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隻腕の魔法使いである俺は劣等生だと思われているらしい  作者: カンナギまふぃあ


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22/22

前哨戦


 昨日はなんやかんやで飲み過ぎてしまったらしい。

こめかみの奥で鈍い頭痛が脈打っている。


床から這い上がると、窓の外はすでに太陽が高く昇っていた。


テーブルの下を覗くと、ベルフが未だに死体のように転がっている。


起こすのも忍びないので毛布をかけてやり、自分には昨夜の残り香を誤魔化すために香水を振りかけ、部屋を出た。


喉が焼けるように渇いている。


部屋で水を飲めば済む話なのに、なぜ外へ出てしまったのか……これも酒のせいで判断力が鈍っている証拠だ。


昨夜、突然ベルフが酒瓶を抱えて部屋に押しかけてきた。「飲まないか?」と誘われ、断る理由もなければタダ酒だという打算もあり、快く受け入れた。


腐る手前の燻製肉をつまみに、彼とは本当にくだらない話をした。


ふと思い出す。彼の首には真新しい傷があった。


正面に二つ、左右に四つずつ。人間の爪痕だ。首を絞める形でつけられたものに違いない。


痴話喧嘩か、それとも……。


ま、他人の情事(トラブル)に首を突っ込んでもろくなことはない。


幸いなことに、俺も彼も絶賛停学中だ。遅刻の心配はいらない。もっとも、進級の心配は必要だが。


俺はふらつく足で食堂へ向かった。


朝食も抜いて昼過ぎだ。

この時間なら人も少ないだろう。


食堂に入ると、真っ先に目につく人物がいた。

知り合いだからという理由もあるが、椅子からふわふわと漂う大きな尻尾が目立ちすぎている。


俺は料理とドリンクをトレーに載せ、彼女――ネアの隣に座った。


「やけに食うんだな」

「ひゃっ?!」


リスのように頬張っていた彼女が飛び上がる。口の端にパン屑がついていた。


「そんなに焦ってどうした?」


指先で屑を取ってやると、彼女は恥ずかしそうにモゴモゴと答えた。


「人が来る前に……食べちゃいたかったの」

「そいつは残念だったな。俺がいなければ完全犯罪だったのに」

「本当だよー。食べる姿って、なんかさー」


彼女は人差し指をくるくると宙に遊ばせた。


「気を許してるみたいで、こう! 無防備だからねー。あんまり見せたくないの」

「なら、俺は別の席で食うとするか」


俺が立ち上がろうとすると、彼女は慌てて俺の袖を掴んだ。


「え?! あ、もうアルフならいいよ。隣座って」

「……悪いな」


俺は座り直す。


「……酒臭い」


ネアが鼻をヒクつかせた。


「鼻が良いな。バレないように香水を振ってきたはずなんだが」

「獣人の鼻を舐めないで。……飲んだの?」

「ああ。友達とな」

「友達って……どういう?」

「どういうって……男友達だが?」

「なんだ。女遊びするようなタイプじゃないんだ」

「まさか。俺は根っからの真面目人間だぞ」

「停学中のくせに?」

「げっ、何でそれを」

「停学になった生徒なんて、すぐに噂になるからねー」


彼女はニヤリと笑った。


「俺が停学になったのは……そう、アイドル修行のためだ」

「からかってるでしょ。刺すよ?」


彼女の爪がサメの背びれのように俺に迫る。


「冗談だ。もうアイドルは諦めるよ。向いてないみたいだからな」

「もう、馬鹿」


彼女はそっぽを向いてしまった。


「そう言えば、ネアは授業に出なくていいのか?」

「私は基本、遅い時間か朝イチの講義しか取ってないから」

「生活リズム大丈夫か?」

「お酒臭くてこの時間にご飯食べてる人に言われたくない」

「……ぐうの音も出ないな」


少し沈黙が流れる。


俺は意を決して切り出した。


「なぁ、今度俺とダンジョン行かないか?」

「……新手のナンパ?」

「かもな」


笑って答えると、彼女は少し考える素振りを見せた。


「うーん……別に行く必要がないんだよねー。顔に傷とかつきたくないし」

「その後、俺とデートしよう。食事は俺が奢る」

「やっぱり新手のナンパじゃん」

「代わりに、ネアの魔法が見たいんだ」

「私の? それならこの前見せたじゃん」

「いや、他の魔法だ。例えば――『風』とか」


その瞬間、彼女の表情が凍りついた。


「……私がフェンリルの子孫だからってこと?」

「ああ。どんな魔法を使うのか興味があってな」

「最低」


彼女は冷たく言い放つと、席を立った。


「言ったよね。私、他の属性は得意じゃないし、そもそも魔法が苦手だって」


彼女の瞳に怒りと、微かな怯えが混じる。

やってしまったか。地雷を踏み抜いたらしい。


「そういうことなら私、別にいいから」


彼女はトレーを持って歩き出した。


風魔法を見せるのが嫌いなのか、あるいは血筋を試されるのが不快なのか。

完全に俺の失策だ。


「待ってくれ!」


俺は慌てて彼女の右手を掴んだ。


「なに?」

「今のは……恥ずかしくて言った冗談だ。本当はただ、ネアとデートがしたかっただけだ」

「今更そんなこと言っても遅いと思うけど?」

「……」


大ピンチだ。


このままでは嫌われて終わりだ。一生フェンリルに顔向けできないどころか、末代まで呪われかねない。


「もう私、行くから」


彼女は俺の手を振り払い、足早に去っていった。


やってしまった。

引き止める材料が何もない。


俺は一人寂しく冷めたランチを詰め込み、食堂を後にした。


俺の馬鹿野郎。なんであんなに焦ったんだ。

イライラしながら足元の石ころを蹴り飛ばすと、前方の誰かの革靴にコツンと当たった。


「……何か悪いことでもあったのかね?」


視線を上げると、そこには白髭を蓄え、片眼鏡(モノクル)をかけた老紳士が立っていた。

威厳と品格が服を着て歩いているような男だ。


「……いや、別に」

「そうか。なら教えてくれたまえ。『シレミウス・ニドルフ』はどちらに?」


俺の目つきが変わる。

酔いが一瞬で醒めた。

なぜなら、その名は――。


「……おそらく、学長室にいるかと」


俺は警戒心を隠しつつ、慎重に答えた。





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