椅子取りゲーム
カチャン、と乾いた音が響いた。
クレアの手からフォークが滑り落ちる。
「……どういうこと?」
「これがあいつの本当の名前や。今は学長の養子になって名前を変えとるけどな」
「アルフレッドじゃなく、アルフ……。それに、あの偉大な魔法使い『アルケミスト』の名が」
「せや。あいつはその直系の子孫やからな」
「どうして隠しているの? 隠す必要なんて……」
動揺を隠すように、冷めたコーヒーを口に含む。
舌に残る苦味が、現実感を繋ぎ止めていた。
「その『血』のせいで、あいつは片腕も、両親も、友人も……全てを失ったからな」
「……どうして」
「伝承では、アルケミストは偉大な魔法使いで、神の代行者になったとされとるよな?」
「ええ。神と対話し、その地位を与えられたって」
「それは違う。あいつは神を殺したんや」
背筋が凍った。
都市伝説や陰謀論の類で聞いたことはある。けれど、それを真実として突きつけられるとは。
「アルフは『セラフィム』でもある」
「セラフィムって……神に選ばれ、力を与えられた天使の?」
「そうや。まぁ、あいつら一族の場合は”与えられた”んやなくて、”奪い取った”って言うた方が正しいけどな」
先ほどまでの幸福感は消え失せ、あまりに重すぎる真実が胃の腑に落ちてこない。
ラガーは空になった皿とカップを置き、淡々と告げる。
「頑張りや。強くなってくれる事を願ってるで」
「……強くなる理由がないわ」
それが正直な感想だった。
アルフの事情は壮絶だが、私がそこに巻き込まれる理由にはならない。
「まだ分かってないん? 強さがないから、あんたの父親やあんた自身は虐げられたんやろ?」
喉が鳴った。
彼が話したのか? いや、アルフレッドはそんなことを言いふらす人間じゃない。
「誰から聞いたの?」
「言うたやろ。うちは最強やって。何でも知っとる。……あんたは強さの必要性をまだ理解しとらんみたいやけどな」
否定できなかった。
あの時、私に力があれば。
そしてこれから先、大切な人を守るためには力が必要だと、心の底では分かっていた。
「それと、これ。渡しとくわ」
ラガーがテーブルに一枚の書類を滑らせる。
そこに書かれていた名前と内容を見た瞬間、思考が停止した。
「近いうちに出所するらしいやん」
「そんな……これは嘘でしょ?」
「事実や。右下のサイン、あの刑務所の公式なもんやろ?」
見たくもない紋章。
途端に、激しい吐き気が込み上げてきた。
さっき飲んだコーヒーが逆流しそうだ。
「最悪の凶悪犯を姉に持つ妹は大変やな」
「……馬鹿にしないで」
「ごめんな。そんなつもりはない。でも、これでもまだ力をつける必要はないか?」
ギリ、と奥歯を噛み締める。
私が終わらせなければ。
私があの姉を殺さなければ。
もう二度と、あの悪魔を世に出してはいけない。
「困ったらいつでも相談してな」
ラガーはそう言い残し、店を出て行った。
残されたのは、冷めきったコーヒーの苦い匂いと、虚しく響くドアベルの音だけだった。
店を出たラガーは、満たされた表情で空を見上げた。
これで彼女は力を求めるしかない。
彼女の姉という劇薬も、実にいいスパイスだ。
そしてアルフもまた、必然的に強くなっていく。
素晴らしい。プレイヤーは揃いつつある。
これで良い。全ては神の計画通り。
思わず高らかに笑い出しそうになるのを手で抑える。
けれど、溢れる笑みは止められなかった。
「さぁ、始めようや。神の後継者を決める、椅子取りゲームを」




