叩きつけられる音が響いた。


「ふざけないで! パパを馬鹿にする奴は絶対に許さない!」

「口答えすんじゃねぇよ」


鈍い音。続いて、軽い身体が床に崩れ落ちる音。


「いくら女だからって調子に乗るなよ」

「ぜっ、たいに……許さな、い」

「ならお前の親父は死ぬ。薬代も生活費も、ましてやこの学院の学費すら払えない寄生虫が、偉そうな口を利くな」


机の陰で、俺は眉をひそめた。

離れていても、彼女の荒い息遣いが耳元で聞こえてくるようだ。


「俺の言うことを素直に聞けば、全部解決するんだよ。俺ならお前の親父も、学費もすべて面倒を見てやる。……なのにお前は、あの馬鹿な父親に似て強情だから困る」

「……」

「俺の女になれば楽になれる。諦めろよ。お前が自分を不幸にしてどうする?」


典型的な洗脳の手口だ。逃げ場を塞ぎ、依存させる。


「……なるわけ、ないでしょ!?」

「あぁ!?」


意外だった。


恐怖と暴力、そして将来への不安。それら全てを突きつけられてなお、彼女の瞳は死んでいないらしい。


魔法は精神と密接にリンクする。あれほどの絶望下で折れない心を持つ彼女なら、俺の知らない魔法の領域を見せてくれるかもしれない。


「やりたくはなかったんだけどなぁ……。おいお前ら、分からせてやれ。顔以外ならどこでもいい。服も剥いでやれ」

「「うっす」」


 下卑た了承の声。


机の下からわずかに視線を送ると、二人がかりで彼女を押さえつけ、制服に手を掛けていた。


「やめなさい!」

「うるせぇよ!」


鳩尾(みぞおち)に、男の拳が深々と突き刺さる。

苦悶の声が漏れる間もなく、次は首を絞め上げられる。


「暴れんなよ」


彼女は顔を赤くし、酸素を求めて悶えながらも、必死に爪を立てて抗っていた。


手を離したかと思えば、今度は無慈悲な蹴りの雨が降る。彼女は床にうずくまり、頭を抱えて耐えることしかできない。


なぜ魔法を使わないのか。その理由は、彼女のすぐ側に転がっていた。


へし折られた杖。そして、ビリビリに破かれた魔導書。


魔法使いにとって、杖は脳内のイメージを整理する『計算機』であり、魔導書は術式を構築するための『数式』だ。その両方を失った状態で魔法を行使しようとすれば、計算ミスで暴発して自滅するか、何も起きないかの二択。


今の彼女は、牙を抜かれたも同然だった。


「やめて……」


ついに、彼女の声から力が抜けた。

痛みか、酸欠か、あるいは羞恥か。威勢の良かった声は掠れ、消え入りそうだ。


だが、連中は止まらない。気絶させるまでか、心に一生消えない(トラウマ)を刻むまで続ける気だろう。


「やめて……やめ……やめて、ください……」


敬語が出始めた。心が、折れかけている。

だが、この歳の少女がここまで耐えたのだ。賞賛に値する精神力と言っていい。


デジンが目配せをして、暴力を止めさせた。

破れた制服で肩で息をする彼女を見下ろし、デジンは勝ち誇ったように告げる。


「もう一度聞く。俺に従え」


彼女は震える唇を、それでも懸命に動かした。


「……い、いやだ」


その場の空気が凍りついた。


驚いたのは俺だけではないだろう。デジンたちもまた、信じられないものを見るような目で彼女を見ていた。


「お前、今なんて……」

「絶対に、無理……だから」



──決まりだ。

これ以上、見ているだけの理由はなくなった。

彼女の資質は十分に分かった。


それに何より、俺は今朝から機嫌が悪いんだ。

そろそろ、俺も混ぜてもらおうか。



スマホが無かった時代、休講のお知らせって現地に行くしか判断の仕様がなかったのかな……((((;゜Д゜)))))))

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