俺を呼んで
町外れにある小さなカフェ。
クレアは参考書と睨めっこをしていたが、襲い来る疲労感に負け、天井を仰いでパチパチと瞬きをした。
「ふぅ……今日はここまでで良いかな」
帰り支度をしようとしたその時、挽きたてのコーヒーの香ばしい匂いが鼻をくすぐった。
誘惑に負けた彼女は、まんまとコーヒーをおかわりし、あろうことか、ケーキセットまで注文してしまった。
(明日からダイエット、明日からダイエット……!)
自分に言い訳をしながら、運ばれてきたケーキにナイフを入れる。
一口食べれば、甘く溶けるような幸福感が口いっぱいに広がった。
(勉強に疲れたら糖分だよね~。このコーヒー飲み終えたら帰ろう。明日は一限から授業だし)
今日の彼女は幸福感に包まれていた。
友達と出かけ、プレゼントまで貰ったからだ。
鞄の中の新しい杖の箱をこっそりと開けて覗き込む。
すっかり気に入ってしまった。
明日から大切に使おう。
(次は絶対に折られないようにしないとね)
店内の客は彼女を含めて二人だけだったが、カラン、とドアベルが鳴り、もう一人増えた。
その人物はクレアと同じケーキセットを注文すると、迷わず彼女の向かいの席にドカッと座った。
「……どうしたの?」
クレアはフォークを止めて、呆気にとられた顔でラガーを見つめる。
「暇やから、たまたま来ただけや。勉強しとるん?」
「ええ。『水の温度変化にまつわる魔法について』っていう授業なんだけど、ここが分からなくて……」
「見せてみ」
ラガーは本を覗き込むと、クレアのノートにサラサラと走り書きをしていく。
「ここに書いてあるのはこうやろ? そんで、ここの式はさっきのを代入して……」
ラガーの説明は淡々としていたが、驚くほど的確だった。
おかげでクレアは、詰まっていた箇所が嘘のように理解できてしまった。
「……さっきまで悩んでたのが馬鹿みたい」
思わず自嘲気味に笑う。
「ここで躓いてたらあかんな」
「そうなの?」
「一般の生徒ならしゃーないと思うで。でも『あいつ』を追うなら無理やろうな」
「あいつって……アルフレッドのこと?」
「そうや」
ラガーは届いたケーキを大きな口で豪快に頬張りながら、目を細めた。
「うちな。強いライバルが欲しいねん。でも周りにおらんからなぁ。あいつやあんたに、もっと強なって欲しいねん」
「いきなり何を言っているの? 強い人なんて学院にたくさんいるじゃない」
クレアはコーヒーに口をつける。
さっきまで甘かった口の中に、鋭い苦味が広がった。
「いいや。うちが最強や」
あまりに突拍子もないセリフ。けれど、彼女が言うと馬鹿にはできなかった。
「クレア、あんたにポテンシャルはあると思うで。ただ、今のまんまやったら無理やな」
「そんなことないと思うけど。私、アルフレッドとは同格だと思ってるわ」
自信を持って返すと、ラガーは笑み一つ浮かばない冷めた瞳で告げた。
「あいつは化け物やで。実力を隠しまくってる」
「それは……なんとなく聞いてたけど。何でそこまで言うの?」
ラガーはペンを取り、ノートの端にさらさらと何かを書いた。
そして、それを指でなぞりながら読み上げる。
「『フランツ・アルケミスト・アルフ』」
「……誰の名前?」
「あいつの、本当の名前や」




