選択肢と運命はいつも一つだけ
ベルフワインの背中を追って奥へと進む。
進むにつれて「シュルル……」というメルキッドの羽音が反響し、その数は増す一方だった。
誰かが設置した古ぼけたランプの明かりだけが頼りで、心細いことこの上ない。
ランプのある左側はかろうじて照らされているが、右側や奥の闇からはいつ何が飛び出してくるか皆目見当がつかない。
もし高速で動く敵や飛び道具が飛んできたら、反応が遅れるだろう。
「……そろそろ来そうだな」
ベルフワインは腰の杖を抜き放ち、もう片方の手には小型の魔導書を握った。
「メルキッドか?」
「ああ。足音からして3匹。俺は右(闇側)をやる。あんたは左(明かり側)を頼む」
わざわざ視界の悪い方を引き受けるとは、中々いい奴じゃないか。
その直後、闇の中から予言通りに敵が現れた。
「シャアアアアッ!」
牙を剥き出しにし、粘つく唾液を撒き散らしながら襲いかかってくる。
「馬鹿が。襲う時は声を出したらバレるだろうが!」
ベルフワインは咄嗟に杖を構え、詠唱を紡ぐ。
「突き刺すような光を。私を導きたまえ!」
杖先から放たれた光魔法は、槍とも矢ともつかない不定形の閃光となり、正確無比に蜘蛛たちの頭部を貫いた。
ドォン! という爆発音と共に、魔物の体が四散する。
頭部だけになってもピクピクと動く生命力は不気味だが、もはや脅威ではない。
「……お前は詠唱するタイプなんだな」
「詠唱した方がイメージが固まってミスりにくいだろ?」
「それは人によるな。俺は計算式をわざわざ声に出したりしない」
「へー。あんたの脳みそはさぞデカいんだろうな」
軽口を叩きながら、俺はふと気になったことを口にした。
「それより、詠唱の時だけ一人称が変わらなかったか?」
普段は「俺」なのに、魔法を使う時だけ「私」になっていた。
「あー……。魔法を教えてもらったのが母親でな。見よう見まねで覚えたから、口癖まで移っちまったのかもな」
「そうか。良い魔法だ、光魔法は」
この世界の基礎元素魔法は、火・水・風・土・雷、そして特殊な「光」と「闇」に分類される。
光と闇は使い手が限られる血統魔法だ。
特に光魔法は、闇を祓う聖職者の一族に多い。
死骸から人差し指ほどのツノを回収しながら、俺は彼の身分を探った。
「俺は別に聖職者でもなんでもない。たまたま光魔法が使える一般人として産まれただけだ」
「それだけでも十分恵まれていると思うがな」
「そうか? 光魔法使いなんて、変な奴しかいないだろ」
「……それは言えてるかもな。マイノリティのはずなのに、変人の含有率は高い」
歴史的に見ても、光の使い手には癖のある人物が多いのは事実だ。
他愛もない話をしながら進んでいると、ズズズ……と地響きが聞こえてきた。
「お目当てのお目覚めか?」
「かもな。さっき通った広場まで戻ろう。そこなら戦いやすい」
来た道を引き返し、教室ほどの広さがある空間に出る。天井には亀裂が入っており、そこから細い光の糸が垂れていた。
「崩れそうだな、天井」
「良いんじゃないか? 日光浴ができるぞ」
「冗談はよせ。浴びる前に生き埋めだ」
ベルフワインは壁に手をつくと、挑発するように拳で叩き始めた。
ドン、ドン、と衝撃が走るたびに小さな石がこぼれ落ち、下の方から亀裂が走り始める。
「早く出て来いよ。俺はさっさと帰りたいんだ」
その挑発に応えるように、彼の足元の地面がガラスのようにひび割れ、隆起した。
「来たか。ゴレスウッド」
現れたのは、巨大な岩塊だった。
岩と岩が連結し、まるでパレードのように次々と姿を現していく。全身が露わになる頃には、見上げるほどの巨体になっていた。
「良かったな。これ、立派な成体だぞ」
「だろうな。見てみろ、奴の肩。昔の冒険者の残骸が埋まってる」
岩の装甲の中には、錆びた剣や兜、そして白骨化した何かが取り込まれていた。
「とんでもない化け物を呼び起こしたか?」
少し不安げな彼の問いに、俺は肩をすくめる。
「さぁな。とりあえずやろうぜ」
「……だな」
彼は再び杖を構え、魔導書を抱きかかえる。
「あんたは戦わないのか?」
「言っただろ。まずはお前の実力を見せてくれ」
「腰抜かして逃げんなよ?」
「まさか。特等席で楽しませてもらうさ」
ベルフワインは先ほどとは違い、小声で高速詠唱を始めた。杖の先端に魔法陣が浮かび上がる。
「一瞬で終わらせてやるよバケモン。『星の道標』!」
魔法陣から五角形の輝きが生まれ、光の線が幾重にも交差しながら標的へと殺到する。
光線は着弾寸前で分裂し、ゴーレムの首、両肩、両足の関節を正確に狙い撃った。
轟音と共に砂埃が舞い上がり、視界が遮られる。
俺が近づいて様子を伺うと、砂煙の向こうに巨大な影が揺らいでいた。
「手加減したのか? まだピンピンしてるぞ」
「手なんか抜いてねぇよ! ……相性が悪いのか? 完璧に急所を狙ったはずなんだが」
無傷ではないものの、ゴレスウッドは倒れていなかった。再生能力がこちらの火力を上回っているのか。
「クソ喰らえバケモン!」
彼は焦ったように杖を振り回し、空中に奇妙な三角形を描く。
放とうとしているのは光魔法の基礎だが、彼のは一味違った。
魔導書直伝か、それとも母親譲りか、放たれようとしている魔法の切っ先が三つに分かれている。
「悪いな! 俺は面倒なことが嫌いなんだ。ここで終わらせてもらうぞ!」
「お好きにどうぞ」
「後でチケット代返せとか言うなよ?」
「お前の一番面白いパフォーマンスはまだ終わっちゃいないだろ?」
彼はニヤリと口角を上げると、全身の魔力を練り上げた。
「ここで使い切ってやる。最大出力だクソ野郎! 食いやがれ! ――『光槍!!」
凄まじい光の奔流が杖から迸る。
ベルフワインはその反動で後ろへ吹き飛ばされそうになりながらも、光の槍が怪物を貫くのを見届けた___はずだった。
光が収束した後、そこにあったのは、右肩を吹き飛ばされただけのゴーレムの姿。
崩れ落ちた右腕が地面に転がっているが、本体は健在だ。
「クソッ! ……詠唱ミスか? いや、位置は合っていたはずだ。しかもあいつは動きが遅い。なんで急所を外したんだ!」
地面に座り込んだまま、彼は悔しげに拳を叩きつける。
「そんなに悲観するな。凄い威力だったぞ」
「だが奴の核を砕かない限り、あいつは再生し続ける。俺は……ミスったんだ」
俺は彼の肩に手を置き、静かに告げた。
「ミスじゃない。ナイスアシストだ」




