空席のカード
会計の時間がやってきた。
食事やら服やら、今日は散々クレアに奢ってもらっている。ここは日頃の感謝も込めて、プレゼントという形で俺が支払うことにした。
「貴方って意外と気遣えるのね」
「悪いか?」
「いいえ?良いとは思うわよ」
素直じゃないやり取りをしていると、杖を箱に収めていた店員が、ふと思い出したように禁断の質問を投げてきた。
「あ、お客様。カップル割があるんですけど……お二人はカップルですか?」
「はい?」
「カップルでしたら、総額から15パーセント安くなります」
……15パーセント?(でかくないか?)
俺はチラッと隣を見た。
クレアは顔を赤くし、どう反応していいのか分からずに固まっている。
ここで「はい」と答えるのは、ケチだと思われるかもしれない。プライドの問題だ。
だが、その割引率は魅力的すぎる。
背に腹は代えられない。
「はい。カップルです」
「!?」
クレアが息を呑む音が聞こえた気がした。
「左様ですか。では割引させていただきますね。お値段こちらになります」
ラッキーだったな。
心の中でガッツポーズをする一方で、支払いの時だけ恋人のフリをするというのも、なんとも現金で恥ずかしい話だ。
店を出ると、ラガーは大きく伸びをした。
「今日は色々分かったからええわ。何かあったらラガー先輩に二人とも相談してな」
そう言い残し、彼女はひらひらと手を振って帰っていった。嵐のような先輩だった。
二人きりになると、クレアは何も言わずもじもじと体を揺らしている。
「どうしたんだ? そんなクネクネして。芋虫みたいだぞ」
「はぁ?! 本当にありえない!」
「その動きからはそれしか思い浮かばない」
「……もうっ!さっき店でカップルって言ったじゃない。あれって、他の人にも言ってるの?」
彼女は俯いたまま、絞り出すように聞いてきた。
「恥ずかしかったのか?」
「違うわよ。ただ気になるだけ」
「俺はクレア、お前としか遊んだことがない。だから他の奴に言ったことは一度もないな」
「……そ、そう。今日はありがと」
彼女は顔を見せないまま、足早に去っていった。
寮の近くまで送ろうかと思っていたが、その必要はなさそうだ。
一人残された俺は、ふと夕方の予定が白紙になったことに気づく。
「……ダンジョンに行って単位でも稼ぐか」
今日は休むつもりだったが、じっとしていられない。
ラガー。
あいつのせいで、胸の中に得体の知れない気持ち悪さが生まれていた。
今までずっと監視されていたような、背筋が寒くなる感覚。
素性を明かさず、言葉巧みにこちらの情報を引き出すやり口。
あいつは一体、何なんだ。
考えるのをやめるように、俺はダンジョンへと足を向けた。気分転換が必要だ。
俺たちが去った後、ラガーは木陰に身を潜めていた。
胸ポケットからカードの束を取り出し、その中の一枚をめくる。
「やっぱりな……計画通りやわ」
彼女はその結果を確認すると、カードをビリビリに破り捨て、さらに足で踏みつけた。
原型を留めなくなった紙片に何が書かれていたのか、もう誰にも分からない。
「まぁ、元から椅子はたくさんあるしな。ただ、あいつがその椅子をどれほど壊してくれるか……」
ラガーがその場を去ろうとした時、一人の人物とすれ違った。
相手は彼女のことなど気にも留めていない。
だが、彼女は見ていた。
左右で色の違う瞳――オッドアイの持ち主。そして、漂う奇妙な匂い。
ただの獣人ではないことは確かだ。
彼女は胸ポケットから、もう一枚カードを取り出した。
口元だけで笑みを作り、ポツリと呟く。
「ようこそ」




