過去
汗を拭いながら目的地に到着すると、そこには真新しい足跡が残されていた。
近場にある有名なダンジョンだから先客がいるのは珍しくないが、昨日の雨でぬかるんだ地面にこれほどくっきり残っているとなると、ついさっき入ったばかりだろう。
洞窟に足を踏み入れると、腐臭と熱気、そして水滴の落ちる音が一度に押し寄せてくる。
ゴツゴツとした岩肌が人の顔に見えてくるのは、ダンジョン特有の瘴気のせいか。
薄暗い通路に設置された頼りないランプを頼りに進むと、奥から「シュルル……」という、節足動物特有の衣擦れのような音が反響してきた。
道は左右に分かれているが、俺は迷わず右を選んだ。
ターゲットの「メルキッド」は夜行性で、夜になると外へ出てくる習性がある。
右の道は地上へ直線的に繋がっているが、左は地形的に地下へと潜っていくルートだ。今はまだ日中、奴らは上にいるはずがない。
さらに進むと、誰かが捨てたであろう軽食のゴミが散らばっていた。
人間というのは、どこだろうと場所を汚さずにはいられないらしい。
通路は徐々に広くなり、最初は二人並ぶのがやっとだった道幅が、今では十人は余裕で通れるホール状になっていた。
不意に、足元に何かが転がっているのに気づく。
拾い上げると、それは引きちぎられたメルキッドの足だった。
(誰かがもう討伐しているのか?)
その時、不自然な風が頬を撫でた。
入口からではなく、洞窟の奥から吹き付けられた突発的な風圧。
やはり、先客がいる。
その人物は、今まさに巨大な蜘蛛にトドメを刺し、その足を無造作に引きちぎっているところだった。
「お前も依頼を受けてここに?」
俺が声をかけると、男はこちらに背を向けたまま動きを止め、ゆっくりと振り返った。
「ああ。本当はこいつが目当てじゃないけどな。……あんたは?」
「俺はそいつだよ。そいつを30匹」
「こいつの何を持って行けって?」
「ツノだ」
「それなら、この先の左手側に広場がある。そこに死体の山があるから、好きに持っていくといい」
これはついてるな。労せずして依頼達成だ。
「お前は? 何を狩りに?」
「俺は……『ゴレスウッド』だ」
ゴレスウッド。この「グリスウッドの洞窟」の土壌からしか生まれない固有種のゴーレムだ。
再生能力が高く頑丈で厄介な相手だが、ここの個体はそこまで強力な種族じゃない。
とはいえ、ソロで挑むには少々骨が折れる相手だ。
「手伝うよ。タダでツノを貰うのも寝覚めが悪い」
「良いのか? ……ああ、多分最初の分かれ道を左に行けば、下層へ降りられるはずだ。今の時期、奴らは下から上がってくるはずだからな」
「この奥にはいなさそうなんだな?」
「多分な。そこまで詳しく調べたわけじゃないが、一旦下に行こうと思っただけだ」
「分かった、ついて行く。……お前の学年は?」
「4年だ。今は絶賛停学中だがな」
奇妙なこともあるもんだ。
「俺も同じく4年生。それに停学中だ」
「マジで? 珍しい奴もいたもんだな」
彼は愉快そうに笑った。その笑い声は洞窟内に反響し、新たな魔物を呼び寄せそうだ。
「あんた、名前は?」
「俺はアルフレッド。アルフで良いよ」
昔の名前に固執しているわけでも、今の名前が好きなわけでもない。ただ、自分の秘密を知るラガーが現れたことで、過剰に隠す必要を感じなくなっていた。
「そうか。俺はベルフワイン。ベルフで良い」
ベルフワイン。
どこかで聞いたことがある響きだ。
……ああ、あいつか。
クレアの周りで、その名前を耳にした覚えがある。
「勘違いだったら悪いが……もしかして『アンブロージア・クレア』の元恋人か?」
「ああ。元、な。……俺のことを知ってるのか?」
「少しだけな。だが俺にとっては割とどうでもいい話だ。今知りたいのは、お前がどこまでやれる奴かどうか、それだけだな」
彼は鼻で笑うと、緩んだ靴紐を結び直し、俺に手で合図を送った。
「ついて来いよ。これから面白いもん見せてやるからさ」
「……そうこないとな」




